93話
「一週間?」
「うん。一也さんが寝ている間は私がリジェネを掛けて……。だから、倦怠感とか疲労感、それに筋肉の衰えを感じなかったんだと思う」
「普通なら点滴を打つような状況だったけど……。効果時間に限りがあるとはいえ、クロちゃんのリジェネの効果は本当に凄いわよね。飯村君はおさわりなんかしてないでクロちゃんを労わってあげるべきだと思う。確かクロちゃんは一昨日の深夜も――」
「あ、あの、私が勝手にしていただけなので……」
朱音はクロが寝たきりの俺にどれだけが尽くしてくれていたのかを話そうとしたが、当のクロは少し慌てた表情でそれを遮った。
照れなのか、それとも俺に罪悪感を抱かせないための気遣いなのか……。そんなクロの謙虚な姿勢と、朱音の話そうとしたことの裏付けになるであろう目の下の隈が俺の中に申し訳なさや感謝とは別に愛おしさのようなものを感じさせる。
サキュバスとの戦いでも遊園地でもここまでこの感情がここまで膨らんだことはなかった。
きっとあの夢がその原因の一端になっているのだろう。
「わ、私のことよりも拓海さんとダンジョンの状況を……」
「そうね。一週間の経過で飯村君もそのことの方が気になっているだろうし……。早速だけど今のダンジョン正常化と佐藤みなみの捕獲を目的とした探索について詳しい状況説明をさせてもらうわ」
「頼む」
「まず現在私達が挑んでいる階層、四〇階層から五〇階層は通常時ゴブリンがメインになっているのだけど……。これが統括モンスターによってなのか、全てホブゴブリンに変わっているわ」
「ホブゴブリン……。ということはより人間に近い、面倒な奴らの蔓延る階層になってしまったってことか」
そもそもゴブリンというモンスターは仲間との連携、さらには罠などを用いた戦法を得意としており、他のモンスターよりも知能が高いとされている。それが上位種に変わってしまったということは、人間のように各々が異なる役目を担った上で隊列を組んだり、罠の強化、さらにはその隊を強化するための指導教育なんかが行われている可能性も……。
ただそれでも一週間で四五階層までしか進めないのは疑問だ。なぜなら元のゴブリン自体、コボルトよりもHP、攻撃力、防御力の低いモンスターで、一対一という状況なら雑魚と言ってしまっても問題ないレベルらしいから。
いくらホブゴブリンに進化? していたとしても朱音や拓海、それにランクの高い探索者達がここまで苦戦している意味が今のままでは理解できない。
「ホブゴブリンは賢いからそれが厄介っていうのもあるけど……。統括モンスターによってこのホブゴブリンたちがそれぞれ属性耐性を獲得しているっていうのが一番問題なのよ」
「属性耐性付与のできる統括モンスターか……。朱音達が苦戦しているってことは水属性や爆発……炎属性耐性の付与ができるのか?」
「それだけなら良かったんだけど……。統括モンスターはホブゴブリンたちそれぞれに固定の属性耐性を付与しているわけじゃなくて、私達の使うスキルに合わせて属性耐性を変化させられるバフを付与しているみたいなの。流石に頻繁にそれを変更はできないみたいだけど、そこはホブゴブリンの高い知能による連携でカバーしてて……。とにかくこっちの攻撃がまともに入らないせいで探索は難航。数少ない水属性スキル持ちの拓海はほぼ休みなしっていう状況よ」
拓海と朱音が別々で行動している詳しい原因はそれか……。
だがそれなら……。
「属性攻撃が駄目なら単純な火力、物理攻撃に特化した探索者を――」
「勿論それも考えたんだけど、どうやら奴らはどうやってかはわからないけど『ノスタルジアの木』から防具を作り出しているみたいなのよ」
「元々のダンジョンに出現した『ノスタルジアの木』は拓海達が枯らしたんじゃ……」
「佐藤みなみが男を一人『ノスタルジアの木』に変えたでしょ? つまりあれって複数生み出すことが可能で、何が『ノスタルジアの木』に変換されて、それを促す存在が何なのかも分からないけど、きっともっと深い層にはあれが何本も生えているんだと思うわ。とにかく、あの防具のせいで純粋な物理特化の剣士は役立たずになってしまっている……」
物理攻撃を無効化する木、『ノスタルジアの木』。
ついにそれを加工するモンスターまで現れてしまったか。ということは急いで俺が加勢に行ったところで……。ん? そういえば俺、意識を失う前に……。
「飯村君もすぐにダンジョンに行きたい気持ちがあると思うけど、今回ばっかりはどうしようもないわ。江崎さんがエンチャントスキルを持つ探索者を見つけてくる、或いは私達が五〇階層に到達するまで――」
「いや、多分俺も戦えると思う」
「え?」
『ステータス』
俺は意識を失う前に流れたアナウンスのことをふと思い出すと、いつものように心の中でステータスと呟き、変化した職業、そして新しく獲得したスキルを表示した。
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