39 -一難去って-
「はぁー。部室に来るのも久しぶりだー」
ベグ・ハーロップはやさしい悪魔部にある机に突っ伏しながら、安堵の息を漏らす。
体育祭から1日がすぎ、片付けも終わり、僕の奴隷生活はひとまず終わりを告げた。今なら束の間の休息を味わっても誰からも悪く言われないだろう。
「ベグすごいじゃーん。10年も稼げちゃったよー」
マノムがお腹を上にしてソファに寝っ転がっている。あくびをして今にも眠りにつきそうだ。
「おい、マノム。レースをさぼったことまだ許してないからな」
「えー。そんなことあったけ?忘れちゃったー」
鋭い目線を送り攻めるも、マノムはいつも器用にかわす。結果、いつも僕が我慢し忘れる方が楽という現象が起きることが全く気に食わない。
「10年と3日。……あと189年と362日」
窓際に立つバブルが呟く。バブルが現実主義なのは重々承知だが、もう少し夢を見させてほしい。あと約190年も残っているなんて考えたくもない。
1ヶ月で10年か……。もっとビジネスの回数をこなすしかない。その為にも――
「僕、宣伝してくる!」
宣言するとともに勢いよく立ち上がる。
そうだ。やさしい悪魔部の名と実力をもっとこの世に知らしめるべきだ。そうすれば、偶然耳にした人間が特大悩みを抱えてやってくるに決まっている!
「どうやって?」
マノムが問う。
「そりゃあ、看板持って叫びながら校内を練り歩くのさ」
僕の解答に、マノムは絵に描いたような作り笑いを見せる。垂れ切った眉が憎たらしい。
バン!
急に扉をたたき開ける大きな音がし、僕たちは反射的に入り口の方を見やる。
「ね!ざ……やさしい悪魔部ってここかな?! お願いごとがあるんだけど!」
開かれた扉の先には、ピンクのショートヘアが目に止まる女子生徒が息を荒げて立っていた。
僕は爛々と女子生徒の方へ向かう。
なんてタイミングがいい!客だ!
「ちぇー。ベグの恥晒し見たかったなぁ」
背後でマノムの小声が聞こえた。
――――
「破陽羅武学園体育祭・歓喜の総集編DVD販売していまーす!今年も名シーン盛りだくさん!一年に一度の思い出にどうぞ〜!」
ピンク髪の女子生徒のはきはきとした声が食堂に響く。
「ただいま教師陣ステッカーおまけしてまーす」
僕の腑抜けた声が夕食に向かう生徒の雑踏に消えていく。
詳しいことは後で説明するから、とにかくついてきて。
そう言われ、僕たちは心を躍らせて歩いてきた。なのに、それなのに……
――また無賃労働かーーーい!!!!
もう白目を剥きたい。
僕たち3人は食堂端に設置された物販ブースに腰を下ろしていた。皆一様に死んだ目をして、夕食目当てでやってきた生徒の流れを呆然と眺めている。
蛍光色に包まれたダサいフォントの『放送部』が視界に入る度に気力が削られていく。
いざ到着したら、タスキを渡され、手伝って!と押しつけられるだなんて誰が予想できただろう。断る隙すらもなく僕たちは形だけの売り子と化していた。
隣に座るバブルは口をぎゅっと閉じたまま、微動打にしない。無駄な行為に内心気を荒げていることだろう。
そして、なんとマノムまでがマスコット犬として駆り出されていた。パーティーグッズの安い帽子を被せられ、机の上にちょこんと座っている。いつも以上に光のない目からは「気に食わない」という意思がありありと伝わってくる。
斜め前に立つピンク髪の女子生徒に視線を移す。
こいつ、使えるものはなんでも全て使い切るタイプの人間だ。それでいて、絶対に自身の意志を貫き通すタイプだ。この人間、侮れない。
「ひとつください」
「500円です」
頭上からの声に呼ばれ、視線を正面に戻し対応していく。
「はい、ちょうどお預かりします。袋に入れておきます」
「ただいま教師陣ステッカーをおまけしていますのでこちら一緒にどうぞ。シークレットもあるのでぜひ当ててください」
『言うこと』と書かれた指示書をもとに接客していく。生徒はその場から離れ、また虚無の空間へと戻っていく。
ふと隣から視線を感じ、そちらを向く。バブルとマノム、両者揃って僕を見つめていた。
――なんだ? なんで2人して僕をこんなに凝視してんだ?
……あ。
察した僕に気づいたのか、マノムは意地悪く片方の口角を上げて笑った。
――なんで僕、人間みたいに生真面目に接客してんだ?
「そんなんだから、いいように使われるんだよ」
マノムは満面の笑みでそう言った。




