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琥珀糖に舞う、金桂と紫子さん。  作者: YUQARI
第四章 盛誉と玖月善女さま。
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✤盛誉のお母さん✤

 盛誉(せいよ)のお母さんは、とても優しい人だった。

 盛誉(せいよ)がなかなか会いに行こうとしないから、僕、てっきり怖い人何じゃないかって思ってしまったじゃないか……。

 

 ……うん。これはもう、そう言う血筋なんだって僕は思う。

 盛誉(せいよ)もそうだけど、もう見ただけで分かる。優しい人だって。

 

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは少しふくよかで、小柄な人だった。

 白い肌にはシミひとつなくて、笑うと少し目尻が下がる。

 盛誉(せいよ)と一緒だ。

 

 それから……そう! まるでお寺に安置されている仏さまのように、とっても柔らかな顔をしているんだ。

 ふくよかだから?

 ううん違う。雰囲気が凄く柔らかいの。

 

 そんな盛誉(せいよ)のお母さん……玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、僕を見ると下げた目尻を更に細めた。

 

「まぁ! なんて可愛らしいの?

 全く他の色がない黒猫など、初めて見ました」

 

 そう言って玖月善女(くげつぜんにょ)さまは僕を撫でてくれた。

 撫でてくれると玖月善女(くげつぜんにょ)さまのその(てのひら)からは花のような、甘く優しい香りがした。

 

 僕がふんふん……と鼻を引くつかせると、玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、ふふと笑って活けていた花を見せてくれる。

 

「ふふ。よいかおりでしょう? 薄黄木犀(うすぎもくせい)と言うの。

 淡い色の小さな可愛らしい花がたくさんついて、(わたくし)はこのお花が大好きなのよ」

 

 そう言って玖月善女(くげつぜんにょ)さまは微笑んだ。

 すると盛誉(せいよ)がふふふと笑う。

 

「しかし(はは)さま? いくらなんでも薄黄木犀を活けるなど、あまりオススメは致しませんよ?」

 

 盛誉(せいよ)の言葉に、僕は驚く。

 え? どうして? こんなに良い香りなのに……。

 見上げれば、盛誉(せいよ)は笑って教えてくれた。

 

木犀(もくせい)は落ちやすい。

 可愛らしいから、良い匂いだからと切り取っても、直ぐにその花弁は散って仕舞うのだよ。

 あるがまま、自然に咲いているものを縁側から見る方が、より美しいというものですよ? (はは)さま……」

 

 すると玖月善女(くげつぜんにょ)さまは ほほと笑う。

 

「あぁ、確かにそうですわ。

 本当にあなたは賢くて優しい子。

 けれどこの香りには思い入れがあって、傍にあって欲しいと思って、ついつい活けてしまうの。ダメね。

 (わたくし)はあなたの事を早くに寺へと入れてしまって、後悔もしたのだけれど、こんなに優しい子に育ってくれたのですもの。それもまた、仏のお導きだったのでございましょう。

 普門寺の阿闍梨真盛(あじゃりしんぜい)さまに仕え、日向国(ひゅうがのくに)随一の黒貫寺(くろぬきじ)で修行しただけの事はあります。

 民に慕われ、あの普門寺の五代目院主になられ、(わたくし)も鼻が(たこ)うございますわ」

 

「は、(はは)さまっ!? おやめ下さい恥ずかしい。

 そもそも私は寺に入って後悔などしてはいませんよ? ただ、家族と離れ離れに過ごさなければなかったこの身が、少しばかり寂しかっただけでございます。

 今こうしてなんの憂えもなくお会い出来るのも、一重にあの日あの時、出家させて頂いたからだと思うておりますのに」

 そう言って盛誉(せいよ)は赤くなった。

 

 盛誉(せいよ)は色が白い。だから赤くなるとすぐに分かる。

 多分、お母さんの玖月善女(くげつぜんにょ)さまに似たのもあるだろうし、外ではなく室内でよく過ごすせいかも知れない。

 盛誉(せいよ)はよく、お経を唱えているから。

 

 人間の顔立ちは、猫の僕にはよく分からないんだけれど、盛誉(せいよ)は他の男たちと違って、物腰が柔らかい。だから怖くはないんだと思う。

 

(はは)さま! そんな事よりもこの猫。ここへ置いてくれはしませんか?」

『!』

 僕はビックリして盛誉(せいよ)を見る。

 それから玖月善女(くげつぜんにょ)さまの方を見ると、玖月善女(くげつぜんにょ)さまも、目を丸くして僕を見た。

 

「あらあら、けれど盛誉(せいよ)? 子猫はなんだか不満げですよ?」

 そう言いながら僕を見て、ふふふと笑う。

 

 うぅ。……そりゃ、不満だよ?

 だって、僕は盛誉(せいよ)が好きだから……。

 僕は盛誉(せいよ)の傍にいたい。

 

 けれど盛誉(せいよ)は頭を振った。

 

「いいえ。(はは)さま。私はまだ修行の身。

 まだ幼い、この子猫を見守るには時間が取れませぬ。この子にはまだ母が必要でございます……」

 そう言って、僕の鼻をつつく。

「この子は、(はは)さまの傍にいれば、きっと幸せになりますから」

 盛誉(せいよ)は微笑んだ。

 

「……まぁ」

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、呆れたように溜め息をつく。

「確かに(わたくし)は嬉しいのですけれど、けれどそれでは、お前が寂しくなるのではなくて?」

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまはそう言うと、イタズラっぽく自分の息子を見上げた。

『……にゃあ』

 僕も便乗して鳴いてみる。

「……」

 

 僕が鳴いて盛誉(せいよ)を見上げると、盛誉(せいよ)は一瞬、泣き出しそうな顔をして、溜め息のような微笑みを吐き出した。

 

「それはそうなのですが、今は情勢が思わしくありません。

 出家した身なれど、私は湯山の次男である事には変わりはなく、いつ火の粉が我が身に降り掛かるやも知れません。

 この子は早くに親とはぐれてしまいましたから、その分幸せになって欲しいのです。

 幸いにも私に出会ったのも、つい先日のこと。(はは)さまは今日お会いになられた。さほど変わりは致しませぬ。

 ですから私の代わりに、この子の母になって下さいませ」

「……」

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)はその言葉に、悲しげに微笑んで、

 それからゆっくり頷いた。

 

 

 

           × × × つづく× × ×

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