15 -やさしい悪魔-
放課後、僕たちは満を持して、校長室前に来ていた。
あれから昼休みの間に、僕たちは再び屋上に集まり、部活発足の話をし、そのまま書類をも作成した。我ながら、迅速な行動であると思う。
あとはこれを校長の元に届け出るのみであった。
僕はノックをし、扉を開ける。気づいた校長先生はのんびりと挨拶をし、お茶を啜った。
「こんにちは。今日は僕たちで新しい部活を立ち上げたいと思い、伺いました」
校長先生は「おー、そうかい」と言い、僕の企画書を受け取った。僕の横では、バブルがマノムを抱え、様子を伺っている。
「……お悩み解決部?」
校長先生は老眼鏡をしながら、目を細めている。
「はい!僕たちは全校生徒が抱える悩みひとつ、ひとつをこの手で解決してあげたいと思い、この部活を立ち上げる決心を致しました!」
心に渦巻く熱が、語気に滲む。
これほど、命を儲けるチャンスが訪れる部活はないだろう。
悩みのある人間――すなわち、商売チャンスのある人間が勝手に僕たちの元へ訪れる仕組みとなるのだから。
僕は心の中で、盛大に高笑いをかました。
人生の岐路に立たされた思春期の人間なんて、悩み事の宝庫だ。昨日はたまたま悟った人間に出くわしただけで、それは極めて希少な存在。
僕たちは既に、この試験に合格したも同然だ!
「はい。認めます」
校長先生は書類に印を押した。それを見、僕は控えめにガッツポーズをした。
「部室用意しとくから、また来なさい」
「はい!ありがとうございました!」
僕たちは、くるりと向きを変える。
いやぁ。最高に清々しい気分だ。
「うぅん、名前が地味じゃな」
僕がドアノブに触れた時だった。
「やさしい悪魔部、はどうじゃ?」
――へ?
僕は動揺をせずにはいられなかった。どういうことだ?何故、このタイミングで『悪魔』という単語が出てくる?
校長先生は変わらず微笑んでいるだけであった。後ろの窓から差す光が逆光となって、校長先生の顔を暗くしている。
僕はごくりと息を飲んだ。
「何故ですか?」
バブルが返す。さすが不動の女王だ。表情に何の機微も反映されていない。
「わしが好きなのじゃ。やさしい〜あ〜くま〜」
校長先生はなにかの曲と思わせるフレーズ歌ってみせた。
「はぁ……そうですか」
僕は一気に脱力する。好きな曲のフレーズと言われても、腑には落ちないが、僕たちの正体を知って、そう発言した訳ではないことに安堵した。
……それでも、やはり不自然だが。まぁ校長先生の存在自体、言ってしまえば謎である。発想が理解できない人間など、この世にごまんといるのだろう。
「それでいいですよ。また来ます」
僕は笑顔でそう告げ、校長室を後にした。
――――
放課後の校長室で1人、校長は提出された書類を見つめていた。
校長室にも、夕焼けの赤が広がっている。
「う〜う〜う〜」
校長は鼻歌を口ずさみながら、重い腰を上げ、窓の外を眺めだす。
いやはや、ぎっくり腰から1日も経たずに回復とは、かつての自分を裏切らずに済んだ。そう思い、ふぉふぉふぉっと笑いを溢す。
あの3人がこの学園に、どう変化をもたらすか。楽しみがまた1つ増えたことを校長は、ささやかに喜ぶのであった。
「やさしい〜あ〜くま〜」
簡素な校長室に、たおやかなメロディーが流れている。
〈ひとことメモ〉
校長先生は昭和アイドルファン。




