8 -破陽羅武の希望-
カンカンカンカン!
『隕石接近中!ただちに校庭に避難してください!」
カンカンカンカン!
僕たちが空を見上げてると、隣の校舎の尖塔にある鐘が鳴りだした。よく見えないが、ある男子生徒がメガフォンで声を張り上げ、鐘を鳴らしている。予想外のことであったが、ひと手間省けたことはありがたい。暫く僕たちは屋上から、校庭の騒ぎを見守っていればいいのだ。
校舎から校庭へと、人間がぞろぞろと流れてくる。校庭に出た生徒は皆揃って空を見上げていた。息を呑む者もいれば、短い悲鳴をあげる者もいる。流石の変人たちも、隕石を前にしては何もできない様子であった。徐々に隕石は高度を下げていく。
やはり、人間は無力なのだ。そして、僕たちは力のある悪魔。人間を搾取する側だ。こちらが奴らを翻弄しなくてはいけない。僕たちが屋上から人間を見下ろしているこの構図が、世界の条理なのだ。早く、自分の置かれている状況を理解し、天に助けを求めるがいい。その時が、僕たちの出番だ。
「こちら放送部。こちら破陽羅武学園放送部でございます。」
一台のヘリコプターが僕たちの頭上を通過し、校庭の方へ向かっていった。
…ヘリコプター。もうなんでもありだな。
高校にヘリコプターという異様な光景も、呆れの感情がやってくるだけで、最早驚くことはなかった。出来れば何も起こらず事が済んでほしいと望んではいたが。
「こちら、丘財閥、根持財閥の提供で収録致しております。」
「信じられない状況に唖然とする気持ちは分かりますが、皆さん希望を無くさないでください!我が校にはまだ希望そのものがあります!ほら!皆さん校舎の方を見てください!」
ヘリコプターから聞こえる声に合わせて、生徒たちが校舎の方を向く。何かを見た生徒たちは一斉に歓声を上げた。屋上にいる僕たちは、まだその正体を見ることができない。一体なんなんだ?
「小々波市のかつてのヒーロー!校長先生の登場です!!この学園を創設する前はヒーローとしてこの街の平穏を守り続けた、この校長先生が!私たちの希望です!」
「さぁ、皆さん!声をあげて応援しましょう!」
そのアナウンスに合わせて、群衆はさらに力強く叫びだす。校舎の影から出てきたのは、あのよぼよぼのお爺さん校長先生であった。青いヒーロースーツに身を纏い、片手を上げて歓声に応えている。おぼつかない足取りで校庭の中心へと歩いていく。
「うわーこの学校、本当面白いねー」
フェンスの隙間から顔を覗かせるマノムは苦笑いに近い笑みを浮かべながら呟く。
「かつては暴走するトラックをも止めた校長先生の腕力なら、どうにかなるはず!頑張って!校長先生!」
アナウンスに合わせ、校長先生は「いくぞー!」と声を上げる。周りの生徒も声をあげ、和太鼓を叩き、踊りを舞い、歌を歌い、旗を振り、象に乗り、本当に思い思いの方法で校長先生の背中を押す。そこにはなんの調和もなく、校長先生への想いだけが唯一の共通点である、大変やかましいカオスな空間が広がっていた。僕たち3人は無の心持ちでそれを眺めていた。
校長先生が両膝をぐっと曲げる。生徒たちは更に高ぶる。その時であった。校長先生は硬直した。それに気づいた群衆の喧騒は突如止まった。風の吹く音だけが辺りを包みだす。
「…腰が…ぎっくり腰かもしれん…」
固まったまま、校長先生は呟いた。風が淋しく吹いていく。生徒は何も言えない様子で、頭上を見上げる。ゆっくり、しかし確実に近づく、その黒い影を改めて確かめ、悲鳴をあげだした。泣きだす者も現れだす。悲痛の叫びへと変わり、再び騒々しい空間が校庭に広がっていく。
「落ち着いて!!みんな、落ち着いて!!希望を捨てないで!…誰か、誰か校長先生を医務室へ!!誰か!!」
ヘリコプターのアナウンスにも焦りが生まれている。一体僕たちは何を見せつけられているのだろう。
「そろそろ良いんじゃない」
バブルは校庭の惨事を見下ろしながら、そう言った。「そうだね」僕は返事をする。隕石は既に地上にも濃い影を落とすほど、近づいていた。僕たちはフェンスの上に飛び乗る。校庭へと降りようとした、その瞬間、
「おねぇぇぇちゃぁぁぁああん!!!」
リカの大声が群衆の騒ぎを引き裂いた。その一声に辺りは再び静寂を取り戻す。地面が大きく揺れだす。僕たちは振り落とされない為にも、急いで屋上へと戻った。
一体、次は何が起こると言うんだ。そう思った瞬間、僕たちの頭上に大きな影が伸びた。恐る恐る後ろを向く。そのあり得ない光景に僕は呆気に取られた。
こんなの、チートがすぎる。
ビルをもゆうに超える巨人の到来に僕たちは、また言葉を失った。
<ひとことメモ>
破陽羅武学園のある小々波市は、都市部から少し外れた港町。




