50 -深夜の時計塔-
螺旋状に続く階段を集団は我先にと駆け上がっていく。
立ち入り禁止の看板を跨いだ先の暗闇にはすぐ階段が鎮座していた。
ベグ・ハーロップは白波光を押し倒した勢いで二段飛ばしで上がっていく。一歩踏み締めるごとに、木のミシミシとなる音が暗がりに響く。
舞い上がる埃が口に入る。これは何ヶ月分の汚れなのか。そう考えるだけで、心底気味が悪い。それでも僕は足を止めることなく咳込みながら、更に上っていった。
「この光が着実に攻略しようとしてたのに勝手に入ってくるな!無礼だぞ!」
白波光がすぐ隣を走る。
「知るか!下にはもう先生が来てんだよ!」
「早い者勝ちってことやな」
そう言うへのもへの口調はまだ余裕そうであった。僕なんて、もう息が上がっていると言うのに。
一体この階段の先には何があるのだろう。白波光の口調から何年も前から場所は特定できていたものも、例の幽霊かなにかが行く手を阻んで手に入れることが出来なかったことがわかる。
先の幽霊騒ぎだって、結局は人間であったし、本当にこれは幽霊が守っているのだろうか。何年にも渡って宝物を探す人間がいるように、何年にも渡って宝物を守る人間もいるのではないだろうか――。
もしそうだったとして、誰の手にも渡せない「宝」とは一体どんなものなのだろう。
ソーダ水の泡が弾けるような高揚感を覚える。目が暗さに慣れたのか、視界も澄み渡っていく。
あの時、マノムに代弁してもらって良かった。こんなの楽しすぎるじゃないか。見てるだけだなんて、勿体ない。この僕が、やさしい悪魔部が未知の財宝を手に入れるんだ――!
暫く登っていくと、階段の木目がはっきりと見えることに気づく。はっと顔を上げると、そう遠くない頭上に大きな反転した時計の文字盤が見えた。ゴールはそう遠くない。なけなしの体力をふり絞る。
「へのもへ行けー!……おっ先〜」
へのもへの肩に乗ったリカの声が通り過ぎていく。へのもへは軽々しく、僕と白波光を追い越していった。リカの奴、いつの間に佐藤はじめを見捨てていたのか。
――追い抜かされてたまるか!
僕は我に帰り、負けじと足を前へ出す。流れる汗を拭うことなく、ただ足を動かすことだけに集中していた。
――見えた!
階段はあと数段で終わり、へのもへの隙間から仰々しい宝箱が視界に移る。典型的な古びた宝箱だ。見た瞬間、それだとわかる。
もう、へのもへが階段を上りきってしまう。ここで負けるわけにはいかない!そう力を込めて足を振るう。
――ん?
振り上げた足は階段を捉えることなく、空中を掻いた。
全てがスローモーションに感じる。
僕は体勢を崩し前のめりになった。どうやらへのもへも同じようで、バランスを崩し、両手を宙に浮かばせている。
何故だ?
僕は足下に目をやる。
そこにはあったはずの階段はなく、ただの傾斜が延々と続いていた。
――そんな馬鹿な……!
スローモーションが切れ、何が何だか分からないうちに僕たちは傾斜を転がっていく。今僕がどんな格好でどんな風に転がり落ちているのか、全く分からない。目まぐるしい動きを見せる視界についていくのが必死であった。
そんな混乱の中でも、これが良い結果でないことだけは自覚していた。
ずしん。大きな音を立てて僕たちは1人残らず、時計塔の外へ追い出された。
必死に走り、目標の目と鼻の先で追放されるなんて、こんなの、まるで誰かに遊ばれているようじゃないか。ただでさえその事実に納得がいかないのに、上に乗る誰かの重さが苛つきに拍車をかける。
「皆さん、こんな夜中になぁにをしているのですか?」
僕は倒れた体勢のまま、顔をそっと上げる。そこには鬼のような形相の前川先生が仁王立ちをしていた。
〈ひとことメモ〉
実はマノムとバブルは途中から歩いていた。佐藤はじめもリカがいなくなり、徐々に走るのをやめたらしい。




