11 -始まる戦争-
着替えと勉強道具と貴重品、それとマノムの犬用グッズ。必要最低限の荷物であったから、荷解きはすぐに終わった。ベグはベッドに体を放る。1日の疲れが体を圧迫する様に降りかかる。すぐにでも眠りにつけそうだ。
「明日から部活勧誘が始まると思うから気をつけてね」
佐藤はじめが学習机に向かって、何かをしながらそう言った。部活勧誘なんて、たかが勧誘だろう。眠気に邪魔されて、上手く頭が回らない。
「部活勧誘?」
「うん。GWも明けて、もう殆どの生徒が部活に入っているから、ベグ君は恰好の的だと思うよ」
「それって入らなくちゃいけないものなのか?」
「うん。留学生であっても、入部は義務つけられてるから、どこか合いそうな部活に入るといいよ」
「へぇ…」
僕はそのまま深い眠りについた。
ーーーー
目が覚めたのは、既に辺りが暗くなった頃であった。佐藤はじめも、マノムも寝息を立てながら、眠りこけている。僕はトイレと浴場を求め、着替えを持って部屋を後にした。
消灯後であるのか、廊下には小さな灯りが等間隔でついているだけだ。薄暗い地獄を思い出す。
ーーあの時、もっと勉強に励んでいれば、今頃試験に合格していたのだろうか。
そんな考えが浮かんだ途端、僕はすぐに打ち消す。後悔なんてしても意味がない。そう分かっていても、事あるごとにネガティブな考えが浮かんできてしまう。数年でもいいから、出来るだけ早く命を稼がなくては。僕はトイレの扉を開けた。
用を足し、トイレを出る。入った時は目に留まらなかったが、トイレの向かい側の壁に大きな絵画が飾ってあることに気づく。見覚えのない絵画ということは、ここの生徒が描いたものなのだろう。僕は人間の絵画が好きだ。悪魔はまず、絵を描かないし。
それは人物画であった。女性の横顔が端正に描かれている。綺麗だが、どこか哀しげに見えた。
「それ、私が描いたんだ」
隣から凛とした声が聞こえ、僕は右を向く。そこには僕と同じくらいの背丈の人間がいた。男子生徒なのか女子生徒なのか、顔と寝巻きだけでは区別がつかない。純白のおかっぱ頭に白いまつ毛で縁取られた紫色の瞳が印象的だった。その容姿は堕天した天使によく似ている。
「そうなんだ。すごいね」
ありきたりな返答だが、そう思ったのは事実である。絵を描く人間は皆すごい。
「君はこれを見てどう思った?」
「どうって…」
「上手だと思った?」
追求するおかっぱ頭の表情には焦りが滲み出していた。なにかあったのだろうか。もしかして、これは命を儲けるチャンスになり得たりするのだろうか…?
褒めるか、酷評するか、どちらが正解か…
いくら考えてもどちらがいいのか全く分からなかった。まぁ、このおかっぱ頭の事情を知らない限りはしょうがない。僕は正直に言った。
「…普通?いや、普通に上手だけど、僕はミケランジェロやレオナルド・ダヴィンチの絵画が好きなんだ。この絵画は何を重視しているのか分からないけど、僕はもっと緻密な描写を上手と思うよ」
馬鹿正直にそう言った。言って気づく。絵を描かない奴にこんな評論家気取りの発言されたら、絵描きはいい思いをしないに決まっている。恐る恐るおかっぱ頭の様子を伺う。おかっぱ頭は片手を顎に添え、真剣な顔つきで俯いていた。
「…ははっ、そりゃそうだよね。君面白いこと言うね」
おかっぱ頭は一拍おいて笑い飛ばした。とりあえず地雷は踏まなかったのか?よく分からず、僕はおかっぱ頭をただ見つめていた。
「はぁ…なんかすっきりしたよ。ありがとう。おやすみ」
ひとしきり笑うと、おかっぱ頭はそう言い残して廊下を去っていった。依然、僕は訳がわからず、頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。…解決したならよかったのか?とりあえず僕は浴場に向かった。
ーーーー
「おーい、ご飯食べに行かなくていいのー」
マノムの肉球が僕の頬をむちゃくちゃに揉む。朝だ。僕は起き上がり、制服に着替える。
「佐藤はじめは?」
「佐藤なら、早くに出たよー」
マノムは地団駄を踏みながら、僕を急かす。
「はい、準備できた。行こう」
僕はマノムを抱え、ドアを開けた。食堂に急ごうとしていたが、僕はドアノブを持ったまま、急止した。驚いたのも勿論あるが、物理的にも動けない。
部活動紹介のプラカードを持った大勢の人間が扉の前で待ち構えていた。誰ひとり、話すことなく、無言でこちらに力強い眼差しを送っている。
「…あー…ね」
なるほど。昨日佐藤はじめが気をつけるよう言った訳がわかった気がする。
〈ひとことメモ〉
寮はL字型建物であり、男子生徒・女子生徒フロアが明確に分けられている。トイレは各階にひとつずつあり、浴場はフロア別にひとつずつ配置されている。
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