36 -10年-
「命10年くれたらできますよ」
僕は涼しげな顔でそう言ってみせた。
僕は悪魔で、目の前の権力者はただの人間だ。
やはり、元来備わっている力そのものが僕とは比較にならない。人間など小さな生き物。
色々考えが浮かぶと共に、口角が上がっていく。
――さぁ、悪魔である僕に首を垂れて願うが良い。
「お前……そういう年頃なんだな」
予想外の反応に僕は咄嗟に青鬼界雄を凝視する。
生徒会長である青鬼界雄は依然冷めた目で僕を捉えていた。しかし、その目にはひと匙ほどの同情を感じる。さっきの言葉も相手を哀れに思うようなそんな言い草だった。
というか、“そういう年頃“ってどういう年頃だ?
何故、青鬼界雄はこんな苦々しい表情をしているんだ?
「まぁ、お前が何を考えていようと俺には関係がない」
「すぐに600個用意できるのなら、さっさとやってくれ」
青鬼界雄は僕を追っ払うように片手を振りながら、面倒そうに言い切る。そして、話はここまでだとでも言いたげに僕に背を向けた。
「本当にいいんですね」
僕はその背中に問いかける。これが最後の確認だ。
「何度も言わせるな」
こちらを振り返ることもなく、青鬼界雄は言い捨てる。
僕は命10年を手に入れた。
――――
30分後。学園に1台の大型トラックが到着。
特注カラーボール600個が破陽羅武学園に届けられた。
通常発注してから手元に届くまで数日・数週間かかるにも関わらず突如届いたそれに、事情を知る生徒は驚きを隠せない。
消えたカラーボールの捜索は終わり、問題は解決によって無事終わりを迎えた。
――――
ベグ・ハーロップは無駄な説明を避ける為、校庭の喧騒から離れ、校舎の窓からその一連を眺めていた。
無事にビジネスの完遂を見届け、ほくそ笑む。
悪魔のビジネスとは人間の命を稼ぐこと。
悪魔はその対価として、人間の願いを叶える。
僕たちにとって大切なことは『人間の願いを叶えること』ではなく、『人間の命を稼ぐこと』だ。
だから、僕たちはより年数が多くなる方法で願いを叶える。それは、より現実不可能なやり方でということだ。
今回の場合、願いは失くなった特注カラーボール600個を用意すること。
もし僕が馬鹿正直に、紛失したカラーボールを技術で見つけ出したとしても、きっと命は5年くらいしか稼げない。
何故なら消えたカラーボールがまだこの世にある限り、この願いは“探し物”程度の願い事にしかならないからだ。
しかし、新しく作ってしまえば話は別である。
青鬼界雄の話によれば、すぐに調達するのは不可能らしい。なら、その不可能な方法で願いを叶えてしまえば、より命を多く稼くことができる。
この願い事は“探し物”から“不可能を可能に変える願い事“に姿を変えたのだ。
願いの叶え方は悪魔に委ねられる。今回は試験であるから、人間ごときに情をかける余裕はない。
つまり、僕は今の状況に1番そぐうやり方でビジネスをやり遂げたのだ。
今日の僕は自身を誇ってもいい。
僕はひとつ頷き、その場を後にした。




