35 -土下座タイム-
マノムと別れたベグ・ハーロップは枯れた心を胸に運営テントへ足を運んでいた。
競技に盛り上がる群衆の歓声がやけに耳に障る。決して相容れない周囲とのテンション差にどんどん気力が吸われていくようだ。
もう僕はテントでじっとしていたい。日の光にすら当たっていたくない。もうやだ。もうどんな喧騒にも巻き込まれたくない。
そうしょぼたれるうちに、運営テントの目の前に辿り着く。それと同時に強烈な殺気を感知した。姿が見えずとも、察しはつく。
僕はぎこちなく斜め右前に視界をスライドさせていく。徐々に移動する視界にゆっくりと青鬼界雄の姿が登場した。生徒会長はいつになくギラつく視線で僕を切り刻むように見つめている。
――僕の命日、今日かな?
大量の汗を浮かべながら、愛想よく笑い返す。脳内には自身の土下座像がはっきりと浮かんでいる。もう、やだ。誰か僕を助けてください。
青鬼界雄は何の反応も見せない。僕は大人しく青鬼界雄の元へ歩み寄った。
一体、僕の何に怒っているのだろう。さっきの失態がそんなに気に障ったのだろうか。でも、青鬼界雄とは別の組であるし、そんなことで怒るとも思えない。……僕が青鬼界雄と同じ組だったら話は違うかもしれないが。
「お前、最後に用具入れを使用したのはいつだ?」
歩み寄った僕に、青鬼界雄の重々しい口が開く。人を塵として捉えているようなこの喋り方には、いつになっても慣れない。
「はやく答えろ」
「はいっ!確か玉入れが終わった後です!」
「籠を用具入れ側にどけて、玉をしまったのが最後です!」
青鬼界雄と僕の空間だけ軍隊と化していた。僕は圧に慄き、体を硬直させる。
「それは確かだな」
「はい!確かです!」
「その時に最終競技で使用するカラーボールはあったか?」
確かカラーボールとは物や人に当たると破裂して、中に入っている染料が飛び出すやつだ。べったりと衣服に着くそれを僕は気持ち悪いとしか思えなかった。……それが何だと言うんだ? もしかして……
「消えたんですか!?」
「質問に答えろ」
「あっ、不備はなかったはずです」
青鬼界雄は「そうか」と呟き、何かを思案するかのように俯く。あのー、僕の質問には答えてくださら…
「お前の言う通りだ。カラーボール600個、全てが消えた」
顔を上げ、僕を見つめる。僕は天啓を受けたかのような衝撃を覚えた。
――その手があったか!!!
体育祭実行委員とかいう無駄働きにうつつを抜かしていたせいで、全く思いつかなかった!!僕が備品やら何やら盗んだり、機材を故障させたりして体育祭を妨害すれば良かったんだ!そしたら、少しのミスも許さないこの鬼畜なら僕をすがっただろう。ごっそり命を稼げたはずだ!
全く、人間に習うとは悪魔として恥ずかしい限りだ。はやく気付くべきだった。
「誰がそんなことしたんですかね!!」
僕は食いつく勢いで返す。
「犯人の目星はついている。そんなことより、お前もその頼りない両足で一刻も早く見つけ出せ」
言われてみればテント内の人数が少ない。きっと体育祭実行委員の他にも、生徒会やらパンプアッ部などの部活動もカラーボール探しに奔走しているのだろう。
「それ、新しく買えないんですか? よかったら僕が……」
「馬鹿か。あれは水洗いで落ちるように作られた特注品だ。そんなコンビニエンスストアに行くような心持ちで買えるようなものじゃない」
そんなことも知らないのか、と言いたげな軽蔑の目線が僕に刺さる。
「……最終競技は第1回体育祭から引き継がれてきた伝統競技だ。その伝統を断つわけにはいかない」
――あんな競技が伝統だなんて、どこまでもめでたいな。この学校。
体育祭実行委員会で紹介された競技内容を思い出しながら、僕はそう感じた。あんなのただの狂気だ。
青鬼界雄は何か思いついた様子で僕を改めて見る。
「お前の部活はざつy……人の悩みを聞く部活だよな」
今、雑用って言いかけただろ。
「はい。そうです」
「お前、この事態何とかできるか?」
青鬼界雄の顔は真剣そのものであった。
「できるはずがない」とも「できるはずだ」とも思っていない。純粋に今思いついた可能性――僕がこの問題を解決できるかどうか――が正しいものか知りたいだけのようだ。
では、僕も純粋に答えて進ぜよう。
「命10年くれればできますよ」
手首に巻いた通信機器を一目見、僕はそう答えた。
あくまでクールに答えたつもりだが、心の中では勝利の雄叫びにガッツポーズをかましている。
やっと、僕に運が回ってきた。
休暇から戻ってきました!ご理解の程ありがとうございました^ ^
これからは不定期の更新になるので、気長に待ってくださると嬉しいです。
これからもDizzyDeviをよろしくお願いします!




