78話 吐息
「くっ! 速いっ!?」
「トロルと違って私は受けが苦手、でも攻撃には自信があるの」
クロの突き出そうとする拳をサキュバスは素早い蹴りで弾いてみせるとクロの腹に一撃を入れた。
殴打する鈍い音が響き、クロは一瞬動きを止める。
「あはははっ! 痛い? 痛いのよね? さぁその苦しむ顔を見せて頂戴! それで痛いのが嫌だって思うなら私の――」
「全然、痛くない!」
クロは嬉しそうに近づくサキュバスの顔目掛けて思い切り拳を突き出した。
サキュバスは油断していたからなのか、その攻撃に反応しきれず、避けようとして見せたものの顎に拳を掠らせた。
「やば……」
掠った箇所が顎だったということもあってか、サキュバスは身体をふらりと揺らめかせ、隙を見せる。
「あんたみたいな女、トロルで十分だからっ!」
「弓が効かなくても素殴りは出来る!」
クロが続けて殴り掛かろうとするタイミングで俺もサキュバスとの距離を詰めて右腕を振り上げた。
「くあ゛ぁぁあっ!」
クロと俺の拳はサキュバスの顔面を捉え、その痛みからかサキュバスは悲鳴を上げた。
俺はこの機会を逃すまいと、雑に右足で踵落としを決めにいく。
サキュバスとはいえ女性に対して気が引けはするが、恐らく素の状態では一番威力のあるこれで顔面を――
「なーんてね」
「なっ!?」
サキュバスはけろっとした顔で振り下ろそうとしている俺の足を両腕で掴んだ。
そしてそのまま俺の身体を力強く押し倒すと、ゆっくりと顔を近づける。
「うふふ、私のトロルちゃんは主人と似ていて痛いのが好きみたいなの。だから私の受けた痛み、ダメージを分け合いっこしよって言ったら嬉しそうに頷いてくれてね。さっき程度の攻撃だとマッサージより刺激がないの」
「お前が涼しげにダンジョンを移動出来るのはそいつの所為って事か」
「ご明察ぅ。これであなたは私に勝てっこないって分かった?分かったなら私のものになりなさい」
サキュバスは俺の耳にそっと息を吹きかけた。
すると身体がおかしくなるくらい熱くなり、動悸が酷くなる。
目の前のサキュバスの身体に勝手に手が伸びる。
10代の時でさえ、こんなにも性欲に溺れそうになった事はない。
「そうよ。私に服従して言う事を聞いてくれれば好きな様に私の身体をまさぐってもいいの。それに一緒に居たあの子もね」
「ク、ロ……」
「はぁはぁはぁ……んっ。はぁはぁ……。一也さん、ダ、メ……」
俺の目に映ったクロは自分の肩を両手で抑えて、欲情する自分の身体になんとか抗っていた。
しかもクロは必死にサキュバスの元に近づき、攻撃を繰り出した。
しかしへろへろなその攻撃は簡単に避けられ、カウンターをもらってしまう始末。
「クロ……」
耐性バフの無いクロが根性を出して向かっていく姿は俺の鼓動を高鳴らせ……1つの衝動が胸の内から外へ溢れる。
「俺も……。クロを、とられたくない」
『サポーターとの親密度が上昇しました。耐性バフと攻撃バフが強化されました。サポーター自身が持つ耐性が向上しました』
か」
「退けっ!」
「なにっ!?」
バフの効果が強化された事で身体に自由が戻ると、俺は両足でサキュバスの身体を蹴り飛ばした。
形勢逆転……というわけではないが、なんとか窮地は乗り越えられたか。
「一也さん、サキュバスを倒すにはまずあのトロルをどうにかしよう。私がここでサキュバスを抑えておくから40階層にある筈のトロルの心臓を射抜いてきて」
「任せて大丈夫なのか?」
「うん。それに今ので頭がはっきりして……。ちょっと落ち着きたいから一也さんがここから離れてくれると助かる、かも」
「……分かった」
俺は敢えて何も言及せずに40階層へ足を運ぶ。
もし、あんな恥ずかしい事を言った自分の事も言及されたらたまったものじゃないからな。
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