132話
「な゛っ! こんな、とき、に……」
「大した耐久力だな。だが流石にこのダメージを受けて攻撃を続行するのは無理だったか」
「空間転移で移動させた攻撃スキル? は、あっという間に消えたものね」
クロと作ったワープゲートを潜ると、眼前にクロを襲う鳥のような何か、それに大罪の名を持つであろう通常のモンスターとは明らかに雰囲気の違う敵が映った。
俺はクロがそのモンスターの首を絞めていることに気づいて、すぐさま弓を構えると、朱音に視線だけで役割を伝えて魔力矢を射った。
400レベルを超えて、まだ一撃で仕留めきれない敵がいることに驚きはあったが、それと同時にダメージがあったことに安堵を覚える。
それは大罪の名を持つモンスターはどうしてか、俺の魔力矢に対して完璧ではないとはいえ、何かしら対応できるスキルを備えていることが多いから。
「一也……。さん。あ、はは……。あなたはいつだって……。ありがとう。こいつさえ殺せば、多分最初から、今度は優秀な状態の私が……。違う世界線のあなたを助けてあげられる。ごめんなさい。こっちの私は役立たずだった、よね……」
「くっ! 離、せっ。あ、ぐ……」
クロは何かを呟きながらその手に力を込める。
【憤怒】はそれに抗えることなく、遂にはその身体から生気が消えた。
これで残すところは佐藤さん1人。
説得するにしても戦うにしても、ようやく終わりが見えてきた。
「はぁ。本当に邪魔なことをしてくれる人たち……。でも、もう準備は整った。不安な点はあるけど……。コキュートスはいい仕事をしてくれたわ」
「ダンジョンマスター……。いいえ。久しぶり、みなみちゃん」
「その呼び方……。なるほどねえ。これから向かう先では私、そう言われてるのね」
100階層の奥に見える扉から現れた佐藤さんは、どこか余裕な表情で俺たちに声を掛けてきた。
どことなくそれを見つめるクロの表情や口調は憎しみに満ちているようにも見える。
「無駄だってことは分かっているけど、もうこんなことをするのは止めてもらえない。こんなこと続けても、外の人たち、それにみなみちゃんを慕ってくれている人たちも、南ちゃんだって不幸になるだけだよ。私はもう全部知ってる。みなみちゃんがこれからどうなってしまうのか……」
「……。どうなってしまおうが、目的さえ達成できれば関係ない。そう、最悪私が死んでしまっても、この世界を変えることができるのなら。それに、全部知っているって言ってたけど、未来のことは何も分からないはず。あなたが思うよりも私の理想の世界を喜んでくれる人たちはいっぱいいるよ」
「そんなことない! だって私は……私たちは――」
「うるさいっ! もう無駄なんだから! 何を言っても! コキュートス! そろそろ発動するわよ! スキル、絶対にしくじらないでね!」
「……。りょ、かい」
「え? なんで……。まだ……。それに、なんでそんなにいるの!?」
奥の扉から、今度は複数の【憤怒】が現れ、佐藤さんの身体に抱きつき始めた。
「そんな、これじゃあ……。私は、なんのために……」
「何かまずい……。魔力消費、70」
「空間転移!」
俺と朱音は佐藤さんに抱き着く【憤怒】を慌てて引き剥がすが、【憤怒】は攻撃を受けようが移動させようが、雪のように散って見せるとまたすぐに形を取り戻して佐藤さんに抱き着く。
「無駄。コキュートスが準備したこれは、私の怒りの感情が消えない限り溶けることはない。さぁて、じゃあそろそろ……。到着した土地で現地民に面倒なことをされないために……『ダンジョンリセット』。それから、吸った記憶、これから吸う記憶を動力として、『ノスタルジアの木』と共に、その故郷の時へと……遡る!」