26 -耳をすませば-
ベグ・ハーロップは日々、学園中を駆けずり回っていた。
もう既に、競技案は生徒会長の許可を得て、僕たちはその準備に奔走している。
体育祭に協力してくれる部活動との打ち合わせや体育教師に授業で競技練習をしてくれないか、お願いに行ったり、買い出しに行ったり、使用する楽曲をまとめたり。…しかも、明日から大道具の製作が始まる。
ため息をつき、弱音も吐きたくなるが、決してそれを僕は僕自身に許さなかった。
他の体育祭実行委員も含め、皆楽しそうなのだ。会う人皆、目を輝かし、1年に一度の行事を待ち望んでいる、そんな感じがした。だから、なんとなく、場の雰囲気を壊すようなことはしたくなかった。というか、壊したら、土下座エンドが待ち受けてる気がした。
体育祭実行委員の為に用意された部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、三枝弓一郎と合流した。
三枝弓一郎は、初対面からこの今まで1回も言葉を発していない。それでも、意思疎通が滞りなくできているのが僕は不思議で堪らなかった。
部屋の前に着き、扉に手をかける。すると、三枝弓一郎は僕の手首を掴んだ。
「え、なんですか?」
僕は戸惑いのまま、三枝弓一郎の顔を見やる。彼はもう片方の手で人差し指を口に当てていた。静かに、ということだろうか。……でも、何故?
僕の手首を掴んだまま、三枝弓一郎は急にしゃがんだ。それにつられ、僕も勢いよく崩れ落ちる。
三枝弓一郎は扉に耳を近づけた。どうやら、部屋内の何かに耳を澄ましているようだ。僕も扉に耳を近づける。
会話が聞こえた。この声は…あー、鬼の生徒会長だ。でも、不思議といつもの気迫を感じない。…ん?
――あの生徒会長が人に話しかけるような普通の話し方をしている…!
僕は衝撃を受けた。あの人間は相手を塵としてしか見ることがないと勝手に思っていた。
――相手は誰だ!誰だ!これで青鬼界雄の弱みを握れるぞ……!
僕は不敵な笑みを浮かべ、更に耳を澄ました。
女子生徒の声がした。…この優雅な喋り方は、叶屋裕子か?まぁ、山張苺ではないな。
――ということは、つまり、つまり…青鬼界雄は、
「こんな所で何をしているのかい?」
勢いよく扉が開き、僕と三枝弓一郎は部屋の中に転がった。顔をあげると、副会長の銀英ルイがニコニコしながら、僕たちを見下ろしていた。部屋の奥からは、青鬼界雄と叶屋裕子がこちらを見ている。
……2人きりじゃなかったんかーい。
案の定、三枝弓一郎は口を開かない。僕が答えなくちゃいけないのかい。
「いや、その、楽しそうに話していたので、邪魔したら悪いかなぁと思いまして……」
あははと笑って、なんとか誤魔化そうとする。奥からの視線が怖い。
「あぁ、そういうことならノープロブレムだよ」
銀英ルイは爽やかに答えた。
「何故なら、私たち3人は古くからの心の友だからね!」
「邪魔だと思うほど、私たちに残された時間は短くないのさ」
銀英ルイは黒縁眼鏡の奥でウィンクをしながら、僕たちを見下ろす。僕たちは黙って、そのテンションの高さを見守り続けた。
「ただの幼なじみよ。心の友とか、そういうのやめてよね」
叶屋裕子の冷たい眼差しが銀英ルイの背中に刺さる。
「俺はいいと思う」
「…会長は気恥ずかしくないの?」
青鬼界雄の一言に叶屋裕子は問いただす。
「…俺たちは仲良しだ」
青鬼界雄は変わらぬ表情でそう言った。叶屋裕子は頭を抱え、銀英ルイは喜びの声を上げた。
意外な交友関係を目の当たりにし、僕たちは置いてきぼりになっていた。




