18 -独裁の君-
『さようなら、中間テスト!生徒総会忘れずに!』
『中間テストお疲れ様でした。皆さん暫くはゆっくり休みましょう!』
『……しかし、生徒総会への出席は忘れずに。理由なしに休んだことが判明した場合、生徒会長スペシャル・憤怒の雷が皆さんの頭に落ちるでしょう。なんせ、生徒会長は青鬼ですからね!』
廊下で配られた新聞を手に、ベグ・ハーロップは生徒総会が行われる講堂へと足を進めている。
……はずだった。
何故か、僕は食堂に来ていた。人波についていったはずなのに、いつのまにはぐれていたのか。
しょうがない。僕は踵を返し、無心で廊下を1人歩き続けた。
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「おい、お前。今日が期日だったよな。何故、中途半端なものを俺に渡した?」
突然、静かな怒号が鳴り響いた。呑気に廊下を歩いていた僕は、とっさに体をこわばらせる。
ーー 一体、何事だ?
僕は曲がり角に体を隠すようにして、その先の騒ぎをおそるおそる覗いた。
そこに広がる景色は懐かしいものであった。
力のありそうな生徒が、弱い生徒を土下座させているのだ。
デヴィ学園では、こんなこと日常茶飯事であった。筋肉、権力あるいは魔力。それら、どれかが突出している生徒は自身の気にくわない生徒を同じ存在として扱うことは決してなかった。ゴミ同然に同級生を蹴散らす。
まぁ、悪魔であるから。別に悪いことではないだろう。
ちなみに僕は悪魔にしては、平和主義であるから、常にそれを傍観していた。そういう所も含め、僕がエリートでなかったら、同じように地に頭をつけていたのだろうと思う。
この人間の持つ力は権力のようだ。見るからに筋肉は無さそうな、薄い体をしている。人間でも、こういうろくでもない奴はいるんだな、と僕は苦笑いを浮かべていた。
「ぼ、僕は、完成させました。完成した、と思って、渡しました」
声が震えている。僕が天使であったら、彼を助けたのだろうか。
「それは思い込みだ。ここをちゃんとよく見ろ。ここの収支の計算が違うだろ?あ?」
「それに、期日であるからといえ、あまりにもギリギリすぎないか」
「完璧な書類を作れないのなら、せめて前日に提出しろ。脳みそまで寝ぼけるな」
次々に怒号が飛び交う。その怒号は荒々しいものではなく、冷たく重々しい氷のような声であった。それが更に恐怖を煽る。僕なんて、聞いているだけであるのに、肌に嫌な悪寒を感じた。心底、跪く男子生徒に同情する。恐怖で何も脳みそは受け付けないだろう。こいつ、悪魔並に鬼畜だ。
ギロリ。角から顔を出す僕に気づいたのか、ナイフのような目線が僕に向く。
ひぃ。ふんだんに溢れる殺気に僕は回れ右をした。絶対に1人くらいは人を殺している。見られた瞬間、鳥肌が全身に浮かんだことが良い証拠だ。
ーーごめんなさーい!!!
僕は身を守るため、全速力で廊下を駆け回る。迂回したせいで、何度も同じ所を通ったり、階段を間違えたり、左右を間違えたり、随分と学園内を走り回った。そして、やっとの思いで、なんとか講堂に辿りついた。
浮かぶ汗が冷や汗なのか、走った故の汗なのか、全く判断がつかない。よれよれになりながら、僕は席に着く。隣にいる佐藤はじめは驚いた様子で僕を見つめている。
腰を下ろしてひと息。
はぁ。怖かった。絶対にもう、あんな奴とは関わらないぞ。
そう思った矢先、僕は絶望を感じた。
「あ、あれ、誰?」
僕は震える声で佐藤はじめに聞いた。人差し指はステージ上にいる人物を指している。
「生徒会長の青鬼界雄だよ」
優しく笑う佐藤はじめとは対照的に、僕の顔は青ざめていく。
きっちり分けられた漆黒の前髪に、薄い体。極めつけは、遠くからでも分かる鋭い目。
あのサディスティック野郎じゃないか!
僕は泣きたい。あんな奴が、生徒会長であっていいのか。
緊迫の生徒総会が、今始まる。
〈ひとことメモ〉
青鬼界雄は2年白組。




