46 -朝の喧騒-
「貴様、密告したな!」
白波光の咆哮は紛れもないこの僕、ベグ・ハーロップに向けられていた。
「あれは我々オカルト部が極秘で受け継いできた、価値云々以前に意味のある大切な品なんだぞ!」
白波光は僕の背後で涙ながらに唾を飛ばした。食堂はカフェテリア方式であるので僕はトレーを取り、列に並ぶ。
「だから、僕は何も話してないって!というか、その価値あるものを平気で部外者に流したのはお前だろ!?」
しつこい言及に僕は苛立ちを隠せない。何回も密告していないと言ったのに、こいつ聞く耳を全く持たない。
「こんな絶妙なタイミングで貴様を疑わない阿呆がいるわけないだろ!そんなに否定するのならば、貴様の手で無実を証明するがいい!」
「無実を証明って、どう言えばお前が納得すんだよ!」
「なら、お前が密告したんだな!」
「だーかーら!それは悪魔の証明だって!」
「ねぇ、ベグ君。目の前に料理があるの見えない?」
聞き覚えのある滑舌のよい上品な声がし、僕は白波光から目を逸らし前方を向く。
「大丈夫?少し視野が狭くなっているんじゃない?」
僕の前には叶屋裕子が並んでいた。優雅な笑みを浮かべているのに対し、僕の背筋には霜がおりたのを肌で感じる。
「お!貴様!後で化学のノート見せてくれ!我が神聖なる実験に没頭するがあまり、やるの忘れたんだ!貴様なら得意だろ!」
僕の背後からひょっこり顔を出した白波光はあの叶屋裕子にそう言った。それが許されるくらいの関係性が2人にはあるのだろうか。僕にはどうしてもそうとは思えない。
白波光の言葉を聞いた叶屋裕子の顔面からは笑顔が消え去り、代わりにまっすぐ白波光を見つめた。
「白波君。私はどんなに親しい人でも、自分で努力したものは渡さないの。クラスメイトなら他にもいるのだから、他をあたればどう?」
「そっか、ではそうしよう!」
白波光はあの冷気をもろに受けても、あっけらかんとしている。僕は白波光という生物の鈍感さを見くびっていたようだ。
それに加え、白波光が上級生であることが発覚し、僕は更に呆れていた。
列が進み、トレーも埋まってきた頃、叶屋裕子はこちらを振り返った。
「似た者同士、場所を選んで仲良くして頂戴ね」
叶屋裕子はとびきりの笑顔を残し、列の最前部、レジの前から姿を消した。
――似た者同士……?
その言葉が引っかかる。僕とこの白波光が似た者同士?僕は第三者の目にはこんなに間抜けに映っているのか。
そう白波光を凝視していると、当の本人から催促をされ、僕は慌てて会計を済ました。
――――
「どこぞの有象無象に奪われる前に、我がオカルト部が手中におさめなくては……!」
白波光は焦りを見せながらも、おにぎりを頬張り続ける。僕は白波光が当たり前の如く、僕の向かいの席を陣取ったことになんだか納得がいかない。
「今夜だ……。今夜必ずや幽霊を討伐し、この光が1番に見つけ出すのだ!」
「貴様ももし手に入れたいのならば、誰よりも早く見つけ出すことだな」
勝手に盛り上がり、勝手に僕をライバル視した白波光は「さらばだ!」とだけ残して僕の目の前から姿を消した。
ようやく落ち着いて朝食を堪能することができる。僕はひとつため息を吐き、味噌汁の口をつけた。
――どうにかこの騒動をビジネスに繋げられないだろうか。
僕の脳内ではずっとそれだけが渦を巻いていた。
きっと、日中でも探索する生徒は多々いるだろう。授業に出るも出ないも自己責任だが、この学校の生徒は宝探し如きにサボったりなどはしない。するなら部活動後の時間。
しかし、夕食後は校長先生が数時間かけて校内を散歩する。宝の地図には立ち入り禁止の時計塔が描かれていたはずだ。先生にバレたら即終了。
……そうなると、やはり消灯時間後しかない。財宝を目指す生徒は周囲が寝静まった頃に動き出すはずだ。
彼らが望むことはなんだ?
宝探しなんだから、宝を見つけてやる、では皆興醒めするだろう。必要なものくらい、自分たちで用意するだろうし……。
僕は朝食を口に運びながら、思考を続けた。
やがて、最後の一口を食べ終える。
――こうなったら、僕が現地で即座に対応するしかない!
考えてもわからないことはいつになっても分からないさ!自分の目で直接人間を見て、確実に欲を見抜くんだ!
僕は席を立ち、浮かれ騒めく食堂を後にした。




