第四十四話 夏祭り その二
諸事情により次回は25日になります。
「ふぃ〜。食った食った〜」
「美味しかったね。私も一杯食べちゃった」
「りんご飴とか普段は食べられないからつい食べちゃいますよね〜」
三人ともそれぞれに買った食事を食べきり、一息つく。久しぶりにこんなに食った……。
「あ、そうだスグ兄。さっき私に奢るって言ったよね? デザートにかき氷買って来て〜」
「……」
「何。忘れたとは言わせないよ?」
「いや良いんだけどな? お前スッゲ〜自然に俺をパシるよな」
「いいじゃん〜! 私とスグ兄との仲でしょ!」
悠香の言葉に思わずため息が出る。なんだか納得が行かないがまぁ良いか……。
「それで? 味は何が良い?」
「う〜ん……。やっぱり王道のイチゴで!」
「はいはい。小清水は何か要るか?」
「ううん。大丈夫。ありがとね」
「そうか。それじゃ行ってくる」
「よろしくね〜!」
悠香の言葉を背に受け、俺はかき氷の屋台を探しに行った。
「さてと……かき氷かき氷」
人の群れをかき分け、かき氷を売っている屋台を探す。……意外とかき氷の店ないなぁ。
「……ん?」
ふと、俺の目がある一点で止まる。そこには、赤と黒の生地を基調とし、桜が描かれた着物を着た添木の姿が。美味しそうに綿あめを食べている。
「……添木?」
「……えっ?」
俺が声を掛けると添木は驚いたような反応を見せ、手に持っていた綿あめを慌てて自分の体の後ろに隠す。
「こんばん……わ?」
「え、ええ。こんばんわ」
「どうしたんだ? こんな所で一人なんて。誰か友達とはぐれたのか?」
「い、いえ? ただ……パトロールに。こういう祭りの時は事件が多いから」
「その割には美味しそうに綿あめ食ってたな」
「っ!」
俺の指摘にギクリとした表情をする添木。どうやら一人で普通に祭りを楽しんでいるだけのようだ。……今も隠してるつもりなんだろうけど普通にチラッと見えてるんだよな……。綿あめ。
「そ、それよりも! そっちはどうしたのかしら? 見た所一人のようだけど」
「悠香のお使い。かき氷が食いたいんだと」
「……パシリ?」
「いや違うから。確かに傍から見たらそうにしか見えないかもだけど違うから。それより……添木はかき氷の屋台見たか? 意外と見つからなくて……」
「それならこっちの方にあったと思う。着いてきて。案内する」
「お、サンキュ〜」
俺はそのまま、反対方向に向かって行く添木に着いて行った。
「添木はこの後の予定はどうなってるんだ?」
「特には。適当に花火の時間までブラブラして時間を潰そうかなとは考えているけれど……」
「それなら皆で回るか? 人数は多いほうが楽しいだろうし」
「皆?」
「そう。俺と悠香と、そして小清水」
「……」
俺がそう言うと、何故か添木は黙り込んでしまう。……何かまずいこと言ったか?
「……どうかしたか?」
「なんでもない。ただ……私達、皆で一緒にアニメ見た仲間よね?」
「ん? そうだな」
「なんか私だけ、仲間はずれにされてない?」
「…………」
「…………」
二人共、黙り込む。祭りの喧騒だけが、俺たちを包み込む。いや気まずっ! 俺は思わず心の中でそう叫んでいた。なんか添木黙っちゃったし! えっ!? 俺どうすれば良いの?
「…………」
そんな俺の混乱をよそに、添木はズンズンと歩いていく。……待てよ? 添木は別に怒ったりはしてない。ただ黙ってるだけだ。そもそも、添木は俺たちと馴れ合うつもりは無いって言ってたんだ。別に仲間はずれにされたからって何か問題がある訳でも無いはずだ。なら俺は普通に接すれば良い。
「そ、添木?」
「何かしら?」
「もしかして……怒ってる?」
「……別に」
あっ! この子やっぱり怒ってらっしゃるわ! そうだよなっ! 添木アニメ見るために家に来た時もウキウキだったもんな! 仲間はずれにされたら機嫌悪くなるよな! って……ふざけてる場合じゃないな。なんとか添木の機嫌を元に戻さないと。せっかくのお祭りだ。どうせだから楽しんで欲しい。
「あ〜添木? どうしたら機嫌直してくれるんだ?」
「別に。さっきも言ったけどそもそも私は怒ってない。気にしないで良い」
「いや怒ってるだろ」
「怒ってない」
「いや絶対怒ってるって!」
「怒ってない! 本当に気にしてないから−−」
「大当たり〜っ!」
「「っ!」」
何故か意固地に怒っていないと主張する添木と口論をしていると、やかましい鈴の音と共に景気のいい声が辺りに響き渡る。振り返るとどうやらくじ引きで大当たりを引いた人が出たらしい。屋台の店主がゲーム機を客に渡していた。そして、そのゲーム機を受け取っていたのは……。
「先輩?」
背中まで伸ばした金色の髪が特徴的な、俺たちの仲間の心力使い。狩ノ上先輩だった。悠香や小清水、添木とは違って普通にジャージ姿の先輩は両手がビニール袋でふさがっているため、景品を受け取ったのは良いものの、かなり動きづらそうだ。そう思った俺は先輩に近づき声を掛ける。
「持ちましょうか?」
「お、伏島じゃねぇか! お前も来てたのか! どうした?」
「いえ、さっきの当たりの掛け声で先輩が居るって気づいて、景品を持ちにくそうだったので」
「お、サンキューな」
先輩が袋の一つを俺に手渡す。そして、気がつく。先輩が持っている袋が全てゲーム機で埋め尽くされているという事が。
「なんですか……? これ?」
「くじ引きの景品だ」
「相変わらずですね」
「何故それで納得しているのか、全く理解が出来ないのだけれど……」
俺と先輩が話していると、添木が呆れたような顔で話に割り込んでくる。
「おっ、添木も居たのか。なんだ〜? 二人っきりで夏祭りに来るなんて随分とお盛んなこったなぁ」
「ち、違いますよ! 俺は悠香の頼みでかき氷買いに来て、その途中で添木に会っただけで」
「何焦ってるの?」
「ハハハッ! 冗談だよ。添木はそういうの興味なさそうだし、伏島はそんな勇気がなさそうだしな」
「んな適当な……」
先輩の決めつけに思わず呆れる。まあ確かにそんな勇気俺にはありませんけど! 女子にくっつかれたらそれだけでアワアワしますけど!
「私も、別にそういう事に興味が無い訳じゃない」
「ありゃ、そうなのか?」
「ええ。私にもそういう感情は普通にある」
「へぇ〜その割にはさっきの質問も落ち着いてたけどな」
「彼とは共に事件を解決する仲間。私の正義は色恋沙汰では鈍らない」
「だぞうだぞ? 伏島」
「すみませんね! 俺にはそんな立派なものが無くって!」
嬉しそうに俺をからかう先輩に対して半ばヤケクソになりながら答える。
「そうヤケになんなって。……それより……今は何処に向かってるんだ?」
「かき氷の屋台です。悠香に頼まれてるんで」
「あ、そう言えばそんな事言ってたな。なら……私が奢ってやろうか?」
「良いんですか? 夏祭り価格なんで大分高いと思いますよ?」
「良いんだよ。今日はこれでがっぽり稼いだからな。全部未使用品だし、適当な買い取り店で売ればどれだけ私の財布が潤うことか……。ヒッヒッヒ……」
意地の悪い笑みを浮かべる先輩。どうやら全て売り捌くつもりらしい。
「水を差すようで悪いのだけれど……こういうのを売るのって何か問題になったりしないのかしら?」
「さぁ? 今まで祭りのこういうのは当てたこと無いからな。売るのは初めてだ。なんかあるのか?」
「別に。多分問題は無いのだろうけれど……最近、転売とかって結構問題が多いから……」
「あ〜あ……」
先輩は納得したように声を上げる。実際俺も思い当たる節はあるけど……こういうのってちゃんとしたお店なら問題無いもんなんじゃないのか?
「じゃあ売るのは止めとくか! なんか面倒あっても嫌だし。てな訳で、伏島。お前にこれは全部やろう」
「えっ!? 良いんですか?」
「ああ。良いって良いって。私はこれ全部持ってるし、二つ目は要らん。ハッキリ言って部屋を圧迫するだけだ。その点、お前は一人暮らしだし、昨日お前の部屋見た感じ持ってないゲームも幾つかあるっぽいし有効活用するだろ」
「あ、ありがとうございます! うおっ! すげ〜!」
人生初の大量のゲームに思わずテンションが上がってしまう。
「…………」
「今度みんなで遊びましょう! 添木もな!」
「ええっ!」
俺の提案に添木は嬉しそうに微笑んだ。
「悠香〜っ! 買ってきたぞ〜!」
「あっ! スグ兄お疲れ〜! あっ、先輩と……誰?」
悠香たちが待っているところに帰ると、悠香は不思議そうに首を傾げる。そう言えば二人は一応初対面だったな。昨日は悠香も寝てたし。
「先輩、自己紹介お願いします」
「ああ。分かった。私は狩ノ上奈緒だ。能力は身体能力強化だ。お前の事は伏島からよく聞いてるよ。よろしくな」
「う、うい〜っす。よろしくおねがいしやっす」
先輩の自己紹介に対して、悠香はどことなく他人行儀だ。
「……なぁ伏島。コイツいつもこんな感じなのか?」
「あ、先輩が結構押せ押せな性格してるんで緊張してるだけだと思います。コイツ人見知りなんで」
「スグ兄はなんでそんな簡単に人の性格をバラすの!」
「痛っ!」
「あ〜伏島から話を聞いてるときからなんとなくそうだと思ってたからそんなに気にすんな」
「え? スグ兄何話したの?」
「それは……秘密だ」
「えーっ! なにそれ! 教えてよ〜!」
「嫌だ!」
悠香の話とは当然、昨日のいざこざの事だ。一応先輩には悠香の記憶については話をしないように言ってある。当然、悠香にその内容を伝えることは出来ない。
「ちぇ〜っ。スグ兄のケチ〜」
「…………」
「理亜ちゃん? どうかしたの?」
俺たちの会話をじっと見ている添木が何故か黙ってしまったのを、小清水が不思議そうな顔で聞く。
「私がロード・ヴァルキュリアを作ってから苦節八年。ついに私以外のメンバーが参入して仲良く話してると思うと……つい……!」
感極まった風な声で話すような添木。今のを仲良く話していると言えるのかどうかは正直疑問だが、本人が喜んでいるのだから変なツッコミも不要だろう。
「スグル。今、平気か?」
「え? どうしたんだ? 急に」
突然、俺の左腕の感覚がなくなりナナシが現れる。
「怨霊の反応だ。この反応。安倍晴明とも遜色が無い」
「……本当か? それ」
「勿論だ。だから急いで起きてきた」
「マジかよ……」
俺は思わず頭を抱える。あのレベルの怨霊がまだ居たなんて……。
「もし本当なら急いだほうが良い。今日は白犬祭のせいで多くの人がこの辺りを歩いている。被害が出る前に止めないと。ナナシ? その怨霊は何処に?」
「……」
「ナナシ? どうした?」
添木の言葉を聞いたナナシは突然黙り込んでしまう。どうした? 急がなきゃって時なのに。
「前言撤回だ。戦う必要は無くなった」
「え?」
「リア。今日は白犬祭の日だって言ったな?」
「ええ……。言ったけれど……」
「なら問題は無い。白犬祭の日はこの街に棲み着く微弱な怨霊たちが一箇所に集められ、あの世へと送られる。この反応はその副作用のような物だ。気にしなくていい」
「なんだ……。びっくりした……」
思わず胸を撫で下ろす。良かった……。またあんな強力な奴と戦うなんて正直ゴメンだ。
「悪かったな。騒がせて。折角の祭りだ。日頃の感謝も込めてサービスでもしてやろう」
「サービスって……何するんだ?」
「白犬祭は二百年前もやっていた。どうせ今年もやっているんだろう? 祭りの最後に」
そう言うナナシは少しニヤリと微笑んだ。
「うっわ〜っ! スグ兄見て見て! 花火があんな下にある!」
悠香が興奮したように俺の腕を掴みながら報告してくる。
「あ、ああ。そうだな……」
「お前ら、スグルの体を離すなよ。スグルの体から離れすぎると重力操作の範囲から外れてそのまま落ちるぞ」
「あ、は、はいっ!」
「ハハハハハッ! スッゲ〜! 私、こんな空高くに来んの初めてだ!」
ナナシの忠告に、小清水は緊張しながら、先輩は楽しそうに答える。そう。ナナシのサービスとは、俺たちを心力で持ち上げて貰い、上から花火を鑑賞するというものだった。実際それ自体はすごいありがたい。ありがたいのだが……。
「…………」
皆が皆落ちないために俺の体を掴んでくるのだ。そうすると当然……。
「どうした? 伏島。あっ! もしかして高いところが怖いのか〜?」
「っ! い、いやっ? そ、そんな事は……あ、ありませんよ?」
こうやって少し話すだけでも顔がすごい近くなるのだ。おかげでこんな会話をするだけでも緊張してしまう。
「そうか? まぁ良いか。あんま無理すんなよ」
「は、はいっ!」
なんとか動揺を隠しきる。ダメだっ! これやっぱり俺には刺激が強い! 俺は落ち着きを求め、悠香の方を見る。
「……? どうしたの? スグ兄?」
「いや? お前を見ると落ち着くなぁ……って思って」
「……なんか失礼な事考えてない?」
「……いや? そんな事は……無いぞ?」
「ハァ……まあ良いけど。存分に私のご尊顔を拝むが良い!」
「はいはい。ありが……ムグッ!」
突然、俺の顔が腕に覆われる。
「無理無理無理無理無理っ!」
「あの〜添木先輩? スグ兄が苦しそうなんで少し腕緩めてあげて貰って良いですか?」
「あ、ご、ごめんなさい」
「プハァッ! び、びっくりした……」
口周りが腕から開放され、思いっきり息を吸う。そう。コイツが俺の体に抱きついてくるのも、俺の緊張の原因の一つだった。
「あ、あの……添木さん? もう少し離れてくれると助かるのですが……」
「悪いけど……無理ね!」
ハッキリとそう言い切る添木。何故かドヤ顔だが、俺に抱きついているという体勢のせいで微妙に格好がつかない。
「そんなに高いのが怖いならなんで来たんだよ……」
「空を飛んで上から花火を見る。これに勝る経験なんて無い! たとえ怖くとも、このロマンから逃げるなんてありえない!」
「あ〜。そうですか。もう良いや。ならこの経験をしっかりと楽しんでくれ」
「ええっ!」
幽霊に高所……意外とコイツ弱点が多いな……。そんなことを思いながら、俺は空からの花火鑑賞を楽しんだ。




