129話
「なん、で……」
「わからんけど……面倒がってる場合じゃない!避けろめい!」
イレギュラーな事象に身体が硬直した【嫉妬】のレヴィを【怠惰】のバアルが突き飛ばした。
そして魔力矢はそんなバアルの右足に命中、勢いからしてかなり威力が下がっていたのだろう、いつものように身体全体を破裂させることは出来ず、右足だけを奪い取った。
「お兄……ちゃん?」
「俺のことはいい!魔法の維持に集中しろ!」
「わ、分かった。でも……」
黒い波動は両手を前に構えているレヴィの手先とつま先を掠め、自分たちの魔法にも関わらずその影響を受けていた。
自分が消えることの恐怖なのか、それとも仲間がやられたことによる悲しみなのか、その瞳は潤みだす。
「あと、少しっ! ――あ、レベルが……。悪いけどこっちは出力を上げさせてもらうわよ」
対称的にその威力、範囲ともに増す朱音の空間爆発。
バアルの足から吸収した魔力だけでここまで回復出来るとは到底思えない。
きっと強化されたパッシブスキルによって譲渡された経験値が朱音のレベルを上げ、全体の能力が向上したことで余裕が生まれたのだろう。
「いけ、朱音!」
「はあああぁああぁああぁあっ!」
「や、だ……。私が佐藤様の1番に……」
「めい! 一旦引け! めいっ! ……く、そ。これ以上、手間掛けさせるなよっ!」
――突然黒い波動が消えた。
そしてその瞬間に朱音の空間爆発は2匹を包み込むようにして、炸裂。
数十分の耐久戦はなんとか俺たちの勝利で幕を閉じたみたいだ。
「朱音、よくやっ――」
「いや……。お兄ちゃん……。なんで?いつもはあんなに……。全然構ってくれなかったのに、こんな時ばっかりカッコつけて……。お母さんだけじゃなくて、佐藤様の気まで全部私から奪うの?」
「馬鹿。そんな面倒な役にこの俺が就きたいわけないだろ。ただ俺は……こんなになっても、意識の底で妹のためにカッコつけたかっただけ。母さんに好かれるために頑張ったわけでも、佐藤様に好かれたいわけでもなく、ただ兄としてカッコいい姿を見せてやろうって、最初はそればっかりだった。でも、その結果めいに辛く当たられたら……そりゃあ何もかも面倒になるって……。はぁ……。中途半端に色々残ってると……無駄に疲れて……こんなことなら全部すっきり忘れて、ただのモンスターに……」
「私も、嫉妬心だけに身を委ねられたなら……楽だったのに」
「ああ。俺たちモンスターになってもやっぱり兄妹、だな」
「お兄ちゃん……」
『レベルが上がりました』
バアルが死んだ。
その身体はゆっくりと消え始め、俺はまたレベルを上げる。
仲睦まじい兄妹に、こうしてモンスターになったことで辿り着いたというのはあまりにも皮肉。
ようやく兄の気持ちを知れた妹を殺すのは普通忍びなく感じるが、殺すことで記憶を失くしリスポーン、願い通り完全なモンスターにしてやるという名目が、ドラゴニュートの言葉が俺の手を止めさせはしない。
「こんな状況でも弓が引けるなら……万が一の場合でも、クロの言葉を遮って攻撃できる、な」
「うっ……お兄ちゃ――」
放たれた魔力矢は妹のレヴィの元に一直線。
最早避けることもしないレヴィは 兄であるバアルをかばうかのように重なり、命を断った。
「兄妹、か……。俺には分からない感情だが……勝てて嬉しいって純粋に思うのは流石に難しいな」
「……」
「そうだ、もうスキルの効果が切れて……。朱音、怪我はないみたいだが魔力の方はどうだ?倒した分殆んどはそっちに譲渡できたと思――」
「……」
「泣いてるのか?まぁ流石にあれを見せられれば色々と思うところがあるよな」
「……兄妹の最後。それを見て胸が苦しくなるのは勿論なんだけど……」
「まさか泣かされるとは、ってところか?」
「それもあるわ。でもこの涙はもう1つ……もっと私的なもののせいもあるの」
「それってもしかして……」
「あんな姿見られたら泣くのなんて当たり前よ。みっともなさ過ぎて恥ずかしい。穴があったら入りたい。あっ!そうだ、あるじゃない穴……。ねぇ飯村君、そのワープゲート潜ったらもう全部なかったことにしよ。お互い何も見なかった。いい?」
「……分かった」
とんでもない剣幕で睨む朱音。
怖くはあるが、それ以上に元気もありそうだな。
これなら直ぐにクロのところに向かえ――
「それで……だから今のうちに言っておくけど……。さっきの気持ちは本物で……。どうしようもないくらい好き。あんなにおかしくなっちゃうくらい。それでも飯村くんには私を……」
「朱音……」
「やっぱりずるいわよね。クロちゃんがいないときにこうやって揺すぶるのは。うん。だからさっきも言った通り、あれを潜ったら全部忘れて。それでその上で全部終わったあと返事を頂戴。あー、スキルのせいでモヤモヤしてたのが今ので解消されたわ!さ、行きましょ。飯村君」