第四十二話 贋神顕現
最近忙しいので投稿が遅れがちですが、遅れて投稿する時でも月曜の7時に投稿します。
次回は来週の月曜日です。
「ん?」
意識がはっきりすると、俺は落ち着いた色合いの和室に正座していた。……どこだ? ここ?
「起きたみたいだな。スグル」
「……ナナシか?」
しばらくなんだと辺りを見回していると、目の前に男がお茶をゆっくりとすすりながら現れる。浴衣のような服を着た男の皮膚は日焼けからか微妙に浅黒い。
「そりゃそうだ。お前もこの声には聞き覚えがあるだろう?」
「まぁそうだけど……。それがお前の本来の姿なのか?」
「そうだ。これが俺の魂の本来の姿。他者に魂を影響されていない肉体を得た時はこの姿になるはずだ」
「なるほど……」
最初はナナシの姿に違和感がありまくりだったが、コイツの偉そうな話し方を聞いていると確かにコイツはナナシなのだと実感する。
「それで? ここはどこなんだ?」
「ここはお前の魂の中だ」
「俺の?」
思わず辺りを見渡す。木で出来た棚、畳、ちゃぶ台、吊り下がった電球。典型的な日本家屋だ。……これが俺の魂の中?
「俺が住みやすいように改造しておいた。もともとはスグルの部屋の形をしていたぞ」
「……大丈夫なのか? それ」
「大丈夫だ……。多分」
「……」
不安だなぁ……。
「そんな事はどうでも良い。ついさっきユウカの記憶の消去が終わった。一応お前の母親の死因とかは話すなよ。何かがきっかけで記憶が戻る可能性がある」
「分かった。って……それだけのために呼び出したのか?」
「そんな事はない。スグル。心力を使ってみろ」
「え? これでいいか?」
ナナシに言われたとおり、指先に電気を溜める。
「そっちじゃない。”黒い方”だ」
「え? う〜ん……」
指先の電気を見つめ、黒くなれと念じる。しかし、電撃はうんともすんとも言わない。
「……」
「そう気にするな。進化した心力を初めから完璧に扱える人間は少ない。俺ですら最初は扱うのに−−」
「あ、出来た」
「……」
「……なんか……悪い」
黙ってしまったナナシになんとなくバツが悪くなる。
「ま、まあ良い。体を見てみろ」
「え?」
言われたとおりに目線を自分に向ける。俺の体には、稲妻のような光が刻み込まれていた。
「……なんだ? これ?」
「お前の魂が発露したものだ」
「……どういうこと……なんでしょうか?」
よく分からない説明をされ、思わず聞き返す。
「お前の大切な人……。今回はユウカだな、のことを侮辱されたお前は感情が激しく揺らされた。前に言っただろ? 感情の揺れは心力の進化に繋がると。ユウカのことが大切なお前にとって、今回の事はよっぽど怒りの琴線に触れたらしい」
「……」
ナナシの言葉に俺は思わず黙る。確かに悠香のことを大切には思っているが他人にそう言われるのはなんだか気恥ずかしい。
「その結果、お前の心力は大きく進化した。それは、神の力を最大限使えるようになった証拠だ。『贋神顕現』二百年前はそう呼ばれていた」
「贋神顕現……」
「誇っていいぞ。お前は三週間でその境地に至った。二百年前と比べても異常な速度だ」
珍しく素直に褒めてくれるナナシ。それだけすごいことなのだろう。
「なあ。ナナシ、お前もこれ使えるのか?」
「もちろんだ。ただ、魂の回復が追いついてないから今は使えないけどな」
「なるほどな〜。ん?」
なかなか難儀なことだと思っていると、周りの景色が薄くなってくる。それに合わせるように、俺の体も薄くなっていってる。
「そろそろ時間だな。どうやらもう朝らしい。それと……」
「どうした?」
「ユウカの魂が大分不安定になっていた。お前の母親の事、というよりはユノハナに襲われたことの恐怖みたいだな。しっかりとフォローしてやれよ」
「ああ。分かった。ありがとうな。最後まで」
「気にするな。元々お前の大切な人間を守るって約束だ。今回は特に何も……」
ナナシは途中で口を閉ざす。その視界の先には、既に誰も居なかった。
「間に合わなかったな……。さて、眠るとするか」
「……」
ナナシとの話の途中で視界が切り替わり、現実世界で目を覚ます。目の前にはぐっすりと眠っている悠香の顔。それに思わずドキッとする。ほんっとこうやって大人しくしていると可愛いんだけどな……。そう思いながら起き上がろうとした所、腕に抵抗を感じる。腕に目をやると、悠香が俺の腕をガッツリと掴んでいた。
「……」
え? コイツずっと俺の腕掴んでたの? ……確かに微妙に腕がしびれている感じがする。
「う〜ん……」
そんなふうに混乱していると、悠香がうめき声を上げながら目を開ける。
「起こしちまったか?」
「ううん……。大丈夫。くぁ〜……。よく寝た〜」
「……」
満足そうに大きく伸びをする悠香。その顔は昨日の寝る前とは大きく違い、晴れ晴れとしている。どうやら本当に記憶が無くなっているらしい。
「ん? どうかしたの?」
「いや、なんでもない。それよりもさっさと朝ごはん食べようぜ。腹減った」
「ん〜。私ジャムね〜」
「残念だったな。俺は朝はご飯派だ。食パンなんて存在しない」
「え〜」
適当に悠香をごまかし、俺はキッチンに向かった。
「あ〜味噌汁うめぇ〜。たまには朝から和食も良いね〜。スグ兄毎朝こんな朝食なの?」
「休日だけな。学校ある日は時間が無いから適当に十秒チャージとかで済ましてる」
「え? そんだけ? お腹空かないの?」
悠香は驚いたように目を見開く。俺とは違ってしっかり毎朝食べているのだろう。
「空く。だから授業の合間に適当にパンとか食ってる」
「それはもう朝はパン派と言っても良いのでは……?」
「……そういえばいつから学校再開するんだろうな」
「あ、ごまかした」
「うるせぇ」
俺は味噌汁を一気に飲み干し、悠香の問答を断ち切った。
「そういえばさ、スグ兄」
「どうした?」
「昨日のことなんだけどさ」
「……どうした?」
昨日の事が悠香の口から出て、一瞬動揺する。どうした? ナナシの記憶処理が上手くいっていないのか?
「スグ兄の心力どうしちゃったの? なんか真っ黒になってたけど」
「え?」
「だーかーら! スグ兄の電撃のことだってば! なんか真っ黒になってたじゃん!」
「あ、ああ……。そのことか……。びっくりした……」
てっきりナナシが失敗でもしたのかと思った。……後で謝っておこう。
「どうしたの? スグ兄? なんかさっきから急に変じゃない?」
「あっ! え〜っと……気にしなくていい。それよりも電撃のことだよな?」
「うん。なんか真っ黒になってたから気になって」
「……秘密だ」
悠香の思いを踏みにじられたから俺の心力は進化した。だが、それを悠香に知られたら確実にコイツは調子に乗る。それだけは絶対にゴメンだ。
「えーっ! スグ兄のケチ〜! なんで教えてくれないの? 教えてくれたっていいじゃん!」
「嫌だ。それよりもさっさと飯食え。冷めるぞ」
「あ、やだ〜。せっかくのお朝食が冷めてしまいますわ〜。早く食べないと〜」
ふざけながらも、悠香はそそくさと朝食を口に運び始めた。
「……寒い……」
町外れに居る路地裏で少女は静かにそう呟く。路地裏は月光で照らされ、少女の長い銀髪が美しく照らされる。普通の人が少女を目にしたら、人々は思わず息を呑むだろう。しかし、その場には少女よりも目を引くものがあった。辺り一帯を覆う白い氷。そしてその中で情けなく固まっている屈強な男。
少女の呟きはそれらの氷が原因だったのだろう。もっとも、その氷を作り出したのは少女自身であるのだが。
「おお……寒いな……。ゴホッゴホッ! これ、お前が全部やったのか?」
「っ!」
そんな少女の前に突然現れる白髪の男。それに少女は驚いたように飛び退く。
「……どうして凍らないの? 普通の人間なら一瞬で凍るはず」
「……随分と殺意の高い心力を持ってるんだな。おい。答えは……そうだな。俺も普通の人間じゃない。お前みたいにな。ゴホッゴホッ!」
警戒するように話す少女に対し、白髪の男は不敵な笑みを浮かべながら答える。
「……貴方は誰? 私に何の用?」
「そう警戒すんなよ? 俺は日ノ神禍津。同じ思いを持つお前を、勧誘しに来た」
「勧誘?」
「ああ。お前は今、人を殺しただろ? 殺したとき、どう感じた?」
日ノ神は楽しそうに少女に対して言い寄る。
「別に」
「……」
「何?」
少女の返答を聞いた日ノ神は楽しそうな表情から一転、つまらなそうな表情で黙り込む。そしてもと来た道を振り返り--
「やめだ、やめだ!」
とくだらなくなったように叫ぶ。
「お前は見込み違いだった。ゴホッゴホッ! ここ数日、お前の仕業であろう氷像の事件が多発していた」
「……」
「あんなに短期間で人を殺すような奴だ。俺みたいに、物を壊すことに楽しみを見出すような奴だと思っていたが……」
日ノ神はチラリと少女を見る。そして再び落胆したように息を吐く。
「お前は違うみたいだな。なら、話は終わりだ。俺が探してるのは何かを壊すことに楽しみを見いだせる奴だ。俺の願いに賛同出来る奴だ。お前みたいな破壊を楽しめない奴じゃない」
「……」
「ッチ! 反論も無しか。ゴホッ、ゴホッ! それじゃあな。せいぜいなんの楽しみも無いつまらない人生を歩んでいけ」
最後に捨て台詞を吐きながらその場を後にする日ノ神。しかし--
「待って」
その場を去ろうとする日ノ神の手を、少女が掴む。
「なんだ?」
「そんなに楽しいの? 何かを壊すのは」
「そうだな。俺は持病を持っててな、それのせいでずっとイライラしていたんだ。それを抑えようと色々試した。美味いって言われる物を食ったり、ゲームをしたり、思いっきり体を動かしたり。それでもこの苛立ちを抑えることは出来なかった。多分俺はそういう権利を尽く奪われたんだろう。理由は知らないけどな。
そんな俺でも、何かを壊した時だけはそのイライラが収まって満たされた感じがするんだ。誰かの思いを、苦労を、努力を『壊す』。俺が思うにこれだけが全ての人間に与えられ、誰にも奪う事の出来ない権利なんだろう。それを捨てるなんて勿体ないと思わないか? だから、俺はこの権利を最後まで楽しむ! そう決めたんだ! ゴホッ、ゴホッ! ゴホッ……ゴホッ!」
うわ言のようにただひたすらに、しかし興奮したように話す日ノ神。その興奮のせいか、日ノ神は激しく咳き込む。そして一息ついてから少女に問いかける。
「分かったか? 俺が言いたいことは」
「ええ。よく分かった」
「そうか? なら--」
「貴方が言葉で何かを表現するのが苦手な人間だということが」
「……」
日ノ神は出鼻をくじかれ、不機嫌そうに黙り込む。
「だけど……そんなに楽しいっていうのなら、私にも教えて欲しい。その楽しさを」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「私は今まで何かに熱中したり、楽しみに感じた事が無い。だから、貴方みたいに熱中する物がある人が少し……羨ましい」
「そういうものか?」
「そういうもの。それに……確かに貴方の説明は全く意味が分からなかったけれど……それでも貴方は本当にそれを楽しみに生きているって分かった。そんな貴方についていけば、私も少しは楽しいって思えるものを見つけられうかもしれない。そう思ったの」
「なるほどな」
日ノ神は少女の言葉を聞き、満足そうに笑う。
「さっきは見込み違いって言ったが、少しは見込みがあるみたいだな。お前、名前は?」
「涼音。白雪涼音」
「それじゃあ白雪。お前はこれから俺の仲間だ。一応俺がリーダーだがそんなに気にしなくていい。早速本拠地に招待してやる。それと……訂正だ。もう一つ好きなことがあった。掴まれ」
「?」
日ノ神が差し出した腕をおずおずと掴む白雪。
「離すなよ?」
「え? ちょっ!」
瞬間、白雪の視界が大きく開ける。足元には、ポツポツと電灯が光る夜の街。
「うわぁ〜」
「空は良いだろ? 邪魔な物が何一つ存在しない」
「キレイ……」
「だろ? 俺の心力だからこそ出来る--」
「よろしく! 禍津君!」
「……」
先程とは一転ワクワクとした表情を見せながら挨拶をする白雪。
「よし! それじゃあ行くか!」
「うん!」
日ノ神に連れられ、二人は日ノ神の活動の本拠地へと向かった。
さあ行こう。新たな楽しみを知るために。
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