38-狙撃⭐︎騎馬戦-
ベグ・ハーロップは目前の喧騒を冷めた気持ちで見つめていた。
狙撃⭐︎騎馬戦は既に終盤を迎えている。既に騎馬はいないというのに、全員が塗料にまみれながら撃ちあっている。様々な色が宙を飛ぶ。もう紅組白組も関係ない。
――これが伝統だとか、やっぱりどうかしている。
僕が参加する羽目にならなくて良かったと心から思う。少なくとも、運営テントは安全地帯だ。
バブルの姿が一瞬見えた気がした。断定しないのは、捉えた残像があまりにも暗殺者の目をしていたからだ。バブルの目は普段から温かいものではないが、あそこまで冷たくもない。しかも、一瞬で飛んできた緑色の向こうに姿を消したから確認もできなかった。まぁ、僕には関係のないことだ。
「お前、参加しなくて良かったのか?」
生徒会長こと青鬼界雄が僕の横に並ぶ。僕を見やることもなく、まっすぐ視線は狙撃⭐︎騎馬戦の方へ向けられていた。
「はい。勿論」
僕は即答する。
こんな汚れにまみれて、土の上を転び回る競技の何がいいのか。何故、あんなにも多くの人々が笑っているのかがわからない。
「この競技ができたのは、きっとお前のおかげだ」
え。カラーボールを載せたトラックが僕の所業であることは誰にも言っていない。勘がいい人間だ。まぁ、ビジネスをした当人であるから自覚がない方が愚かだが。
「ありがとう」
――お礼!? あの鬼が『ありがとう』!?
青鬼界雄が僕の方を見た気配がしたので、驚愕の感情のまま、つられて僕も青鬼界雄に顔を向けた。
――あの鬼が笑っている……!?
そこには廊下で生徒を土下座させていた青鬼界雄の姿はなかった。底抜けに明るくやかましい校庭に影を落とすこのテントの下で、ぎこちなく口角をあげている。
この人間、笑うという機能がちゃんと備わっていたのか。僕は衝撃のまま、ぽっかり口を開けていた。
「礼に1つ、願いを聞いてやる」
青鬼界雄はまた校庭へ目線を移す。僕は顔を戻すこともなく、開けた口を閉じた。
願い。そんな、悪魔に対して人間のできることなんて決まってるじゃないか。
「じゃあ、また僕に頼み事をして下さい」
僕はほくそ笑む。
1回ビジネスをした相手なら、2回目以降は難易度が下がる。何故なら、命の年数確認に対して抵抗が少なくなるからだ。初めての場合、そこで不審に思われてパーになることが多い。
青鬼界雄、お前は既に僕の顧客だ。
「……それなら、また機会があったら何か頼もう」
「願いをそんなことに使うなんて、さすが雑用クラブを作っただけあるな」
青鬼界雄は涼しげにそう言い切った。
……。
――そうじゃなーーい!!!!!
僕は全力で叫んだ。勿論心の中で。しかも、雑用クラブってなんだ!「やさしい悪魔部」だ!!
心中の叫びを目の圧力に変えて訴え続けるが、青鬼界雄は依然気づかずに試合を観戦している。それとも、気づいていない素振りを見せているだけか。
そう圧をかけている間にも号砲が鳴り、狙撃⭐︎騎馬戦は終わりを迎えた。
その後、閉会式が行われ両組引き分けを持って、体育祭は無事幕を閉じた。
僕の無駄労働の日々は終わったが、更なる雑用の可能性にまた身を震えさせるのであった。




