160話 手間
「クロっ!」
峰撃ちによってクロに当たった魔力矢。
スキルの効果によってクロが死ぬことはない。
それでも俺はその名前を呼び、倒れていくクロの身体を支えたいという想いからか勝手に脚が動いた。
「あ、が……」
「い、飯村君! 今なら!」
テンタクルゴブリンの呻き声と朱音の少し戸惑いが感じられる呼び声。
峰撃ちの本来の目的、それはテンタクルゴブリンをクロの身体から引き離すというもの。
まずはクロの身体を支えることなんかよりもテンタクルゴブリンへの接触を試みるのが優先なのに……今の一瞬、声を掛けられるまで俺は視野が恐ろしく狭くなり、テンタクルゴブリンの姿を気にする余裕すらなくなっていた。
このままじゃ駄目だ。冷静に……。冷静になれ。テンタクルゴブリンはゆっくりだが、クロの身体に戻ろうとしているじゃないか。
今自分が何をしなければいけないのか、判断を間違えるな。
判断を間違えば、あの時クロを1人にしてしまった時のように……いや、今俺たちがいる過去の日本という特殊な場所はそれ以上の悲劇を招く。
一時の感情に流されるな。
「……。危なかった。朱音がいてくれて本当に良かった……。朱音! スキルを!」
「分かったわ! 空間転移!」
俺はクロとの距離を詰めるとクロの身体を支えるのではなく、その身体に戻り、既に全身を収めきろうとするテンタクルゴブリンを掴むと朱音に指示を出した。
パラサイトワームの時同様に中にいるテンタクルゴブリンだけを攻撃、なんてことができたらここまで面倒なことをする必要はない、そう俺の魔力矢の効果、そのほとんどを聞き知っているであろう朱音は思っているかもしれないが、そもそも村長に魔力矢を放ったあの時、それはできなかった。
テンタクルゴブリンごと村長を殺すしかなかった。
それしかできなかった。
ということはおそらくクロも同じで……。
なら魔力矢でこのはみ出したテンタクルゴブリンだけを殺してしまう、なんてことも頭をよぎったが、そもそもテンタクルゴブリンとクロが同化、一体のモンスターとして存在している場合それをしてしまうことで死んでしまう可能性がある。
まったくこのテンタクルゴブリンってやつは改めて害悪としかいいようのないモンスターだ。
朱音がいなければクロを助ける方法は多分なかった。
今みたいな声掛けをしてくれることで俺を御してくれるだけでなく、スキルの面でも朱音には感謝しかない。
だけど俺はクロのことで頭がいっぱいで……。朱音に対して――
――シュ。
思考を巡らせながらも徐々にクロの身体に戻ろうとするテンタクルゴブリンを力強く引っ張っていると、俺の視界は朱音のスキルによって響いた移動音と共に切り替わった。
テンタクルゴブリンを掴む朱音と地面に落ちたクロの身体。
そんな光景を確認しながら俺はその辺にあった小石を拾い高くそれを投げ……。
「もう1回、頼んだっ! 魔力消費……100!」
「空間、転移!!」
念には念を込めて大量の魔力を消費。
俺は小石に魔力矢を向けた。
すると同じタイミングで朱音が小石とテンタクルゴブリンの位置を移動。
特大のテンタクルゴブリンが唐突に宙に現れた。
そして……。
――パン!
『テンタクルゴブリンを討伐。レベルが上がりました。魔力矢が強化されました。選択可能な対象が増えました』
レベルアップのアナウンスと共にテンタクルゴブリンはいつもより派手に爆散して見せ、使った分の魔力、いや、それ以上の魔力を吸収させてくれる。
「……。クロ……。クロは――」
魔力の溢れる感覚。熱くなる身体。強力な一撃による爽快感。
だが俺はそんな余韻に浸ることなく急いで視線を移した。
「――一也、さん」
「クロ! じゃなくて姫さ――」
朱音の腕に抱かれながらぐったりしているクロであり姫様の姿。
俺はその姿を見てまた走り出そうとしたのだが……。
俺は俺の知っているクロと同じ色に染まろうとしている姫様の髪を見てつい俺は脚を止めてしまったのだった。