148話
「と、その前に全力で戦いたいからポーチを外してっと……。いくわ!」
駆けてくるホブゴブリンを待つわけではなく、朱音も自ら攻撃に打って出る。
「そういえばここまで朱音さんの戦っているところを見てなかったんですけど……。大丈夫ですか? 相手、かなり強そうですよ」
「トモヤの言う通り。加勢してあげた方がいいわよ。体調も優れないんでしょ?」
「あれくらいの相手なら問題ない。朱音は俺たちの世界ではトップクラスの実力者なんだ」
「俺たちの世界……ね。ねえ、さっきの会話を聞いて思ったんだけど、あなたたちって他の国というか――」
「あの攻撃!? ちょっとまずいんじゃないですか!?」
あかりの問いかけの途中、トモヤの荒い声が響いた。
というのもホブゴブリンが手に持つ剣を振り上げると同時に、朱音はホブゴブリンの胴に蹴りを繰り出したのだ。
ノスタルジアの木で作られた装備には、魔法以外の攻撃が効かない。
それを理解しているトモヤは朱音のこの攻撃が大きな隙を生んでしまう、最悪あの剣が朱音に当たってしまうと危惧したのだろう。
トモヤの考えは分かる。だが、そんなことを朱音が失念しているはずがない。
だから俺はあえてトモヤの声に反応して手を貸すようなことはしない。
「ふふっ! そんなの効かな――」
「『空間転移』」
「え? ぐはぁっ!!」
朱音の蹴りは完全にノスタルジアの木の装備に防がれた、と思われたが、朱音はそれに触れた瞬間スキルを発動。
さっき外したポーチとその装備の場所が入れ替わり、朱音の蹴りは若干勢いを殺されてはしまったものの、ホブゴブリンの腹にしっかりと当たった。
朱音とホブゴブリンのレベルに差があるのか、それとも当たり所が悪かったのか、ホブゴブリンはその一撃で地面に倒れると涎を溢し、剣から手を離して自分の腹を押さえた。
「ホブゴブリンなんていう素の能力の低い相手なのに……一発で仕留められなかったのは、やっぱりこの期間で力を蓄えたからなのかしら? とはいえ、ホブゴブリンっていう種族である限り強さには限界があるようね」
「く、っそ……。確かに俺は、この姿ではステータスが上がらなかった。だけど……人間の時のスキルは強化できている。職業、魔法剣士の俺は……剣を魔力でどこにでも、作れる!!」
地面に倒れていたホブゴブリンは脂汗を流しながらも、片手を朱音に差し向けるとその背後に魔力で作った剣を顕現。
朱音の背中を刺しに掛かった。
しかし……。
「『空間爆発』」
朱音は振り返ることすらせずに自分の背の付近に爆発を起こして、剣を爆破。
ホブゴブリンの攻撃に一切の驚きも見せず、追撃するために一歩一歩ホブゴブリンに近づいていく。
「これでも探索者としての歴は長いから、有名どころの職業で扱えるスキル、魔法は頭に入っていて……その戦い方というか癖も何となく把握しちゃってるのよね。あなたが、人間らしい、それに剣を使うっていう時点でなんとなく剣士、魔法剣士あたりはなのかなって分かったし、剣を振るう速さ、というか遅さ……。あれ、剣技を高めようとすることを後手に回した魔法剣士にありがちなパターンなのよね。だから、ああいった攻撃は想像の範疇。不意を突くことはできなかったの。あなたが、もっとモンスターとして私の考えから外れた力を身に着けていれば、もっと善戦できたかもしれないけど……残念だったわね」
「……。俺はまた記憶を失くして……全部一から、悪夢の中みたいな繰り返しを――」
「今のあなたを見ていると、そっちの方が幸福かもしれないわ。さよなら、元探索者の、モンスターさん」
「くっう!」
ホブゴブリンは苦し紛れにまた剣を作り出す。
すると朱音はホブゴブリンの顔を足で踏み、自分とホブゴブリンの位置を入れ替え。
ホブゴブリンは自分で作った剣にその心臓を貫かれて絶命した。
「……強い。一対一、対人間かエルフなら王都の誰よりも強いんじゃないの?」
「入れ替える力……あれを使えば作戦の幅も広がるし、モンスターとの交戦も有利に進められるよな」
一方的に勝負を決めた朱音に対して賞賛を送るあかりとトモヤ。
流石アダマンタイトの探索者。
派手な戦いではなかったが、2人を魅了してしまったようだ。
「ノスタルジアの木の装備は大分使えるから……。2人のどっちかが身に着けるといいわ」
「じゃ、じゃあ怪我もあるし、俺が」
「うん。私もトモヤがそれを身に着けるのは賛成。……それで、進みながらでもいいんだけど改めて質問させて。職業とかスキルとかダンジョンとかそれにホブゴブリンとのあの会話……あなたたちは、本当はどこから来たの? もしかして、異世界?」