161話
「髪の色が黒く……」
クロ。
そうか、俺が知っているクロはこうやって誕生して――
「い、急いで回復を! 王族はその寿命が尽きる瞬間髪の色が黒くなると言われているんです!」
「お、落ち着きなさいって! 呼吸はあるから大丈夫よ!」
「助かったとしてもその状態、黒髪が続くようであれば国内にいる差別思想を持つ連中から酷い扱いを受けることがあるらしいんです。過去に黒髪になった王族が力を失ったとして虐げられたとか……。それを考えれば、このまま助かったところで姫が国を治めることに対しての反発運動が起こるなんてことも……」
「い、いくらなんでもそれは……あるのかしら?」
「なんか気に食わない、こいつは自分より弱いんだからこれくらいしてもいい、これくらいされて当然だ……人はそうやって他人を攻撃する生き物。トモヤが危惧するような、いやそれ以上のことが起きたっておかしくない」
「……。飯村君それって、その……」
「あ、別に俺を虐げてた奴らのことを責めたいんじゃない。……それに朱音が後ろめたさを感じる必要もないだろ」
「う、うん。ありがとう」
「それよりもどうやって回復を……。そうだ、また甘いものを――」
「だ、いじょうぶ。大丈夫だから。それより……ごめん、なさい。私、自分だけで、どうにかできなかった……んですね。泣いてる。……みんな」
俺がポケットの中を探ろうとすると、姫様が口を開いた。
俺の攻撃によるダメージ、さらにはテンタクルゴブリンが寄生した後遺症なのだろうか、たどたどしい喋り口調ではあるが元の姫様に戻れたようだ。
テンタクルゴブリンのような寄生タイプのモンスターであれば寄生した対象に自身とは別の新たな卵を産み付けるようなことをする可能性もあると思っていたが、どうやらその心配もなさそうか。
こっちにきてから間もなくとんでもない事態に遭遇してしまったが、取り敢えずは一段落……いや、まだ国のほうが危険なのか。
それじゃあ安心している場合じゃないな。
……というかみんなというのはもしかして……。
「俺も、か」
安心したからなのか、より俺の知っているクロに姫様が変化したからなのか……。
いつの間にか俺の頬を涙がゆっくりと伝っていた。
「私が、弱かったから……。どうやら、身体で起きた事象……私なんかには完璧に扱いきれないもの、らしいです。でも……。それを反映させられるのなら……。トモヤ、あなたにこの力を……」
「え?」
「手を」
「は、はい!」
姫様が手を差し伸べるとトモヤは疑問を抱えること、考えることを放棄したようで慌てた様子でその手を握った。
姫様の手に光が灯りそれはトモヤの身体へと渡っていく。
するとクロの髪の三分の一くらいまでが黒色に変化。
また俺の知っているクロの姿に近づいた。
姫様がクロだとすれば姫様はこのあと俺たちのいる現代まで眠ることになって……。
「髪が変色しきる頃がその時になるかもしれない、か。でもだとすれば……」
俺たちが知っている、過去に飛ばされているはずのクロはどうなってしまうのか。
今までの発言や様子からして姫様はクロではあるが、あくまでこっちは原点の、まだ現代に行く前のクロ。
そして俺の知っている限り現代にクロは一人。
てっきりクロはこの時間をループしているものだと思っていたが、その線は薄い。
……だったら最悪の場合、死んでいる。これから死ぬ。或いはこの時代、過去に取り残されるのか……。
「そんなこと、させない。させたくない」
「一也、さん? 大丈夫ですか? あの、私は大丈夫ですからそんな顔は……ん!?」
「姫様!?」
「大丈夫ですか姫様!」
「クロ!?」
俺の表情を見て心配そうに声を掛けてくれた姫様。
そんな姫様の身体が再び光った。しかも黒く。
そしてそれはトモヤと……あかりを灯した。
「……」
「姫様! お身体は大丈夫ですか!? 髪がまた一層黒く……」
「え、ええ。大丈夫よトモヤ。……私は、大丈夫」
驚いたような表情から一転、姫様はどこかはかなげな表情になるとトモヤに声を掛けた。
次の瞬間には申し訳ないと言い出しそうなほど弱々しい声色で。
「なにが起こったのか分からないけど、とにかく一度このダンジョン、遺跡を後にするのが先決よ。準備を整えてからじゃないとここに居る人たちを助けられない」
「そ、そうだな。王都で助けを求めやすいように姫様は連れて行くとしてあかりたちはあとで――」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
「こ、この音って……。飯村君がモンスターの発生源を壊した時と同じ……」
「ああ。遺跡が、変わっていく。それにワープゲートがそこら中に……」
「――ききゃあぁぁあぁぁああぁああぁあ!!」
「今のはゴブリンの鳴き声か?」
「多分、そうね。……きっとダンジョンのリセット、それに応じて一度消えてなくなるのかも」
「つまり断末魔……。なら、テンタクルゴブリンに寄生された人たちや、他の階層で苦しむ人たちもとりあえずは助かった……のか?」
「そう思いたいわね」
「……ということは王都も危機から脱した可能性が高いですね」
「でも一体誰がそんなことを……」
「もしかしたら5年前にも遺跡を突破した、『あいつ』が――」
シュッ。
訝し気な表情で顎を擦ったトモヤだったが、次の瞬間唐突に現れた黒い円に飲まれその場から消えた。
そしてその円は段々と広がり、辺りにいる人たちを飲み込み始めた。
「今から次の階層、出口を目指すことはできそうにないわよね?」
「ああ。……仕方ない。また変な所に出されないことを祈るか。朱音、俺の手を。クロ……姫様も絶対に朱音から手を離さないでください」
「……離しません。なぜだかそれだけは……こうした場所でお2人から離れるということが罪のような気がしますから」
「……」
「……」
姫様の発言につい俺たちは黙ってしまった。
クロ。なんでお前はこんなに近くにいるのに、こんなに遠く感じるんだよ。
「く、くるわ!」
「頼むから上空だけは勘弁してくれよ」
シュッ。
ようやく俺たちの側にも表れた黒い円は一段落下とは思えないなんとも言えない感情渦巻く俺たちを飲み込んだのだった。