88話 チケット
「とにかくこっちでもそれが出来そうな探索者何人かに声は掛けてみるわ」
「忙しいところありがとうございます」
「いいのよ。このダンジョンの異常が収まらない限り私達の仕事も増える一方だから。頑張ってね、私達の長期連休はあなた達に係っているから。それじゃ……あっ! 休みの間も強くなって欲しいと思ってこれを待ってきたのよ!退院したら使って頂戴」
「え? あ、ありがとうございます」
「40階層以降の調査を高ランクの探索者達が受けてくれているから、焦る気持ちはあるだろうけど、あなた達はあなた達で今出来る事に取り組みなさいね。クロちゃんも、そんな怖い顔してたら折角の美人が勿体ないわよ」
「ふぁ、ふぁい」
「それじゃあね、2人とも。また何かあったら連絡して頂戴」
クロの両頬を両手で挟んで綺麗なウィンクを見せると江崎さんは足早に部屋を出ていった。
ここに運ばれてからしばらくそわそわしていたクロも今ので少し気持ちに余裕が出来たようで、顔から堅が取れた様に見える。
「一也さん、江崎さんに何を貰ったの?」
「あ、ああ。これなんだけど……多分親密度を上げろって事だよな」
江崎さんに手渡されたのは2枚のチケット。
遊園地か……。そういえば高校の卒業旅行で行ったっきりだな。
「初めて見る乗り物……。その紙でこれに乗れるの?」
遊園地のチケットを不思議そうにじっと見つめるとクロは目を輝かせた。
「入場券に乗り物乗り放題って書いてあるから、ここに載ってるのは全部乗れると思うが……何でこんなものを江崎さんが」
わざわざ買って用意するには早すぎるし……。
もしかして誰かと行く予定だったものを俺達に……。
江崎さんの為にもこれ以上の詮索は止めておくか。
「……。でもやっぱりみなみちゃんの事考えたら遊びに行くなんて気が引けるよ。江崎さんはああ言ってくれたけどそれは今度に――」
「じゃあ俺1人で行く」
「え?」
クロはふっと息を吐くと気持ちを切り替えたのか、和やかな表情ながらも真剣に自分の気持ちを吐露してくれた。
気楽に気持ちを伝えられる位にはやはり余裕があるみたいだが、考える時間が増えれば不安な気持ちが募っていくかもしれない。
クロのHPが戻ってまともにダンジョン内でモンスターと戦える様になるまでに時間が掛かるなら、江崎さんの思惑通り遊びに行くのは悪くない。
それに俺も弓を持っていた左手の痺れだけが中々治らなくて苛々していたところだ。この機会にフラストレーションを解消しに行きたい。
「こう見えてこういう場所が好きなんだ。遊園地こそ1人で行った事はないが、水族館に動物園、中華街で1人食べ歩きもした事がある。クロが行かないなら明日は1人で遊園地に行かせてもらうとするか。確かここのジェットコースターは最大で時速160kmなんだっけ」
「そ、それって速いの?」
「いつも見てる車の2、3倍の速さ。しかもこの急降下だからきっと爽快感は凄いぞ。でもいざとなったらちょっと怖いかもしれないな」
「一也さんが怖がるところ……見たいかも」
『怖がりな一也さんの為について行ってあげる』という台詞を嘘を交えながら引き出そうとしたが、クロから俺の想像の斜め上をいく反応が返ってきた。
何はともあれ食い付いてくれたならいいか。
「俺は見られたくないんだが……」
「そう言われるともっと見たくなるなぁ。……。親密度親密度親密度親密度、これは親密度を上げる為のお出掛けで、遊びじゃないから……」
ぶつぶつと呟くクロは言い訳をして自分を言い聞かせているらしい。
正直その必死さが可愛く思える。
「あの、前言撤回させてもらってもいいかな?私も遊園地に行きたい」
「分かった。じゃあ明日の昼1回家に帰ってから行くか。って待てよ、前に秋葉に行った時は全く気にしてなかったがこれって……」
「どうしたの?」
「あ、い、いや、何でもないよ、何でも……ははは」
こうして親密度上げという名の遊園地『デート』が翌日決行される事となったのだった。
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