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第四十話 覚悟

次回の投稿は9月5日予定です。

追記 間に合わなかったので12日の七時に投稿します

「なん……で……」



 俺の心が読めなかった事が疑問だったのか、湯ノ花は苦しそうに声を発する。



「まだ意識があるのか……。しぶといな……」

「ウフフ……。私の愛の力を舐めないでね? 私は目的を達成するまで絶対諦めないんだから」

「チッ……」



 舌打ちしながら、倒れた湯ノ花を無視し、俺は悠香の元へ歩いていく。



「大丈夫か? 悠香」

「う、うん……。ス、スグ兄は?」



 そう言う悠香の視線は血で真っ赤に染まり、ぐちゃぐちゃになった左腕に向けられていた。



「ん? まぁ……後でナナシが治してくれるから大丈夫だろ。今は動かせないけど」

「ご、ごめんなさ……」

「謝んなよ。お前のせいじゃ……。チッ」

「ギャッ!」



 話している途中で発動した危険感知の方向に向けて電撃を放つ。すると、短い叫び声が聞こえる。そして、ナイフが地面に落ちた音。



「おい……。どういうつもりだ?」

「言ったでしょ? 私は目的を達成するまで諦めないって」

「そうかよ」

「ウッ!」



 今度こそ完全に意識を断つつもりで電撃を放つ。しかし−−



「?」

「無駄だよ? 私は死ぬまで絶対に意識を失わない。そして死ぬまで一生あなた達の事を狙い続ける。もし止めて欲しかったら、私を殺すしか無いよ?」

「馬鹿か。そんな事しねぇよ。お前は添木父に引き渡す。この怪我のおかげで現行犯逮捕だろ。そしたらお前は俺に会いに来ることなんて出来ねぇだろ」

「甘いよ〜? 優くん。私が捕まったとして、いつかは必ずまた外に出てくるよ? そしたら、私は必ずあなたの事を狙う。優くんにずっと周りを警戒するなんて出来る?」

「……」



 思わず口を閉ざす。確かにコイツの言葉には一理ある。……だが、俺には危険感知がある。これがあればずっと警戒する事も不可能じゃない。



「それだけじゃない。もし私が悠香ちゃんを狙ったら? 優くんがずっと悠香ちゃんに着いてく? それをしたとして急に襲われたときに対応できる?」

「……何が言いたい」

「ウフフッ……。私を殺したほうが良いよって言ってるの」

「……お前に自殺願望があったなんて驚きだな」



 突然の湯ノ花の提案に思わず動揺。しかし、それを表に出さないように話を続ける。



「アハハ……。優くんは分かりやすいね〜。そんなにびっくりしちゃった?」

「ッチ! ふざけやがって……」

「ふざけてなんて無いよ? 私は本気で優くんにオススメしてる」

「何が目的だ? 俺に苦しい思いをして欲しいんじゃないのか?」



 さっきまで俺を殺そうとしてた癖に、今度は俺に殺せって言ってるんだ。流石に違和感を感じる。



「ん? そうだよ? だから、優くんに殺して欲しいの。優くんはとっても優しいから、私を殺した事をきっと後悔する。ずっと人を殺したって罪悪感に苛まれて、きっとき〜っと可愛い顔をしてくれる! それを私は死んだ後に天国からでも、地獄からでもゆっくりと見てあげる!」

「バカか。そんな事言われてお前を殺すと思うか?」



 元々コイツを殺すつもりなんて無い。だが、コイツの思い通りに動くなんて絶対にゴメンだ。



「うん! 優くんは私を絶対殺すよ? だって……私はあなたのことを誰よりも知ってるんだから!」

「あ……あ、あ……」

「……悠香?」



 湯ノ花が言い終わった途端、悠香の様子がおかしくなる。目の焦点が定まらなくなり、口からは変な声を上げている。



「おいっ……! 悠香に何をした?」



 湯ノ花の胸ぐらを掴み、脅すように問いかける。右腕の傷口がズキリと痛むが、そんな事は今は無視だ。



「フフフッ! 私の心力だよ? 人に幻覚を見せるの。優くんも心当たりはあるんじゃない?」



 おそらく、湯ノ花が俺の家に乗り込んできたときの事、そしてさっきこの場に蔓延していた煙の事だろう。確かに、湯ノ花の右足からは、ピンク色のオーラが立ち上っている。コイツ……さっきまで何回も俺が電撃で攻撃してるのにまだ心力を持ってるのか……。



「そんな事はどうでもいい。悠香に何を見せてるかは分からないが……さっさとその幻覚とやらを止めろ」

「嫌だって言ったら?」

「無理矢理にでも止めてやる」



 言うと同時に湯ノ花を掴んでいる腕から電気を流す。と言っても死ぬような強力な電気ではない。ゆっくり、じっくりと追い詰めるように魂にダメージを与えていく。



「クッ……。でも……甘いよ? 優くん……。そんな悠長にしてると……手遅れになっちゃうよ?」

「なんだと?」

「特別に見せてあげるね? 悠香ちゃんが何を見ているのか」

「ふざけるな!」



 直後、辺りに響き渡る怒号。音の出どころを探ろうと辺りを見回す俺の目がある一点にとどまる。


 俺と全く同じ髪色。十年前は俺よりも遥かに大きかったはずの後ろ姿。今となっては大分小さく見えるそれはしかし……決して忘れることのない−−


 母さんの姿だった。





「……」

「アハハッ! びっくりしたでしょ? 良かったね? お母さんに会えて」



 予想外の情景に思わず黙ってしまう俺を見て、湯ノ花は愉快そうに笑う。だが、そんな言葉は俺の耳には入ってこなかった。



「お前のせいでッ! 私は……私はッ! もっと優と居たかった! なのに……なんでお前はそんなのうのうと生きていられる! なんで……なんでッ優から離れずに居られるッ!」



 生前、聞くことが無かった程の大声。それに対し悠香は



「ち、違っ……。そんなつもりじゃ……」



 と怯えた表情。先程までの落ち着きは完全に息を潜めていた。



「どう? 十年前のお母さんを幻覚で呼び出したの。そっくりでしょ?」

「ふざけんなよ……。お前……。そもそも母さんはこんな事言う人じゃねぇ」

「どうかな? 少なくとも悠香ちゃんはそれを分かってないみたいだよ?」



 趣味が悪いなんてものじゃない。悠香のトラウマを狙い撃った幻覚に、怒りが抑えられなくなりそうになる。だが、ここで怒りに身を任せればコイツの思うツボだ。


 そう考え、必死に怒りを抑える。悠香には悪いがこのまま耐えてもらって湯ノ花の意識を失うのを待とう。



「だから……考えが甘いよ? 優くん。悠香ちゃんの手、見てみて? オーラが大きくなってるよ?」

「だからなんだ」

「透くんによると、オーラの大きさってその心力の強さを現してるらしいよ? 悠香ちゃん、あんなに心力が強くなって……魂がもつかな?」

「……っ! 湯ノ花! 幻覚を止めろ!」

「嫌だよ〜。これは悠香ちゃんと優くんとの我慢比べ、悠香ちゃんが暴走するのが先か、優くんが耐えられなくなって私を殺しちゃうのか先か。どっちにしても優くんの苦しむ姿が見れるから、私にとっては大歓迎だけどね!」

「……このッ!」



 再び電撃の威力を上げるが、湯ノ花の顔が少し歪むだけで、それ以上の効果は見られない。


 どうする? さっきから湯ノ花にこれだけ電撃を流し続けてる。だが、心力が消える素振りすら無い。……それほどコイツの意思が強いってことだ。いつ終わりが見えるか分かったものじゃない。それでもこの攻撃を続けるか? 悠香がどれくらいもつのかも分からないのに?


 ダメだ。リスクが大きすぎる。悠香の魂はもう限界寸前だ。そんな中で暴走したら死んでもおかしくない。そもそも、暴走した悠香を止める手立てがない。


 なら……殺すか?


 頭の中をフッ……とそんな考えがよぎる。コイツを殺したら、幻覚は確実に解ける。その時のデメリットは俺が苦しむだけ。それも、湯ノ花が言っただけだ。本当にそうなるのかも分からない。



「……」



 悠香の方に目をやる。その右手には、先程よりも大きなオーラが纏われていた、そして、その表情は苦痛に歪んでいる。


 悠香は今必死になって耐えてる。それなのに、俺の我儘で悠香の苦しみを長引かせて良いのか?


 ダメだ。俺は悠香を助けるって約束したんだ。こんな簡単に諦めちゃ……



「スゥ……」



 大きく息を吸う。悠香が俺の母さんの事で十年も苦しんだ。それを助けるって決めたんだ。なら……俺がこんな事で怯えるなんてダメなんだ。悠香のために、俺も背負わないと……。



「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ!」

「ほらほら、頑張って!」



 指先に電撃を溜めると同時に呼吸が荒くなる。それを見た湯ノ花は嬉しそうに声をかけてくる。



「うおぉぉぉぉぉぉっ!」



 指先の電撃を放とうとした、その瞬間銃声が辺りに鳴り響いて、体に激痛が走る。



「アガッ!」



 衝撃で体が地面を転がる。なんだ!? 何が起きた!?



「間に合ったみたいだな」

「大門……さん? なんで?」



 直ぐ側に銃を持った大門さんが立っており、こちらを見ていた。



「満から連絡を受けた。小清水からお前のピンチを受けたから助けてやれってな」

「なるほど……って湯ノ花は!?」



 慌てて体を起こし、湯ノ花が元いた所を見る。すると、そこには倒れている湯ノ花と悠香の姿。



「二人共寝かしておいた。お前は魂を傷つける弾丸で撃ったけどな。それよりも……」

「アダっ! 何するんですか!」

「馬鹿野郎」



 銃で軽く俺の頭をはたかれる。腕の痛みよりはマシだが、それでも痛いものは痛い。



「お前、アイツを殺すつもりだっただろ」

「……」

「はぁ……やっぱりな。いいか? 伏島。”そういう事”は俺ら大人に任せろ。人を殺すのはお前が思ってるよりもずっと後悔するぞ」

「でも……」

「でもじゃねぇ。これは体験からの忠告だ。俺も満も似たような経験があるが、お前が思ってるよりもずっと大変だ。満なんて一ヶ月は寝込むことになったしな」

「一ヶ月!?」



 まさかの事実に大声が口を突いて出る。



「そうだ。最悪ナナシでも良い。お前が手を下すことは避けろ。分かったか?」

「……はい」



 経験の事を言われたら引き下がるを得ない。俺は渋々引き下がった。



「よし。それじゃあ帰るか。俺はこの女を持ってくから、伏島は悠香を……。?」



 大門さんが湯ノ花の体を持ち上げようとすると、不思議そうな顔をする。湯ノ花の体が全く動かなかったからだ。



「湯ノ花は置いていって貰うぞ。その子は私達カノン・リールズの大切なメンバーだ。失うわけにはいかない」

「カノン……リールズ?」



 そこにはカノン・リールズのリーダー。剣崎とその仲間の勝浦が立っていた。



「お。お前らが例のカノン・リールズか。わざわざ捕まりに来てくれたのか。ありがたいな」

「フム……。それはこれを見ても言ってられるのか?」

「なっ!」



 そこには、前回の数倍の光弾が浮かんでいた。嘘だろ……。前のでも数が多かったのにこんな数……。



「大門さん。湯ノ花は諦めて逃げましょう! 悠香が助かっただけでも十分です!」

「馬鹿か。敵を一人減らせるチャンスをみすみす逃す程俺は優しくねぇよ。お前は傷が深いから俺に任せとけ。さっさと片付る」

「フム……逃亡ではなく敵対を選ぶか……。まぁ良い。それなら君たちを殺してから湯ノ花を助けるとしよう」

「前の同業者をけしかけた上でそんなに自信満々って事は、アイツよりはよっぽど強いんだろうな?」



 大門さんの持っている銃が鎖刀へと形を変えて、じゃらりと音をたてた。



「ああ。その上、最近の訓練のおかげで私の心力は進化した。お前相手だとしても十分に対応出来るだろう」

「そうかよッ!」



 剣崎の光弾と、凍砂が同時に動き出す。一方は大量の光弾が群となって凍砂を襲い、一方はその全てを鎖刀を用いて弾いていく。



「流石だな! 高藤を倒しただけはある! なら、これはどうだ?」

「ッ!?」



 光弾が軌道を変え、全方位からの光弾が凍砂を襲う!



「チッ!」



 凍砂は万火廣を大きく変形させ、鉄の壁を作り光弾を防ぐ。



「ほう……。やはりその武器。なかなか便利そうだ。仁!」

「了解」



 返事と同時に勝浦の背後からオーラが立ち上る。



(アイツの能力は固定だったか……? さて……何を固定したのやら……。?)



 それを確かめるために凍砂は万火廣を変形させようとしたが、何も起こらない。



「なるほどな……」

「お、気がついたかな? そうだよ。大門くんの万火廣の形状を固定したんだ。これでもう、その小さな鎖刀しか使えない」

「そうか……。フッ!」



 勝浦の自慢げな言葉を聞き終わると同時に凍砂は走り出す!



「無駄だ! 君の動きは先日の戦闘で全て把握している。この光弾を全て避けてこちらに到達するなど−−」

「悪いが、余裕だ」



 視界を覆い尽くす程の多数の光弾。凍砂はそれらを全て避けながら、二人に向かって肉薄する。



「おらよっと!」



 景気の良い掛け声と共に、鎖刀が振るわれる!



「残念だったな。光弾を全て掻い潜ってきたことには少々驚いたが、それだけでは不十分なのだよ」



 勝浦の空気の固定によって鎖刀の攻撃を凌いだ剣崎は、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。しかし−−



「不十分なのはそっちも同じだな!」

「なっ!」



 凍砂が再び振るった鎖刀はけたたましい音と同時に空気の固定を破壊し、そのまま二人を両断する!



「……どうやった?」

「何がだ?」

「お前の動きは先日の戦いで把握していた。だが、お前の動きはそれ以上の物だった。どうやった?」

「ああ。そういうことか……。あの日は酔ってたからな。そりゃ動きも悪くなってるさ」

「ハハハハハッ! そうか! 今回は私の油断がもたらした敗北だ! 大人しく湯ノ花を引き渡すとしよう!」



 愉快そうに笑いながら、剣崎と勝浦は泥のように溶け、その姿を消していった。

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