111話
「こんの……」
「一也さん! 今のうちに!」
苛立ちを分かりやすく表してくれる歯ぎしりの音。
俺はそれを引き出してくれたクロに感謝を伝えるように首を縦に振って答えると矢を放った。
それを確認したクロはほっとしたのか、女性の身体を抱く力が弱まって簡単に振りほどかれてしまう。
俺はそんなクロのもとに急いで駆けつけると、その肩を抱く。
こんな敵に背を向けた状態ではあるものの、俺のもとに女性が近づく気配はもうない。
なぜなら、女性は俺の日中する矢を打ち落とす術がないのだから。
「くっ! これじゃあいずれ……。ちょっと! あんたのスキルなら何とかなるでしょ!」
「だ、めだ……。こいつ強すぎて……。自分から触れにいかないと、スキルを発動できないのに、それができない」
「強力なスキルを持っているけど、通常の戦闘力は並み。大した武器もないし……。あなたが私に勝てる道理はないわ。それに……万全の私に触れようなんて不可能よ。ナーガ! 発芽の準備をして!」
「え? ちょっと待て! なんで俺に向かって、そんな――」
「いいから手を前に出して!」
助けを求めた女性だったが、男性は朱音の攻撃に防戦一方。
そんな余裕はない。
それどころか、その戦闘は決着までもう秒読みだ。
「小石と男性を……入れ替える!」
「え?」
「うわっ!」
ナーガに向かって投げた小石と男性の位置が入れ替わった。
突然のことに男性は体を硬直させ、ナーガは素っ頓狂な声を上げた。
だが朱音に言われた通り心の準備が整っていたのか、ナーガの舌は勢いよく伸びて男性の頬を舐めた。
「は、はは、『発芽』!」
「う、嫌だ……。嫌だ! 嫌だ! 俺はまだまだ食べたい。人間を食べたい!」
次第に体をノスタルジアの木に変えていく男性は、それと同時にモンスター化まで進んでいく。
その姿はまさしく……。
「これ、俺?」
「ナーガ! ノスタルジアの木が!」
「あっ……」
成長するノスタルジアの木に触れてしまうナーガ。
咄嗟にその身を引くことはできたが、その様子は途端におかしくなる。
「う、あ、あが、う、おえっ……」
「ナーガも頭痛が――」
「今なら殺せる! 勿体ないけど! これを解除するために死んで頂戴!」
ナーガに目を奪われていると、逃げまどうばかりだった女性の身体にも変化が起きていた。
この姿はモンスター、デモンルインそのもの。
矢との距離を離せるほどのスピードを手に入れ、余裕ができたのか、俺を殺そうと迫ってきている。
だが、余裕があるのは俺も同じ。
これだけの距離が確保できているなら、普通に矢を放つ以外にもやりようがある。
「転移弓。魔力消費30。……。『属性弓:炎』」
「くっ! これじゃあ近づけない!」
転移弓によって大量の魔力矢を女性の、デモンルインの側で発射。
俺の側に近づけないよう、そして大きい爆発が起こっても大丈夫な場所へ誘導。
「『イグニッションアロー』、連射」
そして高い場所まで追い詰め、次に転移弓による魔力矢が放たれる場所に俺は広い範囲を焦がせるイグニッションアローを数回撃ち込んだ。
すると、射出された矢と矢がぶつかり合い空中で何度も大爆発が起き……。
「ぐ、あ……」
「本当に死ななかった、か」
全身を真っ黒に焦がしたデモンルインが降ってきたのだった。