77話 39階層
「……うっ!!」
――パンッ!
「大分消耗したが、結局アークトロル以上は出てこなかったな」
「朱音さん達が21階層から30階層を突破してからそんなに経ってないっていうのが大きいね。それでもアークトロルの攻撃痕を見るに、まともに攻撃を受けたら致命傷は避けられない程だったと思う。他の探索者が相手だったらもっと手こずるモンスターだったかも」
「そう言われれば……。会心威力を上げ過ぎた所為でその辺の感覚が少し狂って来てるかもな。それに今はクロのバフもあるし」
「一也さんの力になれてるなら嬉しい。……でも私、本当は人間全体のサポーターとして機能しないといけないんだけどね。なんかもう贔屓しちゃうっていうか、したくなるっていうか、一也さんが特別っていうか……」
「はは、ありがとうな」
32階層を抜けても俺達は同じ様に戦闘を繰り返してトロル達を殲滅していた。
現在39階層。赤い身体を持つアークトロルなんていうトロルの進化個体も現れ、階層ごとの攻略難易度は明らかに上がっていると感じられたがそれでもクロのバフ効果のお陰で全て一撃。
危なげなくこの階層までやってくる事が出来た。
それに弱い個体は俺が倒すよりも早くサキュバスが吸収してしまうから、実はそこまで大した数は倒していない。
おかげで俺達の体力やレベルに変化はない。
変化があるとすれば、クロの様子が徐々におかしくなっているという事だ。
息遣いが荒く、服を掴む力は強くなっている。度々溢れだす涎を服で拭ってしまっているのも気になるし……なにより俺の事を過剰に褒めてくれるのは違和感が凄い。
その度俺は乾いた笑いで適当に誤魔化してはいるが……クロがそれ以上の、変な行動を起すのも時間の問題かもしれない。
俺自身は不思議とあれから体にさほど変化はない。
親密度のアナウンスを黒に遮られてしまったが、耐性という言葉が聞こえていた事から耐性バフみたいなものが発動しているのかもしれない。
「――よし、罠の仕掛け完了。統括モンスターを倒しに行くか」
「……」
「クロ?」
「あのね、一也さん、私、も……」
クロはより息を荒くして俺の身体に両腕で後ろから抱きついた。
「あともう少しだから耐えてくれクロ――」
「ふふふふふ、あはははははははっ!! やっと、やっと私の体液の効果に堕ちたわね! もう本当にしつこい女なんだから。その状態ならもう幻覚を使って私の駒になってくれるわ!」
クロに体を拘束されていると、視線の先にある階段から高笑いを上げながらサキュバスが姿を現した。
その後ろには赤黒い色のトロル。
階段を登りきる程の個体が遂にサキュバスの手で生み出されてしまったらしい。
ただ、その顔は今にも死にそうといった感じではあるが。
「くっ!」
「その弓が強力なのは知っているわ。でも……そんな対策も出来ずにここに来るわけがないでしょ」
俺はクロに拘束されつつも弓を引いた。
しかし矢はサキュバスを狙ったはずなのに、赤黒いトロル目掛けて一直線。
攻撃を無効にするのは不可能と見て、デコイ役を用意したらしい。
しかもこのデコイ役の赤黒いトロルは俺の攻撃を受けてもピクリともしないし、衝撃波を生み出させてもくれない。
「私が直接丹精込めて作ったこのトロルちゃんははね、心臓を壊されない限り死なないし、他者からの攻撃は受けないの。その代わり、一生痛みを受け続けて、攻撃どころかご飯を食べる事も喋る事も出来ない。放っておいたら何も出来ないクズモンスター。でもね、こうやって頭を撫でてあげると嬉しそうに笑うし、身を粉にして攻撃を肩代わりしてくれるの」
「まるで奴隷だな」
「可愛らしくペットって言ってくれるかしら。それにあなたもそのうち私の可愛いペットになれるわよ。そうねぇ、仕事を与えるなら経験値と魔力の献上と、私の性欲処理係ってとこかしら――」
――パチンッ!
「一也さんはあたし『の』だから」
「……発情させたのが逆効果になるなんて。面白い、面白いわ! 強気で純情な女の子はとっても素敵よ! たっぷり私好みにしてあげるからね」
いつの間にか俺の身体から離れていたクロはサキュバスの頬を掌ではたくと、今までと打って変わって殺気の籠った目に切り替わった。
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