12 -秘密の花園部へようこそ-
バブル・ジーはいつになく、疲弊した朝を迎えていた。
昨日はあめちゃんと古いミュージカル映画を一緒に見た。登場人物はカラフルな衣装に身を包み、感情のままに伸び伸びと歌い、踊る。隣のあめちゃんはそれを見ながら、うっとりとした表情を浮かべていた。
ここからが大変だった。映画を見終わった後、あめちゃんの質疑応答が寝る直前まで延々と続いたのだ。どこから来たのか、なぜ留学したのか、準備で大変だったことはあるか、誕生日、好きなもの、嫌いなもの、髪型のこと、この学校のこと、前の学校のこと…。(設定にも答えがないものは、でっちあげた)本当に長い時間をかけて、ずっとお喋りをしていた。あめちゃんは「ガールズトークって感じだね!楽しい!」と満面の笑顔を絶やさなかった。
今まで、私にこんな話しかけようとしてくる子は誰もいなかった。だからか、新鮮であるのと同時に、とても疲れた。
制服に着替え、今日使う教科書を鞄に入れる。
ーーあ。
昨日あめちゃんに見せて貰った本が鞄から顔を出す。貰ったわけじゃないし、返さなくちゃ。そう思い振り向くと、あめちゃんは鏡に向き合い、髪を結っていた。
「あめちゃん、これありがとう」
私はあめちゃんが結び終わったタイミングで、本を差し出す。こちらに気づいたあめちゃんはすぐには受け取らず、私とその本を交互に見回した。
ーーなんで受け取らないのだろう。
そう疑問に思ううちに、あめちゃんの表情がぱぁっと晴れた。花が咲いたように目を輝かし、口角を上げる。
「読んでくれたんだね!よかったでしょ?素敵だったでしょ?」
あめちゃんは勢いよくこちらに迫る。私はその圧に押され、首を縦に振った。
「ひゃぁぁ!嬉しい!これ私が部活で描いたものなの!今から連れてってあげる!」
あめちゃんは更に目を輝かせ、私の手首を掴んだ。そして、そのまま扉を開く。私は彼女に掴まれるまま、部屋の外に出た。驚くことに、扉の前には大勢の人間がいた。誰もが無言でこちらに圧を送っている。それでもあめちゃんはお構いなく、「はーい。どいてくださーい。邪魔ですよー」と人波を掻き分けていった。私は取り残されたその群衆を、連れ去られるまま眺めていた。
エレベーターで一階に降りると、共有ラウンジの大きな暖炉前であめちゃんは立ち止まった。こちらを向き、仕切り直すかのように、こほん、と咳払いをする。
「よく見ててね」
そういたずらっぽく笑い、暖炉の脇にある鳥のオブジェを前に倒す。すると、暖炉の奥の壁が音を立てながら下がり、地下へと続く階段が現れた。
「すごいでしょ〜!いかにもって感じだよね!本当ロマンティック!」
あめちゃんはとても楽しそう。いつもニコニコとしているけど、私に紹介することに対して更に心を躍らせているように見える。私は「すごいね」と返す。あめちゃんはふふふっと誇らしそうに笑い、暖炉の中に入っていった。
「入り口、頭ぶつけないようにねー!」
暖炉の暗闇から、あめちゃんの声が聞こえ、私も屈んでその中へと入っていった。
「この部はね、情報部と並んで、1番伝統のある部活なの。この隠し扉も創設時からあるものなんだって〜」
ほの暗い階段を先に降りていくあめちゃんはそう言った。じめっとした暗闇に故郷が重なる。デヴィ学園にも地下へと続く階段があって、購買部に行くためによく通ったのを思い出す。暫く降りると階段は終わり、一本道となった。古そうな扉が姿を表す。あめちゃんはそのままスタスタと歩いていき、扉を勢いよく開けた。暗闇に鮮烈な光が漏れだす。
「秘密の花園部へようこそ〜!」
私が部屋に入ったタイミングであめちゃんはピンクの花びらを私に撒き散らした。いつの間に用意したのだろう。花びらを散らすことの意味が分からないけど、きっと歓迎されているのだろう。私は髪の毛についた花びらをつまみ、少し笑った。
<ひとことメモ>
学生寮と部活棟は庭を挟んで向き合っている。空から見たイメージは「」という感じ。隠し階段は部活棟の地下にある部室と繋がっている。




