133話
「ノスタルジアの木が……。そこら中から……。このままじゃこの階層全部がこの木で埋め尽くされるわよ!」
「この階層? ノスタルジアの木はそんな狭い範囲で止まらない。このダンジョン、所謂私が作り出してまだまもない新ダンジョン全てを包む。そして私はダンジョンと共に過去に戻って、長い年月を掛けて力を蓄える。再びこの時代に現れてあなたたち探索者を一掃できるだけの力をね!さぁ、もっともっと成長しなさい、ノスタルジアの木よ!」
佐藤さんの声に呼応するようにノスタルジアの木の成長速度は加速。
更には壁や上り階段だけでなく、地中からもノスタルジアの木は姿を現し始め、俺たちの立っているスペースも次第に狭められていく。
時を遡りまたこの時代にやってくる……。
俺たちがよく知っているあのダンジョン、旧ダンジョンは元々佐藤みなみという存在が別の世界線で同じようにして、この時代まで運んだものということ。
旧ダンジョンにいたナーガが人間の時の記憶を持っていたのは、そして繰り返してきたと言っていたのは、それが記憶の共有された新しい個体ではなく、佐藤みなみを慕いついてきたその時の存在がただ単にノスタルジアの木によって一時的に記憶を吸われ、何度も生まれ直していた同一の存在だったから。
その可能性には気づいていたが、ダンジョンが丸々時間を越えるなんてことが実際にあるとは……。
それにしてもそこまでして世界を変えてやろうという佐藤さんの執念を秘めていたなんて……。
佐藤みなみという存在の危険性にもっと早く気付けていれば……。
「飯村君! まずい状況だけどこれはチャンスよ! だってあれさえ討ち取ればスキルは……このダンジョンも、きっと旧ダンジョンも消えるはず。探索者っていう職業、魔石っていう資源が無くなるのは痛手だけど、危機も間違いなく無くなるわ!」
「そうね。きっと私さえいなくなれば、この世界はあの糞つまらない世界のまま。……そんなの、絶対にさせない」
俺たちと佐藤さんとの間に立ち塞ぐノスタルジアの木。
これを掻い潜るために時空転移弓を使って攻撃を仕掛けるものの、手応えは無し。
「悔しいが、ここはもう撤退しか――」
「あ、足が……。一也、さん」
「クロっ!」
自分たちまでノスタルジアの木に飲まれてしまってはまずいと、仕方なく佐藤さんを見逃して撤退しようとクロに視線を向けた。
しかしその瞬間、クロがノスタルジアの木に脚を掴まれた。
不思議なことにクロはこれに対して必死に抵抗しようとはしない。
「あ、ぅ……」
「そうか、記憶を吸われる影響で身体に異変が……。クロ!今助けるからな!」
「一也、さん。私は、大丈夫だから。今のノスタルジアの木に、触れちゃ駄目」
「大丈夫なわけないだろ!属性弓でこれを――」
「危ない!」
唐突に地面から生えたノスタルジアの木は俺たちとクロを隔て、それに触れそうになった俺を朱音が思い切り引っ張った。
「離してくれ!クロが!クロが連れていかれる!」
「駄目よ! それに触ったら飯村君の記憶が、クロちゃんのことだって忘れちゃうかもしれないのよ!」
「だけど……」
「一也さん。私、待ってるから」
「クロ!」
もう姿の見えないクロ。
だけどその言葉だけは俺に届いた。
「充分記憶は吸った。あなたたちを今は殺せないけど、旧ダンジョンにいる『私』がきっと殺す。だから、待ってなさいこの世界で、この時で。……ダンジョンの転移開始。それに伴う異物の強制排出を実行」