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四章 歴史を刻む時

 次の日、教団に仕えていた人達が修道院に戻ってきた。

「……二人は亡くなったんだな」

 アンドレアが目を伏せる。サイラスは悲しそうにしていた。エイブラムは「団長の忘れ形見だったのに……」と彼にしては小さな声で呟き、アイリーンは淋しさを漂わせていた。

 そこに、エペイストが来た。

「アネモネ様」

 彼は皇帝に膝をつく。

「何か情報は得られた?」

「はい。……妹様の推測通り、ネメシスと思われる存在を復活させようとしている集団が現れています。それから「アスティオ」という名前も出てきました」

「アスティオ……」

 アスティオとは、一体何者だろうか。

 ありがとう、とアネモネは彼にお礼を言う。

「ガザニア、アスティオという名に覚えはあるか?」

 ユーカリが自身の従者に尋ねる。しかし彼は「いえ、フレット地方の神話に、そのような名前は出てきませんね」と答えた。

 皆が悩んでいると不意に、グロリオケはシンシアの机の上に鍵付きの箱を置いてあったことを思い出した。

「なぁ、もしかして……シンシア、何か分かってたんじゃないか?机の上に鍵付きの箱があったんだが」

「鍵付きの箱?五年前にはそんなものなかったが……」

 ユーカリを含む元オキシペタルムクラッスの生徒達がいくら思い返しても、そんなものはなかった。書類ですら、引き出しに入れていたのだ。もちろん重要書類はかなり厳重に保管していたが。

「だからだよ。何か分かったから、あの箱の中に入れた。しかも、無防備にも鍵はその隣に置いていた。相当慌てていたんじゃないか?」

 グロリオケはそう推理した。実際、あの少女は他の人が分かるような場所に大事なものを置くわけがない。だが、簡単に分かるような場所に怪しいものを置いていた。つまり、皆に知ってもらわなければならず、なおかつ敵には見つからないようにしていた、ということだ。ただの箱なら、部屋に置いていても不自然ではないのだから。

 グロリオケはシンシアの部屋に行き、その箱を開く。そこには何枚もの紙が入っていた。書類……にしてはあまりに字が汚い。恐らく、シンシアが本当にギリギリで書いたものなのだろう。その焦りが出ている。

 言語は、見たことのないものだった。だが、箱の中に本が入っている。それで翻訳しろということだろう。

 その本は昔ディオースで使われていた言語が書かれているものだった。皆の元に持っていき、協力して翻訳していく。

 こんな風に伝えたこと、本当にゴメン。でも、どうしてもトリストに知られるわけにはいかなかったんだ。だから、トリストが知らないであろう言語で書かせてもらった。あいつらはわざわざ調べてまで翻訳することはないから、心配しないでほしい。

 多分、「アスティオ」という名前が出てきたと思う。私も昔、旅している時に聞いていたんだけど、何者かまでは見当がつかなかったんだ。だけど、いろいろと調べているうちに分かったから、今こうして慌てて書いた。読みづらいかもしれないけど、そこは許してほしい。

 「アスティオ」というのは女神の名前だ。といっても、私達が知る女神ではない。フレット地方やルスワール地方、ヘオース王国の女神でもないんだ。「アスティオ」は、トリストが信仰している「恨みを司る女神」。彼女にいけにえを捧げることによって、禁呪が使えるようになるらしい。ネメシスの復活も、これと関係があると思う。

 ゴメン、本当にギリギリだったから、詳しいことは調べられていないんだ。ただ、ネメシスを倒せばこの女神の力も自然となくなる……それだけは分かった。だから、ネメシスを倒すことに集中していてほしい。

 これは、アイリスにも話せなかったんだ。あまりに突然の情報だったからせめて、皆には残しておこうと思って。

 こんな形で伝えることになったのは申し訳ないと思っているよ。この情報を得た時は既に、兄様達と会談が終わった後だったから。皆が修道院に来ると予測して、ここに置いておいた。

 今度こそ、「人間の世」に戻してほしい。

 ……手紙を翻訳すると、そう書かれていた。どうやら行動を読まれていたらしい。彼女の洞察力には毎回舌を巻く。

 つまり、アスティオは女神で、トリストは彼女にいけにえを捧げてネメシスを復活させようとしている……ということか。そのいけにえが……魔法陣の上にあった村々の人達だった。そういうことだろう。

 そして、最後の一文……「人間の世」というのは、アリシャが作り替えたこの世界を壊してほしい、ということだ。……望むところだと、その場にいた人間は皆決意した。

 引き出しの中を開くと、ネメシスを倒すための作戦が立てられていた。ご丁寧に、シンシアとアイリスがいない前提で。複数書かれているが、最後に「ただ、さすがの私も相手を読めないところがあると思う。この作戦が役に立たないかもしれない。気を付けて」と付け加えられていた。上等だ、アネモネもユーカリもグロリオケも、あの少女ほどではないが策を立てるのは得意なのだから。

 何日にネメシスが復活するかは何となく特定している。場所はシンシアが見つけてくれていた。……最期まで、用意周到なのだから。

 アイリスも、自分達に最後まで武術を教えてくれていた。そんな二人の優しさに、嬉しさと淋しさが複雑に絡まった。



 作戦を考え、ユーカリ達はその場所に向かう。そこには前までなかった黒い箱が浮かんでいた。

「……あれが……」

「――ユーカリ!危ないわ!」

 アンナがそれから強力な魔力を感じ取り、サライと共にユーカリを守った。キキョウもアネモネを庇う。グロリオケは遠くにいたので大丈夫だった。

 突風が吹き荒れる。砂嵐があたりに舞った。

 黒い箱から、男の手が出てくる。だんだんと人の姿になっていき――担任が使っていた神の遺産に似た剣を持った男が出てきた。あれが、ネメシス……。

 緊張した。これまで以上に緊張することなどないだろうというほど、威圧を感じた。

「ニンゲン……コロス……」

 その瞳には光など宿っておらず、むしろ憎悪だけがネメシスを動かしているようだ。

「アスティオサマ……コノセカイヲ……ホロボス……」

 ブツブツと呟いている。皆はゾクッと背筋を震わせたが、覚悟を決めて武器を持った。

「キサマラカラ……シマツシテヤル……!」

 キッとこちらを見て、ネメシスは卑しい笑みを浮かべた。

 これ以上ない殺気。足がすくみそうになってしまうが、シンシアとアイリスならばどうするか。きっと、堂々と立って、皆に指示を出していただろう。

「……行きましょう。これが、最後の戦いよ」

「そうだな。奴さえ倒せば、この世界に平和が訪れる」

「あぁ、任せろ。世界の橋を繋げてやろうじゃないか」

 アネモネ、ユーカリ、グロリオケが得意な武器を持つ。それに続いて他の人達も武器を持った。

 周囲が毒沼に変わる。……逃がす気はないということだろう。もちろん、自分達とて逃げるつもりはなかった。他でもない、少女と担任との約束だったから。

「皆!気を付けてくれ!踏み外したら命がないと思えよ!」

 ユーカリの指示を心得る。実際、どこまで致死性があるのかアンジェリカでも分からないのだ。むやみに触れるわけにはいかないだろう。

「奴からは強力な何かを感じるな。まるで、女神の力のようだ……」

 クリストファーが呟く。研究していると、そういったことも分かるものだろう。

 この世に刻印があったら、勝てなかっただろう。だが今は、刻印はない。つまり、互角に戦える、ということだ。

 ――なるほど。シンシアが言っていたことはこういうことか……。

 ようやく実感する。本当に、優秀な妹で義賊様だ。最期の最期まで、他人のことを考えていた。だからこそ、担任も彼女に手を貸していたのだろう。

 なんて、そんな感傷に浸っている暇はない。後ろで弓と魔法を放つ。ネメシスに当たるが、ダメージを与えられている気はしない。

 ユーカリが自慢の怪力で槍を振るう。だが、僅かに傷がついただけでこれもダメージが入っていないようだ。亡き少女が必死に弱めても、まだ強いネメシスに苦戦を強いられるのは目に見えた。

 ネメシスが剣を一振りする。すると、風が吹き荒れた。踏ん張ることに必死になっていると刃が飛んでくる。間一髪、それを避けることは出来たが勝てるプランは立たなかった。シンシアの策も、本人の言う通り最善と言えそうになかった。

(どうすればいい……?どうすれば、勝てる……?)

 皆が必死にネメシスと戦っている。そんな中、ユーカリは考えた。

 ――どの敵にも、弱点はあるものですよ、兄様。

 五年前、少女が言っていた言葉を思い出す。あれは確か、魔獣を倒す時だったか。頭か胸が弱点なのだと。

 ――それは、どうやって見分けるんだ?

 ユーカリが尋ねると、少女は簡単だと笑った。

 人ならざる者は、頭か胸に必ず赤い光があります。そこが弱点なんです。そこ以外だと、どうしても刃が通らない、ということもあるんですよ。

 人型だと、どうなるんだ?

 同じですよ。ただ、よく見ないと分からないと思います。もし、人の姿をしたモノに遭遇した場合、よく目を凝らしてください。必ず、弱点を見つけられるハズです。

 そうだ、よく相手を見るんだ。ユーカリはシンシアからもらった青い右目でネメシスを観察する。僅かに、胸のあたりから赤い光が漏れていることに気付いた。

 ――あそこか。

 だが、ご丁寧に守られている。この場合は……。

「アドレイ、ちょっといいか?」

 ユーカリは灰色の青年を呼ぶ。彼は陛下に近付き、「どうしましたか?」と尋ねた。

「実は……」

 ユーカリは彼に耳打ちをする。聞き終えたアドレイは「……やってみます」と小さく頷いた。

「ガザニア、一緒についてきてくれ」

 何かを察したガザニアは頷く。陛下は従者を引き連れ、ネメシスに特攻した。他の人達からは止まるよう声がかかるが、それを無視する。

 ユーカリは槍でネメシスの剣を受け止める。ガザニアはその後ろから斧を振り下ろした。

「コザカシイ……!」

 もちろん、ロクに攻撃が当たっているわけではなく。剣を振り回し、二人を跳ねのける。しかし、二人は諦めず攻撃を与え続ける。

「オマエタチカラ……シニタイヨウダナ……!」

 激情したネメシスは二人に狙いを定める。大きく、剣を振り上げ――。

「――アドレイ、今だ!」

 ユーカリが叫ぶと、アドレイは既に引いていた矢をネメシスの胸――赤い光が漏れていた場所に放った。それが見事に命中し、ネメシスはよろめいた後、その場に倒れる。

 毒沼は消え、元の地形に戻った。ネメシスは塵になり、消えていく。

 ――これで、終わったな……。

「ガザニア、ありがとう」

「いえ、俺もシンシアの言葉を思い出しましたから」

 一緒に引き付けてくれた従者にお礼を言うと、彼は珍しく笑った。

「ユーカリ、よく分かったな」

 皆が近付き、グロリオケが驚いたように言うと彼は「昔、シンシアが言っていたんだ。人ならざる者には必ず頭か胸に赤い光が漏れていて、そこが弱点なんだと」と答えた。

「ネメシスにも、それが適応されるかもしれないと思ったんだ」

「陛下がそれを見つけてくださった。俺はそれに従っただけだ」

「アドレイもありがとう。お前の力なしではこの作戦は出来なかった」

 ユーカリが功労者に笑いかけると、彼は「いえ、僕はただ陛下の指示通りにしただけです」と謙遜した。

「いや、理由も聞かず従うことなど難しいだろう」

「僕はただ、陛下を信用していたからですよ。昔、シンシアが言っていたのを思い出しましたから」

 ――自分の正義を貫きなさい。

 確か、ヒイラギ卿が反乱を起こしたと言っていた時だっただろうか。シンシアはそう言って背を押してくれた。ユーカリ陛下に従い、間違っていることは正す……それが、アドレイの見つけた「正義」だ。

 ユーカリは笑い、「シンシアも誇らしいだろうな」と微笑んだ。

 周囲が元通りに戻っていく。あぁ、これが女神達の最後の祝福だろうか。

「さぁ、戻ろうか」

 その言葉に、皆が頷いた。


 ユースティティア領地に戻ると、ヒイラギ卿がヨハンと共に出迎えた。

「ヒイラギ様!」

「アドレイ。見ないうちに、立派になったな」

 ヒイラギ卿は養子を抱きしめる。そして、「シンシア令嬢がおっしゃっていたことは本当だったのだな」と涙を流した。

 後ろから、ニールも気まずそうに出てきた。

「……兄貴」

「し、シルバー……その……悪かった。身勝手なことをしちまって……」

「いいんだ。兄貴の気持ちも分かるからな」

 長らく続いた兄弟喧嘩も、終わりを告げた。ヨハンは「ニールは私のところで、別人として働かせることにした。処断することはないから安心してほしい」と笑う。

「お願いします、ヨハン殿」

 シルバーとニールが頭を下げる。

 ――あぁ、この様子を二人にも見てほしかった。

 ユーカリは目頭が熱くなる。この光景を自分達に見せるために、二人は必死に動いてくれた。刻印のない、そんな世界を。

 ――ユーカリの胸に、後悔が生まれた。



 そうして、三国が協力し女神達が滅びた。

 三国は二度と戦争しないと誓い合った。その決断の裏に、二人の尽力があったと言われているが、その二人が誰かは分かっていない。

 アネモネは従者であるキキョウと婚約を発表し、帝国を喜びに沸かせた。

 グロリオケもネモフィラとの婚約を発表、同盟とヘオース王国の貿易の架け橋となった。

 エメットとユリカは共に人生を歩むため、ユリカは劇団を正式に退団。ディオース中を旅し、歌や絵で人々の心を平穏にした。

 シルバーとアンナ、フィルディアとメーチェも婚約した。シルバーとアンナは身分が違うということで周囲から反対されたが、シンシア元ユースティティア次期領主の手紙が見つかり、身分が違うという理由で結婚を反対することはおかしいと書かれていたことを受けて渋々認められた。仲睦まじい二人の姿に、次第に人々からも認められていった。

 ガザニアとサライは恋人から始まり、共にユーカリに仕えていた。フレット人の無実を証明する証拠をシンシアが集めていたため、ガザニアは戦争が終わってもなおユーカリに仕え続けることが出来た。サライは教育係として王城に仕えることになった。

 アンジェリカは劇団に戻り、歌姫として世をとどろかせた。クリストファーは帝国に仕えるようになった。

 アンドレアは修道院に戻り、士官学校の教師になった。サイラスは士官学校が再開して初めての生徒になる。エイブラムはアリシャ騎士団改めフリーデン騎士団の団長になり、騎士団の指導をした。アイリーンは旅に出て、人々を助けて行った。エペイストは帝国の騎士団に戻り、騎士達の教育を行った。



 戦争が終わって一年後のある夜、ユーカリはエテルノリーフデに来ていた。

 指導者の中でいまだ婚約の発表をしていないのは、自分だけだ。だが、ユーカリは結婚するつもりがなかった。

 ――アイリスのことを、忘れることが出来ないからだ。

 国王として、これではいけないということは分かっている。だが、愛する彼女を失ったのに他の令嬢と結婚することなど、考えられなかった。

 一度、ヨハンに相談したことがある。この場合、どうしたらいいかと。

 ――陛下の好きにしたらいい。伯父上には子がいるのだろう?いざとなれば、その子に王位を受け継がせればいい。

 そう言われ、ユーカリは一生独身を貫くことを決意した。それを、人々に宣言するだけだ。

 ここに来たのは、最後に敬愛する教師、愛する女性にその報告をしようと思ったからだ。

「……アイリス、お前のことが好きだ。愛している。どうか、俺を見守っていてくれ」

 嗚呼、だが、願わくはもう一度だけやり直させてほしい。そうすればきっと、お前を救えるのだろう。

 愛してくれなくてもいい。もう一度だけお前に会いたい。彼女に贈ろうと思っていた指輪を優しく包み、ユーカリは強く願った。


 同じ頃、アドレイはテネリタースにいた。

 ――ここで、シンシアを倒した。

 金髪に戻る瞬間を、その目に刻み付けていた。嬉しそうにしていたあの子は、きっと人間に戻る日を夢見ていた。だからたとえ死んでも、最期にお礼を言ったのだろう。

 シンシアが遺してくれた指輪を見る。花が描かれたその指輪は、シンシアの父が母に渡したものなのだとヨハンが言っていた。

 ――敵同士の恋愛は、悲劇でしかない。

 シンシアはあの時、そう言っていたが、アドレイはそう思わなかった。その証拠に、「シンシア」という宝物が生まれたのだから。ただ、時代が悪かっただけ。それだけなのだ。当人は頭がいいのに、それが分からなかったらしい。

 ギュッと、その指輪を握る。

 もう一度だけやり直せるのなら、今度こそ君の傍に。君とこの先の人生を生きていけるのならば、どんな苦難だって乗り越えられる。

 夜空を見上げ、アドレイは祈る。青い月が真上に光っていた。


 ――その祈りが聞き届けられたのか、奇跡が起こった。

第四部はこれで終わりです。このシリーズで一番短いです。

第五部はここからどうやって彼らにとっての「ハッピーエンド」になるのか見ていってください。


追記 第五部を投稿しました。

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