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14 - It’s a morning show!-


 ベグは食堂で日本の朝食を堪能していた。


 納豆ご飯に味噌汁。それと焼き鮭にサラダ。シンプルでいながら、完璧な朝食だ。僕は日本の朝食がどこの国のものより気に入っていた。アメリカはシリアルコーン一択であるし、オーストラリアで食べたベジマイト*は強烈すぎたし、韓国は毎食辛すぎる。それらに比べ、日本の朝食は朝の爽やかな時間にふさわしい食事であった。

 *ベジマイト…世界一まずいジャムと名高いオーストラリアの特産品。


 しかし、ひとつ問題がある。

僕は箸を使い、ご飯を口へと運ぶ。口へと入る瞬間、白米は箸の上から逃げ出した。制服の上に納豆が落ちる。箸を持つ手はずっと震えている。そう。


ーーいつになっても箸が上手く使えないのだ。


 僕は深く息を吸う。納豆が落ちた制服を見下ろし、視線を上げた。


「なんとか言えば!?」


 僕は目の前の人だかりに向けて声を荒げた。部活動勧誘の群衆は依然僕の目の前で無言のアピールを続けている。

 

 寮の部屋を出る時、彼らはこちらに何もしないということに気づいた。何の問題もなく、すんなり部屋を後にすることができたのだ。ただ、何もしないだけで、時間を許す限りずっとひっついてくる。ーー無言で。

 それが更にこの群衆さの奇妙さを引き立たせていた。誰もがこちらに強い眼差しを送ってくるだけで、何も話さない。それが逆に気味が悪かった。



「生徒会長が勧誘中に喋るなって規則を決めたの。学園内の混乱を防ぐためって」


 出た。トラウマの変人その1。

 

 僕はリカの姿に、咄嗟に身を固くした。リカは当たり前のように佐藤はじめの肩上にいる。佐藤はじめは朝食がのったトレーを持ち、僕の正面の席に腰かけた。


「おはよう。ゆっくり休めた?」

「良かったら、スプーン使って」


「うん、よく寝れたよ。スプーンありがとう」


 佐藤はじめは今日も穏やかな笑みを浮かべている。変人ばかりの巣窟で、彼は貴重な一般人だ。僕は箸を置き、貰ったスプーンに持ち替えた。

 

 リカは肩の上から降り、トレー上の林檎を抱える。そして、そのままテーブルに腰をおろし、林檎に噛みついた。豪快にがぶりつくその姿からも、やはり人間とは思いたくなかった。


「おい、ベグ。少しは見てあげなよ。みんな、部の存続をかけて必死なんだからさ」


 リカは林檎から顔を上げてそう言った。リカの表情からは苛つきを感じる。きっと、昨日の件があったからだろう。


「いいよ。じゃあ、今から見るよ」


 無害な群衆に目を向けるか、有害なリカの機嫌を損ねるか、天秤にかけなくても答えは明白であった。僕の一言に群衆は目を輝きだす。僕は茶碗を置き、端からプラカードを眺めていった。


「放送部…忙しそうだからナシ」


「弓道部…運動はやだ」


「オカルト部…そういうのはごめんだね」


「パンプアッ部、愛すクリーム部…どういう部活なんだ?」


 却下された部活は悲しげにその場を離れていった。


 そもそも、部活に入っている暇はない。暇あればチャンスを伺い、少しでも多くの命を稼がなくてはいけないというのに。絶対どこかに入らなくてはいけないというのなら、無所属レベルで暇な部活でないと。


「…あんたって奴は」


 リカの軽蔑した冷たい目線が僕を刺す。



「よっ!お隣しつれーい」


「わっ、へのへのもへじ」


 トラウマの変人その2の到来に僕は思わず口に出してしまった。へのへのもへじの仮面をつけた生徒が隣に座る。


「ははっ、そーそー。俺のことは、へのもへって呼びー。へのへのもへじ、じゃ長いでしょ」


 へのもへ?へのへのもへじが本名なのか?

 僕の戸惑いをよそに、隣で彼はサンドウィッチを頬張りだす。ただの仮面に思えたが、仮面を着けたまま飲食をしているところを見ると、マスクに近いのだろうか。


「へのもへー。ベグが部活どこに入るか悩んでるらしーよ」


 リカは頬いっぱいの林檎を飲みこみんだ。


「へー!俺はダンス部入ってるんだけど、一緒にやるかー?」


「あ、ベグは運動できないってさ」


 僕の代わりにリカが答える。…別に運動が嫌なだけで、できないわけじゃないけどな。


「そっかー。2人は部活なんだっけ?」


「私は科学部だけど、ボヤ騒ぎ起こされたら面倒だし、ごめんだね。はじめは園芸部だけど、ベグみたいな奴が水やりしたら、花が枯れるからやめときな」


 リカの鋭い視線が痛い。こんな理不尽に言われるほど、僕は嫌われたのか。


「ははっ、めっちゃ言われとるやん。おもろー」


 へのもへはカラッと笑い、サンドイッチに口をつける。




「ベグ君が新しい部活作っちゃえばいいんじゃない?1人からでも、目的さえ明確なら作れるよ」


 今まで黙々と食べ進めていた佐藤はじめが口を開いた。


 一筋の光が僕の頭に差す。


――そうだ。


 僕らの目的に合わせた部活を作ればいいのか!


 そうすれば、僕らの本拠地にもなるし、そこを拠点にして命を稼げばいい。


 

 新たな可能性に、僕はにやけずにはいられなかった。




「ベグって、厨二?」


 リカの毒舌が聞こえた。


 

〈ひとことメモ〉

新学期、部活勧誘による学内での混乱が毎年問題であった為、現生徒会長が『公の場で勧誘する場合は無言でするべし』と制定した。そのおかげで今年は、問題なく部活勧誘シーズンが終わったらしい。

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