115話
「うっぷ……。もっと、もっと……。また繰り返して、忘れる前に。繰り返すことをせき止められる前に。もう繰り返すのは嫌だ……。いっそのこと、いっそのこと……」
ナーガに戦闘を任せながら俺たちは五十九階層に到着。
嗚咽を漏らしながら、それでも口の中にモンスターを放り込んでいたナーガだったが、その腹に限界がきたようで、遂に足を止めた。
「限界、か。魔力消費10」
そんな様子を見て俺は弓と矢を顕現。
結局ナーガの口からは繰り返す、忘れる前、せき止められる前、この3つの言葉しか出てこず、俺たちはダンジョンの異変の原因についてこれといった情報を得られなかった。
ただ、せき止めたという言葉から推測されることが一つ……それは過去にも異変が起き、それをせき止めた人間がいるのではないかということ。
しかし旧ダンジョンが現れたのは10年前、ということはクロのいたという異世界にこのダンジョンが存在していたときに、もしかするとクロと共にそれを成した人物がいるのではないだろうか。
だがクロがダンジョンで深い眠りにつき、今もなお俺たち人間をサポートする役目を担っていということは、そのせき止めるというのはかなり中途半端で、本来の目的からは逸れてしまった結果なのかもしれない。
それで、俺たちに今回の異変を完全に失くすよう託した。
「いっそのこと、もう……。」
「いっそのこと……。異変を止めるのではなくてそれ以上、ダンジョンを消滅させて欲しいと願っていた可能性も考えられるか」
ナーガの言葉からさらにその人物の思考を推測する。
ダンジョンを消滅。
モンスターこそ現れるものの、豊富な資源を得られるこのダンジョンを手放したいということはそれほど、最終段階まで進んだダンジョンは脅威だったということ。
俺の知っている普通の状態にリセットするではなくそれを望んでしまう。
おそらくその人物、或いはその人物たちは相当なトラウマを抱いていたに違いない。
「なんにしろ、俺にはそれをする方法が分からない。ここまで道案内兼戦闘、本当に助かった。遅くなったが、満腹を通り越して、もっともっと苦しんで……。佐藤さんの思い描いた死に方をする前に殺してやるよ」
「あ、それ。その武器……。やっと……。ありが、と……。でも、ここで死んでも繰り返す、だけ。なら、もっと食って……。お前たちが、佐藤、様を殺す手伝いを――」
「佐藤様の言った通り。醜い姿だな、ナーガ。しかしその身体に貯まったそれ、丸々飲み込んできた探索者たちのこれまでの取得経験値。それすべてが俺のものとなり昇華される。あっさり殺してやってもいいが、佐藤様はお前が破裂する姿をご所望だ。だから特別の子の俺の腕一本をくれてやる。極上の味に酔いしれながら派手に散れ」
階段を上ってきたそいつは既にモンスターの容姿。
俺はナーガを殺すよりも先に、ターゲット設定からその名前を覗き攻撃の対象を移し替える。
「なるほど。その口調が似あう名前だな」
「ほう、情報を読み取るスキルか? 攻撃だけでなく、相当に便利なスキルも持っているようだな。普通ならそのような無礼は叱責しなければならないところだが、貴様は俺の知る限り最強の探索者。この俺と対等以上な存在であれば、そのようなスキルを持っていることに対して賛辞と、素直な礼をくれてやらんとな。力の一端見せてくれてありがとう、と。すぐにでも戦いたいところだが、暫し待て。貴様と戦うに値する存在になるため、こいつ、ナーガを殺すのでな。さぁ、食えナーガよ」
「い、だだきま――」
パタパタとその背の羽を羽ばたかせ、優雅にナーガのもとまで移動したそいつは、片腕をナーガに噛み付かれ、そのままもがれた。
痛みがあるだろうに真顔なままなのは、自分の気高さを維持するためなのだろう。
「う、ぐぁぁあぁああぁ!」
「……さらばだ。ナーガ」
苦しむナーガは軽く蹴飛ばされ、そのまま地面に倒れた。
そしてその腹は膨らみ過ぎた風船のように弾け、血が噴水のように昇った。
「……。同じ大罪の名を与えられた者同士だ。醜くも仲間として、ここにその身体を埋めてやろう。おい貴様。今よりここはナーガの墓地。まさか墓地で戦おうと思うような低い程度の教養を受けてきたとは言わんよな?」
「ああ。それとナーガの墓作りは俺たちがやる」
「そうか。ならば待たせてもらおう。俺の種族名はドラゴニュート【傲慢】。人間だった時の記憶は既にないが……。ドラゴンという、モンスターの王であるその名を冠した存在である俺は待ち構えている方が画になるからな」