147話
「――着いたか、1階層に」
階段を下り終わると、そこには長い1本道。
ゴブリンキングに腕や足を食われたゴブリンがそこら辺に倒れ、人間との間に生まれたであろう子供ゴブリンがそれをも喰らう。
その顔はやはり人間に近く、この状態で既にホブゴブリンまであと1歩といった様子。
そして、ここにも逃げ出そうとするゴブリンが何匹か……。
もしかすると、人間に近くなればなるほど可能が発達して、命令に背くようになるのかもしれない。
その証拠に逃げ出そうとしているのは、顔がより人間らしい。
とはいえ、今回はどいつもこいつも逃がさず殺す。
これ以上被害意を増やさないためにも、ホブゴブリンやそれ以上を生み出さないためにも情なんて掛けてはいけない。
奇しくもあの『傲慢』との戦闘がこんな場所にきて生きているな。
「ホブゴブリンもちょろちょろいるわね」
「多分この階層のゴブリンたちを指揮するために配置されているんだと思う。人の言葉は話せていないみたいだけど、さっき見たテンタクルゴブリンと同じように人に戻りたいって思いがあるんだろうな」
「……。記憶があるってことがこんなにも残酷な結果になるなんて思いもしなかったわ」
「ああ。……だから俺はいっそのこと殺してやったほうが幸せかもしれない、って若干だが思って殺してる。ナーガっていう前例を見るに、殺されれば一旦はそれもリセットされるはずだからな」
「それもいいことなのかどうか……」
「2人とも! あれ!」
ゴブリンやホブゴブリンを殺し、その光景に心が荒みそうになる朱音。
そんな朱音の言葉を遮るようにあかりが、声を上げた。
その声に反応して、俺は目を細めて先を見る。
すると、そこにはノスタルジアの装備を身に着けたホブゴブリンが1匹。
他の個体とは雰囲気が違うから、おそらくはこの階層1階層のボスという扱いなのだろう。
佐藤さんのダンジョン、いやその時よりもボスの位置というかそういった区切りが雑なのはこのダンジョンができたばかりだからなのだろうか。
「……飯村、一也? な、ぜ? ……いや、そうか、確かスキルで追う姿が確認されたって共有されてたか。もうそれも何年前か分からないが」
「え?」
視認できたから瞬間弓を引こうとしたが、ホブゴブリンは俺の名前を呟いた。
「俺の名前……。その姿になる前の記憶、か……」
「お前は俺たちの敵、俺たちがこの世界を自分たちの都合のいい世界にするための障害。そう思ってた。だけど……俺たちをモンスターに変え、何年も何年も何年も……。死ぬよりも辛い思いを俺たちはしてきた。間違っていた。俺たちが、俺たちが間違っていたんだ。だから、佐藤みなみを止めよう。この身体を戻して、元の世界に戻ろう。そう思っていたのに……」
「いたのに、なんだ?」
「違った。既に佐藤みなみはダンジョンのマスターではなくなっていた。あれも今はただ利用されているだけ。大罪モンスターを触媒にモンスターを生み出すだけの機械」
「それは、どういうことだ?」
「俺たちは奇跡的にあのダンジョン、仕組みから漏れ出た。あれはもう何をしようとも止まらない。あの時代に戻ることもできない。なら、ここで自分たちなりに人間を目指すしかない。なぁ、そのための手伝いをお前もしてくれないか?」
「すまないがそれはできない。日本のためにお前は、お前たちは死んでもらわないと困る」
「……。なんで、なんで……そんなこと言うんだよ! 俺たちはもう長い年月我慢したんだぞ! こんなに、こんなに、こんなに反省してるんだから、自分たちのために、一緒に人間を殺しても、殺すためだけのダンジョン作りに協力してくれてもいいじゃないか!」
ホブゴブリンは昂る感情を表に出し、その瞳から涙を溢す。
そして、そのまま自分のわがままを受け入れようとしない俺に向かって駆け出した。
「無茶苦茶な物言いね。でも……。駄目ね、私。あんまりモンスターっていう風に割り切ることができてない」
「ならあいつの自業自得だって思えばいい。あんまり相手の気持ちに寄り添っていると辛くなるぞ」
「そう、よね。飯村君。ここは久々に私が請け負っていい?」
「大丈夫か?」
「不幸化幸いか、金色のモンスターってわけじゃないみたいだから、会心が出にくい私でも問題ないわ。……ふぅ。これを倒して……いいえ。殺して、私もちゃんと吹っ切れないと」