135話
「――えっ……。もう、移動が完了したのか」
時を超えたというにはあまりにもあっさりと、一度別の空間を経由したり、意識を失うなんてこともなかった。
だが魔力が著しく減少しているのか、身体がふらふらと揺れる。
この状態でノスタルジアの木に襲われていたらどうしようもなかっただろうが、既にその姿は見えず、モンスターの気配も不思議と感じない。
よく見れば道が増えているし、登り階段も見えない。
おそらく時を超えたダンジョンは既にある程度の時間を過ごし、その構造が変化、階層は拡張され……ここは丁度モンスターが湧いていない、或いは湧きにくい場所なのかもしれない。
今がいつの時代かは分からないが、ここが本当にまだクロがクロである時代のダンジョンであるならばとにかく奥に進みたいが……最終階層は一体どこまで続いているのだろうか?
場合によっては準備を整えてからでないと攻略は不可能かもしれない。
「朱音。先に進むか、一度上に出るか、どっちがいいと――」
「うっ……。はぁはぁ……。ごめんなさい。その、ちょっと動くのはしんどいかも」
「魔力、ギリギリだったのか」
俺が助言を求めると、朱音は息を乱しながら地面に膝をついた。
『時間旅行』の魔力消費量は相当なものだったらしい。
戻るのもガンガン先に進むのも到底は無理だな。
「魔力を回復するためにまずは適当なモンスターを狩るのが先決。運よくここはモンスターの出現が少ないとはいえ……。一応時空転移弓で罠を張って……久々に探索者って職業らしくこの階層の様子でも見て回るか。魔力消費、10。これが限界か……。朱音、すぐに戻るからちょっとだけ待っててくれ」
「ごめんね。足手まといで――」
「朱音がいなかったらこうして追ってこれなかった。感謝してるよ」
「そう……。じゃあちょっと休ませてもらう、わ」
朱音は俺が罠を張ったのを確認すると、眼を閉じて地面に横になった。
流石に直に地面に寝かしておくのはまずいと思い、俺身に着けていたポーチを枕替わりにさせて朱音の頭の下に潜らせた。
「……。直ぐに回復させてやるからな。俺のわがままのせいで……本当にごめんな」
俺は寝ている朱音の頭をそっと撫で、とにかくモンスターを1匹でも多く倒すためにその場を離れた。
◇
「くそ……。湧きが甘いな……。どこかに集められているとかそんなことじゃない限りこんなこと……。いや、俺たちの常識が通用するような状態じゃあないのかもしれないな」
探索を開始して1時間ほど。
俺が殺したモンスターの数は5匹。
しかもどいつもこいつもそんなに強くはなく、魔力の回収量も少ない。
朱音を回復するどころか、俺の魔力すら回復が難しい。
こんな状況が続くようであれば朱音を担いででも、この階層を後にしないといけないかもしれない。
「1回朱音の様子を見に戻――」
「ぐ、あああああああああああああああああああっ!!」
来た道を引き返そうとすると、道の先から聞こえてきた絶叫。
その声は俺が聞いたことのない声。
「この時代の人間、か。あんまり干渉するのは良くないだろうが……。モンスターも湧いていそうだな。……。行くか」
道の先を走って進む。
すると大きな声以外にも戦闘によって発生しているであろう地響きや、風切り音まで届き始め、全体的に薄暗い道の先にいるモンスターたちと人間が見えてきた。
モンスターの数は30匹くらいだとして……人間は1人。
武装した虎模様のモンスター、『アーマーロア』はこの階層で見た中では比較的魔力の回収率がいいからこれは当たりだ。
「魔力消費、1」
魔力を節約するために放った最低威力の魔力矢。
今まで戦ってきた大罪の名を持つ統括モンスターが強すぎたせいで、感覚がおかしくなっていたが、この程度のモンスターならこれで十分。
――パンッ!
「え?」
命中した魔力矢は会心のエフェクトを浮かばせながら、衝撃波を放ち……30匹のモンスターは一瞬で消滅。
爽快感と魔力で身体は一気に満たされていく。
敵を殲滅するこの快感はどんな状況であってもいいものだ。
それに驚く人の反応っていうのは、底辺探索者だった俺からするとまたなんとも――
「すごい! あの、あなたはどこの国の弓兵なのですか? まさかたった1人でこの『遺跡』に侵入しようという人間がいるだなんて……。私たち『エルフ』ですらモンスターに四苦八苦しているというのに。あ、そんなことよりもまずは感謝をお伝えしないとですね。助けていただき、ありがとうございました。私は『エルフ』のトモヤっていいます」
「エル、フ?」
俺が転移してきたのは過去の日本のはず。
なんでクロと同じエルフが?
耳の形状からして嘘をついているとは到底思えないが……。
もしかして転移は失敗? だがトモヤの服装は明らかに現代的じゃない。それに、名前が日本人のような……。
……。そういえば言語はなんで通じて――
「あっ! また新手が……魔力消費、1」
「なっ……」
思考を巡らしていると、俺たちの背後から火の音が聞こえてきた。
そしてそれに反応したトモヤはおれと同じように魔力を消費させて魔力矢を生み出して見せたのだった。