47 -深夜の探索隊-
照明の消えた廊下には誰もいない。
ベグ・ハーロップはそのことを確認すると、そっと扉から体を滑らせ廊下に出る。片手には宝の地図を握りしめ、そのまま忍足で廊下を進んでいった。
廊下の先にある階段に差し掛かると、上の階から男子生徒の談笑が耳に入る。これは初めての事ではない。勉強で入浴が遅くなってしまった日とか消灯後に廊下に出ると、よく彼らの話し声が聞こえてくる。
一緒の階の生徒は気の毒だな。僕はそう思い、階段を降りていった。
中庭に出ると、夏の生ぬるい風が頬を掠めた。僕は宝の地図が指す時計塔にまっすぐ歩みを進めていく。
暗号めいている他の宝の地図と違い、この地図は「はやく見つけてください」とでも言いたげな程安易なものであった。学園全体図が描かれてあり、ばつ印の代わりに梟印が押されている。
何故、ばつ印でなく、梟なのか。その違和感をちゃんと考えれば答えは自ずと出る。時計塔の尖塔の先には小さな梟の像が存在するのだ。他の校舎には梟のシンボルなど存在しない。よって、宝の在りかは時計塔。梟の印が押されている場所自体は意味がなく、ミスリードという事だ。なんて簡素な宝の地図であろう。
――こんな難易度で何年も手こずるとか……。
そう白波光の顔を思い浮かべると同時に、ある言葉が脳裏で再生される。
「なんせ宝の亡霊が光達人間を宝の在りかから遠ざけているらしい」
白波光のしたり顔に無性に腹が立ち、脳内から即座に追い出す。
それにしても亡霊か……。まぁ、本物にしてもどうせは元人間だ。悪魔の恐るものでもない。僕はひとつ頷き、更に確信を持って中庭を進んでいった。
「ねー、仲間はずれとかひどくなーい?」
マノムだ。背後から聞こえた声に僕は振り返る。マノムの後ろには寝ぼけ眼のバブルもいる。何故だ?マノムなら僕が部屋を出るその時まで熟睡していたというのに。
「うん、わかるよ。あんなに部屋で落ち着きなく歩き回られたら、なにか企んでるなってことくらいわかるよ」
マノムは僕の脳を見透かした様子でそう言った。
「それで何をやるの?」
バブルが目を擦りながら言う。
数日前には必ず3人で集まっていると言うのに、何故だか随分久しく感じる。
「宝探し……に向かう生徒をカモにするんだ!」
「あー、宝探しね。」
「いや、これは悪魔で……」
「顔に僕はわくわくしていますって書いてあるよ」
マノムが意地悪く片方の口角を上げる。いつも僕の発言を片っ端から一刀両断していく癖に不思議と憎めない。
「スコップいる?」そう聞くバブルにマノムは即座に「いらないんじゃない」と返す。
なんだか胸に熱いなにかが込み上がってきたのを感じる。嬉しいんだ。やっぱり僕はこの3人でいる時が一番落ち着く。2人がどう思っているかは知らないが、デヴィ学園で偶然同じ時期にエリートになった仲間という認識以上に僕はこの2人のことをもっと大切な何か、きっと友達だと思っている。
僕は上がった口角と潤んだ瞳と共に、2人を交互に見やる。
「3人で宝探しに行こう!それと、2人がいないと寂しいからもうちょっとやさしい悪魔部にも顔出してほしい!」
僕の言葉にマノムとバブルは顔を見合わせる。そして、こちらを向くと、
「だって暇じゃん」
「宝はどこ?」
各々の奔放さを目の当たりにし、僕の感極まった感情はサーっと一気に波引いていった。急に現実に引き戻されたような感覚に陥る。
――そうだ……この2人は誰よりもドライでマイペースな2人じゃないか。
何故忘れてたんだろう。この生ぬるい風に晒されているせいか?深夜のせいか?あー、言って損した。先の僕の気持ちの昂ぶりを返せ!
勝手にしょぼくれる僕を傍目にマノムはまたニヤッと笑い、「さ、行くぞー!」と張り切り歩きだす。バブルも眠気がどこかにいったのか、鼻歌を歌いながらマノムの後を追う。
僕は暫く舗装されたレンガ道を見つめ、そしてゆっくり2人の方を向くと抑えていたにやけを全開にして言った。
「そっちじゃないよ。こっち」




