110話
『峰射ち』
恐らく峰打ちをもじった名前であろう峰射ちを心の中で唱えた。
その後生み出した弓にも矢にも特に変化は見られないが、俺はスキルの効果が反映されていると信じて弓を引く態勢をとる。
こっちにデモンルインの元となったであろう女性、朱音のもとにはナーガの元となった男性といった形でそれぞれ分かれて攻撃を仕掛けてきてくれたお陰で、その間の距離はいつの間にか矢で攻撃するのにちょうどよくなっているが……
「あらあら、私と対峙してそんな簡単にそれを射たせるとでも思っているのかしら?」
俺の攻撃を阻止するように、女性探索者が間に割って入り攻撃を仕掛けてくる。
柔らかい口調とは違って猛烈な連打のせいで、弓を引く余裕がまるでない。
クロが女性を攻撃して気を引こうとしてくれてはいるが、それを受ける度に女性は痛がるどころか嬉しそうに笑う。
「くっ。なんてタフ……」
「あなたみたいな可愛らしい女の子の攻撃は私にとってご褒美でしかないの。ほらその証拠に私、強くなっているでしょう?」
水を得た魚の如くいきいきと、更に拳を突き出すスピードが増す女性。
そういえばデモンルインもダメージを負うごとに強化されていたか……。
扱うスキルがここまで一致していると、もう疑いようがない。
「あははははは!佐藤様が言うほど大したことないじゃない、飯村一也!」
「……。朱音!もう少し耐えてくれ!俺たちで先にこっちをやる!」
「飯村君……。わか……った」
朱音は必死に女性のスキルに抗い、男性の攻撃を避けるだけでなく、走って逃げ始めた。
プライドを先行せず、勝つためにはみっともない姿を晒すことさえ惜しまない。
大人数を従える上位の探索者というのはこういったとこらからプロの姿勢を感じ取れる。
「あらあら、ああやって逃げる様も堪らないわね。でも、私を倒すまで持つかしら?そもそもあなたたちが私を倒せるかどうかも分からないけ――」
「『耐性バフ』……色香」
唐突に独特な匂いが消えた。
身体に感じ始めた違和感もなくなり、朱音の様子も元に戻って……。
「なに?どうしたっていうの?」
「この階層を俺以外の奴が、だと……」
攻撃を中断して驚いて見せる敵の2人。
そしてそれを嘲笑うかのように、得意気な表情のモンスターが一匹俺の目に映った。
「俺の祖……。半信半疑でしかなかったが、俺がまだ味付けの対象と思い込んでいないにも関わらず、バフを付与できるってことは、間違いないんだろうな。さ、これでこの匂いは効かないぞ」
「……ふ、まさかモンスターに助けられるなんてね。まともに戦えるようになったのなら、あなたなんて私の敵じゃない。魔力は勿体ないからスキルは温存して……それでもハンデとして不十分かも」
「お前、馬鹿にするな!」
正常に戻った朱音は挑発に乗り、不用意に攻撃を仕掛けた男性の頭を両足で挟み込み、そのままその頭、顔面を地面に叩きつけた。
これは……なんだか女子プロレスでも見てるみたいだな。
「なるほど!そうやって攻撃しながら相手を拘束?移動?させながらって戦いかたも……。じゃ、じゃあ私も」
「え?ちょ、あなた……」
クロは女性の背後に回り込み、その身体に抱きつくと、美しいジャーマンスープレックスを決めて見せたのだった。