159話 姫様視点『甘やかしで満たしたい』
『クロは甘いものが本当に好きだな』
『クロ、大丈夫か?』
『ありがとうクロ、助かった』
『帰ったら何でも奢ってやる』
『クロをとられたくない』
私と同じ名前で呼ばれる女性。
飯村一也という名前の人間に好意があるのは明らかだった。
そしてそんな二人に、甘やかしに憧れていたときにトモヤに出会った。
その姿は飯村一也に似た顔で、でもトモヤは思った以上に情けない性格でその人間とは全然違うエルフだった。
でもそれが愛おしくて、好きという感情は彼から教わった。
そんなトモヤには幼馴染がいた。
グラマラスで大人の雰囲気のある彼女はあかり。私とは違って言いたいことをはっきり口にできるエルフで、トモヤのことが好きなんだろうなって。直ぐに分かった。
それに対して悪戯に邪魔してやろうって思ったこともあった。
だけどそんな感情には不思議とすぐ蓋ができた。
あかりが大事な友人だったから、そういう強い意識を持っていたっていうわけじゃなくて何か別の誰かがそっと蓋をしてくれたみたいで……それからだった、私が夢に出てくるその飯村一也に対して特別な感情を強く抱くようになったのは。
トモヤに対する感情は多分弟を見るような感情に変わって、会ったこともないその人のことを私は一日中考えたりするようになった。
まるで自分が自分じゃないみたいに。
だから夢の中でその人が英雄として扱われるのが嬉しかったし、その人が私たちの間で『勇者』と呼ばれる存在だと知ったときは心が躍った。
それなのに、最近それがゆっくりと薄れて……特別な感情も薄れ始めて、でも……こうしてその本人に出会ってこうして泣いてくれる姿を見て私は改めて……。
ああ。私、こんなときに何を考えているんだろう。
お父様のこと、お母様のこと、国民のこと。
今から死んでしまうというのに、私は飯村一也という人間のこと、薄れていた感情と、夢のことばかり思い出してしまう。
走馬燈って本当に不思議――
『――ほらこれ……ってクロその身体……』
これは、このシーンは確かこの女性が初めて異世界の甘いものを食べさせてもらうシーン。
異世界の食べ物を口に入れて身体から黒い魔力が漏れ出て……魔力が回復するんだっけ?
でも、これはこの時この一瞬だけだったような……。
実際私も異世界の食べ物を口にしたのにそんな変化は起きなか……。
違う。変化はあった。身体の調子は一時良くなって……。その後身体にいるこいつらは活発になった。
……。刺激を与えた。身体にいるこいつらに、間違いなく。
おそらくだけど、女性は魔力が回復して調子が良くなった、だけじゃない。
今の私みたいに、何かを抑え込んだ、或いは『消滅』させた。その影響で魔力が漏れた。
力が暴発した瞬間だったんだ。あれは。
女性はなにかしらの状態異常を受けていて、それをあの瞬間に克服した。
だとすれば、私にもそれができるはず。
初めての味、甘い記憶、憧れていた甘やかしを思い出して、それ全部で満たして、それ以外を排除。そうすれば私もきっとできる。
目の前の矢が私を射抜くよりも先に、飯村一也が、一也さんがまた涙を流さないように、私はこいつらを……。
「一斉に殺して、生きる」
私がそう呟くと、体内に何かが弾ける感覚が襲った。
――パン!
一匹が弾ける音。
――パン、パン、パン!
その後連鎖して弾ける音。
――シュウ。
遺体が魔力となり吸収される音が頭に響く。
そして代々引き継がれてきた力の中でもとりわけ強力な魔力を持っていると評価される要因となった私の黒い魔力、クロで黒な私を象徴するそれが露わになる。
『スキル発現サポートが強化されました。自己の回復能力が高まり、スキル【リジェネ】が解放されました。主なサポート対象である弓使いなどに対して新たに【時】や【空間】を司るスキルなどが発現されるようになりました。また親密度の高い、或いは適性のある弓使いを限定条件としてサポーターの体内で行われた事象を可能な限り反映……敵を一撃で殲滅できる可能性が高い、【会心攻撃】を用いたスキルを獲得できるようになりまし――』
――パンッ!
頭の中に流れる『啓示』の途中、今度は体にいる奴らが破裂した音じゃなくて……私自身の頭にそれが、泣きながら放たれた一也さんの矢が当たったことで……。
そ、ノオトハ……ナッ―