80話 成長の証
「はぁ、はぁ、はぁ……。危険お前。殺さないと、殺さない、っと!」
今の一撃で身の危険を察したのか、トロルは巨大な手で豪快になぎ払おうと再生した腕を振り上げた。
その動き自体は決して速くはない。ただ範囲が広すぎて避けるのは至難。
移動速度を上げる様なスキルや朱音の場所を入れ替えるスキルがあれば話は別なのだろうが、現状は反動の所為で動く事もままならない。
「もう一発撃ち込むしか……」
「死ねっ!」
俺はやっとの思いで弓を引き、迫り来るトロルの腕に矢を放つ。
「な、んで……」
しかし、放たれた矢は腕ではなく、トロルの脚に一直線。思えばさっきも腹目掛けて矢を放った筈なのに腕に直撃した。
サキュバスの連れていたトロルと同じくデコイのスキルを持っている、それもこっちのトロルはデコイの役割を自分の身体の各部位ごとに担わせる事が出来る強化済みスキルだと考えられるか。
こうなれば少しでも急所を守って致命傷だけは避けないと――
「う、ぐっ!」
「やった! やった! ヒット! ヒィィィットォォオオオッ! ……オ?」
「ん? ……あまり痛くはないな。お前、手加減でもしたか?」
「そんな……そんなそんなそんなそんなぁ! 俺、思い切りやったのに! くそっ! もう1回っ!」
トロルのこの慌てよう……嘘はついていないらしい。
それにもう1度振り下ろされたその巨大な手によるなぎ払いはやはりそこまで痛くない。
ダメージはあるが、反動による痛みが大きい所為でその他の痛みが鈍っているからか?
いや、だとしてもここまで痛みを感じないのはおかしい。
「……そういえばこのレベルになってからまともに攻撃を受けていない、な。もしかして……単純に俺のレベルが上がったからなのか?」
300レベルを越えて気付けばあっという間にアダマンタイトクラスに迫るレベルにまで到達。
今まで特殊なモンスターと戦い過ぎていたから忘れていたが、本来この階層に出るモンスターなど敵じゃない筈。
それとトロルの最大の特徴であるHPに気を取られ、その攻撃力に注視出来ていなかったが、こいつらもしかして……攻撃は大した事ないのでは?
「ふ、びっくりする程の見かけ倒しっぷりだな」
「お前っ……握り潰してやる!」
トロルは俺の言葉に怒りを覚えたのか、そのまま俺の身体を両手で包み込むと、顔を真っ赤にしながら力を込め始めた。
だが……
「うっ……がだい゛」
「痛い、が……全然耐えられる。さっきの一撃で諦めきれない辺りサキュバスの言ってた通り本当に馬鹿なんだな」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
「それにその体勢だと腹ががら空きだ」
俺は片腕でトロルの両手の間に無理矢理隙間を作った。
そしてこの見た目で俺の方が力も勝っている事に驚きを感じつつ、俺はさっきクロと一緒に居た事で覚えた口での弓引きを行う。
魔力を大量に減らし過ぎると身体が不調になるから、先が見えない現状では魔力弓で十分だろ。
「う、ぐ……」
「うああああああああああああああっ!」
しっかりと弓を引く為に使っていた奥歯が衝撃によって欠けたが、その甲斐もあってトロルの腹は抉れ、滴る血と共にそれは地面に落ちた。
「こ、れだけはっ!!」
「させ、ないっ……」
トロルは腹を再生させながら落ちた心臓を拾おうとする。
それをされてはまた振り出しに戻ってしまう。
俺は身体の痛みを堪えながら今度は両手を使って弓を引いた。
すると慌てている事でデコイのスキルが解除されているのか、矢は俺が狙っていた右手、更には左手や頭部を目掛けて分裂した。
さっきまではデコイの効果なのか、矢が分裂する事はなく、最悪この威力のまま何十回も矢を連射する事を覚悟していたが……。
「あと1発。それで十分だよな?」
俺は矢が当たった事で弾け飛び、だが直ぐに再生しようとするトロルの各部位を見つめてもう1度、願いを込めて弓を引いた。
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