31話 初めての世界
「よ、良かったんですか? 私もあの場で他の人間の方に説明しなくて……」
「朱音がわざわざ気を使ってくれたんだ。ここは甘えさせてもらうのがある意味マナー。それにマスコミ連中はずっとクロの耳を見てた。身体的な質問、記憶に関わる質問が飛んできて……あのままいたらまた頭が痛くなってたと思うぞ」
「……それは、ちょっと困りますね」
「探索者がこの異変に対して積極的に働いている事は伝わっただろうから、今後マスコミ連中にクロから説明はしなくていい。世間に伝えないといけない事は、俺伝いで探索者窓口が取捨してくれるからな」
「そうですか。飯村様にお話しするだけなら緊張しなくていいですね」
「別に俺もクロと出会ったのはさっきだから、そんなに親しい間柄じゃないんだが」
「そうですけど、飯村様は初めてお会いした時から話しやすい雰囲気で、やっぱり今も一番話がしやすいです」
「そうか……。あんまりそんな風に言われた事はないけどな。まぁいいか。取り敢えずその耳は目立つから一旦俺の家で飯にしよう。こっちの世界の服も貸す」
「飯村様の家ですか……」
「別に何かするわけでもない。ただ嫌なら無理強いはしないぞ」
「いえ、嫌じゃないです! ただ、それはそれで別の緊張が……」
「もう建物の外に出るぞ。マスコミ連中に見つからないようちょっとだけ走る。付いて来てくれ」
ビルの裏口からクロを連れて外に出た。
探索に時間が掛かったからか、マスコミ連中は既に中にいるだけの様で、外は案外落ち着いている。
ただ、通りがかった人がちらちらクロを見てくるのだけが気になる。
「え? これが外?」
俺が辺りの人に警戒をしていると、クロはそれどころじゃない様子で周りを見渡す。
もしかして太陽光が駄目とか、空気が悪くて体調を崩したとかそんなんじゃないよな?
「大丈夫かクロ――」
「こんなに大きな建物……さっきまで私達この中に居たんですか? 凄いっ! それにさっきからビュンビュン走ってるあれは何ですか? モンスターではないですよね? 人の数も凄い、建物の数も……。ざっくり前に居た世界の光景は分かるんですけど、それはもっと森や草原が占めていて、ここまで人為的に綺麗な街並みは想像さえ出来ませんでした」
見る物全てに一々感動を覚えるクロ。
クロが元々いた世界は日本とは別の場所だったらしい。
車が無くて木々が生い茂っているような場所、それとも次元の違うどこか? ……ダンジョンが存在しているのだからそんなファンタジー世界もあり得る、のか?
「あんまり動き回ると撥ねられるぞ。ちゃんとついて来てくれ」
「あ、え、はい分かりました。あ、あのやけに綺麗な絵、あれに描かれているのはこの世界の食べ物ですか?」
「……そうだが、食べたいのか?」
「えっと、その、はい」
クロが指差したのは、コンビニで売ってるパフェののぼり。
確か、あそこのコンビニにニット帽が売っていた気もするし……耳を隠すアイテムを買うついでにパフェくらい奢ってやるか。
俺はクロを連れてささっとコンビニに寄り、買い物を済ませるとクロに直ぐ帽子を深く被らせてその耳を隠す。
クロはまだまだいろんな商品に興味津々だったが、とにかく俺も安心したいから家へ急ぐ。
クロはというと、パフェに舌鼓を打ちずっと目を輝かせている。
凝っていた時はもっと大人らしい雰囲気があったんだが、今は妹みたいな感じがするな――
「ってクロその身体……」
「なんだか身体が漲って……。これすっごく美味しいだけはなくて、魔力を増幅させる凄い食べ物ですね!」
パフェを食べたクロはその身体から薄っすらと黑いオーラを放ち、折角耳を隠した事を無意識に台無しにしてしまうのだった。
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