48 -深夜の肝試し-
やさしい悪魔部の3人は中庭を抜け、北校舎の扉を開けた。
時計塔は独立する建築物ではなく、この北校舎の端に位置している。このことから、時計塔に入るためには北校舎最上階にある入り口を目指す必要があった。
先頭を歩くベグ・ハーロップは後ろの2人に向けて「静かに」と人差し指を口の前に持っていき、伝える。
この北校舎1階は校長室や事務室などが集まる、所謂先生方の居所である。夜勤の先生に1番見つかる可能性が高い場所なのだ。校舎を徘徊しているところを運悪く見つかり、反省文を書かされる結末などごめんだ。ここは静かに、息を潜めて通過する他ない。
僕は息を呑み、一歩を確実に踏み出す。
「ちょっとー、本当にここであってんのー」
突如前方で聞こえた大声に僕は咄嗟に横手にあった来賓用の下駄箱の影に身を潜めた。僕が影から様子を伺おうとすると、のろのろと2人も影に移動していく。
「なんで隠れる必要があるの」
怠そうなマノムの言葉を僕は無視した。
前方の曲がり角から懐中電灯の振れる光が床や壁を照らしている。
あいつらは馬鹿なのか。こんなところで騒いで、後先を考えていないのか。そんな計画性のない奴らの巻き添えになるつもりはないぞ。
足音と話し声が近くなり、僕は様子を見るのをやめ、完全に影に身を隠した。
「きっと合っているはずだよ」
「ほんまに宝なんてあんのかねー?」
馴染みのある声だ。声の主らは影に潜む僕らに気づくこともなく、まっすぐ進んでいく。
「あー、ベグのお友達じゃん」
視界に現れた彼らを見、マノムが囁く。
「別にそんなんじゃないよ」
僕は適当に返す。無神経な集団の正体は、リカを始めとするいつもの3人であった。僕はなんとなくその正体に頷けてしまった。リカなんて無神経の塊だ。
へのもへが懐中電灯で辺りを縦横無尽に照らし、佐藤はじめはリカを肩に乗せ、地図を見ながら歩いている。
「もしデマだったら、新聞部に乗りこみに行くよ。人を過度に期待させるとどうなるか思い知らせてやらなきゃね」
「まぁまぁ、リカちゃん落ち着いて。まだ辿り着いてないからさ……」
3人衆はそのまま角を曲がっていった。僕らが向かう方向とは逆方向だ。
僕が影から顔を出し、新たに人が来ないか確認しているうちに、既にマノムとバブルは廊下に出ていた。
――――
「じゃあ、マノムは先生に見つかってもいいんですか〜?」
マノムが警戒しすぎと言うから、僕は負けじと反論した。僕たちは今は3階を目指し階段を上っている。階段の踊り場には外からの頼りない光が落ちている。月の光だろうか。暗い校舎の中では柔いその光が明るく感じられた。
「だって僕、犬だもーん」
マノムはバブルの腕の中からそう言い返す。振り返らなくてもわかる。絶対に今背後で憎たらしい笑顔で僕を見ているんだ。僕は返す言葉もなく、悔しさ全開で唇を噛んだ。
「優維が塾に行きたがってるんだ。兄としてあらゆる手段を尽くすことはごく自然なことだろ」
階下から聞こえた声に僕は本能のままに階段から飛び出し、2階の角に身を隠した。マイペースな2人を角から全力で呼び寄せる。バブルが駆け足で僕の後ろについた頃、3つの後頭部が僕の視界に入った。
「だからって、なんで私まで行く必要があるのよ……」
「まぁいいじゃないか!夜の学校探検なんて私は初めてのことだよ。なんて心が躍るのだろうね!」
僕は息を止め、角に身を潜め続けた。青鬼界雄・叶屋裕子・銀英ルイは階段を上っていく。絶対にバレたくない。さっきの集団が無神経の塊なら、この集団は圧と癖の塊だ。出来ることならば、極力関わりたくない。
「それに噂では、幽霊が宝の番人をしているようだよ。宝を探すついでに肝試しもできる……なんて素晴らしいイベントだろうね!」
「余計嫌なのだけど」
3人は2階に寄ることもなく、声はそのまま遠くへ消えていった。
ひとまずバレなかったことに僕は胸を撫で下ろす。それでも、3人が3階に向かっていったことが気がかりでたまらない。
「もしかしてだけど、ベグって幽霊にビビってんの?」
あのマノムが遠慮がちに聞く。
「……そんな訳あるかぁ!」
地獄に行き損ねた人間など悪魔が恐るはずないだろう!
……あ。
僕は口から出た音量を今更抑えるかのように、口に手を当てる。
「きゃぁぁああああ!」
校舎をつんざく悲鳴に僕の頬にはひと筋汗が流れていった。




