第三十八話 覚醒
次回は8月22日投稿予定です。
「……帰るか」
こんな所で待っててもどうしようもない。怪我の方も大分キツくなってきた。添木父に事後処理とか色々頼まないと……。
「すごいねぇ〜!」
「ッ!」
どこからともなく、拍手と共にそんな声が響く。つい先程までの悠香の暴走。そのきっかけを作った湯ノ花の声だ。
「十数年も一緒に居るとやっぱり違うんだねぇ〜! 本当に悠香ちゃんを助けちゃうなんて……。知ってる? 暴走した人を戻すのって、すっごく難しいんだよ! 透くんが言ってた!」
透くん……恐らく剣崎のことだろう。だが、そんな俺の考えをよそに湯ノ花は興奮したように続ける。
「優くん! とってもカッコよかったよ! 悠香ちゃんのために必死に戦って、ボロボロになって……それでも最後には悠香ちゃんを助けて−−」
「チッ!」
「うわっ!」
「外したか……」
湯ノ花の足元に向かって放たれた電撃だったが、当たる前に、湯ノ花が飛び上がり避けられる。
「もうッ! 何するのっ!」
「うるさい。黙れ。こっちはお前のせいで大変な目に会ってるんだ。お前の話に付き合ってるつもりなんて無い。俺の前から居なくなるなら許してやる。さっさと消えろ」
出来るだけ威圧するような低い声で話す。正直もう怪我のせいで俺の体は限界だ。出来ることならこのまま帰らせてこの場をやり過ごしたい。
「え〜っ!? 嫌だよっ! せっかく会えたのに……」
「大体……お前の目的はなんだ? 俺を倒すのがカノン・リールズの目的なんじゃないのか?」
湯ノ花は俺に対しては一貫して好意的な反応を示している。さっきからコイツのやりたいことが分からない。
「ん? それはカノン・リールズの目標でしょ? 確かに私もカノン・リールズの一員になってるけど……最初は優くんが仲間になるって言ってたから入ったの。なのに……優くんが強すぎるからって……透くんが殺すって……。だから……フフッ」
不気味に笑う湯ノ花に対して、思わず身構える。しかしそんな俺を無視して、湯ノ花は続ける。
「優くんのことは、私が殺すことにしたの!」
「……は?」
「だってね! あの人達、優くんの事ただ殺そうとしてたんだよ! そんなのもったいないでしょ!? 優くんは気づいてないかもしれないけど……優くんはとっても魅力的なの! 小三、中一、中三の時に引いた風邪は特に辛そうだったよね〜! あ! 中二の時に悠香ちゃんが転んだのを助けて骨折した時はもっと辛そうだったね! 後は……夏休みに響也君に好きな漫画のネタバレされた時の怒った顔も可愛かったよ!」
「……ッ!」
思わず、ゾッとする。俺が少し酷い風邪を引いた時期も、骨折の時期も、最近響也にネタバレを食らった事も、全て事実だった。
なんでそんな事を知っているのかと、背筋に悪寒が走る。
だが、そんな俺をお構いなしに、湯ノ花は話し続ける。
「私は、そんな優くんの事がとってもとっても大好きなの! だけど……優くんはきっといつか透くんに殺されちゃう。でも、私にそれを止められる力は無い。だから……私が! 優くんを最後に、とっても、とっっっっても魅力的にしてから殺してあげるね!」
そう言ってこちらを見つめているはずの湯ノ花の瞳は、何か素晴らしい物を見ているように爛々と輝いた。言葉は通じるはずなのに、話が全く通じない。そんな雰囲気が溢れ出ていた。
「でも……ちょっと残念だったな〜。せっかく優くんのお母さんの事教えてあげて、悠香ちゃんを暴走させられたのに、簡単に収まっちゃうんだもん。もっと優くんが苦しむ姿が見たかったのにな〜。あっ! もちろん、優くんが頑張る姿もカッコよかったよ! ただ、簡単に暴走を収めっちゃった悠香ちゃ−−」
気がついたら、湯ノ花の頬を電撃が掠めていた。考えるよりも先に、体が動いていた。
「ふざけんなよ……お前」
「ん? 何が?」
「お前が俺に伝えた事実は、悠香が十年間、必死に隠してきた物だ。苦しくても、辛くても、それに耐えながら隠してきた物だ。お前はそれを踏みにじった! 分かるか?」
「そんなのどうでも良いよ。私が興味を持ってるのは、優くんの事だけ」
「ッ!」
なんでもないように言う湯ノ花の様子に、更に怒りが募る。
そんな俺の心を現したように、右手のオーラが大きくなり、線状に形を持つ。
「?」
「それだけじゃない。アイツは俺を信じてくれた。そこにどれだけの覚悟があったのか……。それを簡単って言うのなら……」
形をもったオーラが、俺の体に纏わりつき、稲妻のようなジグザグとした模様を描く。
「アイツの代わりに、俺がお前をぶっ飛ばしてやる」
「ッ!」
その決意を示すように、俺は電撃を放った。その電撃は、俺の感情に引っ張られたように真っ黒だった。
「ゴホッ、ゴホッ!」
地面に当たった電撃が、大きな音をたてて爆発する。煙が巻き起こり、湯ノ花の姿が見えなくなる。
冷たい空気が急激に口の中に入り、思わず咳き込みながらも、俺は万能感に包まれる。
そうか……これが……。
俺は先日の入院中、小清水の相談でナナシが話してた事を思い出していた。
(心力は魂の一部だ。怒り、憎しみ、喜び、恐怖。強い感情は魂を揺さぶり、心力を進化へと促す)
今回の場合は怒りだろうか? 確かにあれだけ苛ついたのは初めてな気がする。
「まぁいいか……。今はアイツを……。ッ!」
瞬間、脇腹に危険を知らせるように電気が走る。
それに従うように、慌てて後ろに後退ると、俺が元居た所を銀色の光が一閃する。
「よいしょっと!」
(なるほど……。これが湯ノ花が悠香に渡した心力か……)
先程悠香の魂が取り込まれると同時に一緒にに取り込まれた心力。それは自身の危険を知らせるという物だった。
なるほど……。こういう感じか……。
「あれ〜? なんで当たってないの? 今の、死角だったよね?」
突然姿を現した湯ノ花は不思議そうな表情を浮かべる。その右手にはナイフが握られている。
「さあなッ!」
「わわッ! 危なッ!」
そんな湯ノ花に向けて電撃を放つ。しかし、湯ノ花はそれらを全て紙一重で避けていく。そして、電撃で巻き怒った煙の中に再び姿を消した。
クッソ……。なんでアレが避けられるんだよ!
「チッ!」
湯ノ花がどこに居るのか、周りを見渡すが煙の中ではその姿を捉えることは出来ない。
すると今度は背中に危険信号が走る。
「それに……優くんの電撃、どうしたの? 真っ黒になっちゃってるよ?」
「心力が進化したんだよ。どっかの誰かさんのおかげでな」
突き出されたナイフを躱しつつ、憎まれ口を叩く。
「えっ! それってもしかして私のこと!? もしかして私、優くんのためになった?!」
「そうかもなッ!」
投げやりな返事と同時に放たれた電撃。それは本来、人間では避けることの出来ないスピードだ。しかし−−
「わわッ!」
湯ノ花はふざけた声を上げながら、電撃を避けてくる。
「チッ!」
俺は悔しそうに舌打ちをする。だが……
「あっぶな〜! 優くんってば、急に攻撃してくるんだから……。そんなの私には当たらないよ!」
わざとなのか無意識なのか、湯ノ花は俺を煽るように話しかけてくる。だが……
「これならどうだ?」
「え?」
初めて困惑の声を上げる湯ノ花。その後ろには黒い光が迫ってきていた。
俺の電撃は曲げられる。湯ノ花がのんびりと話している内に、軌道を曲げて戻ってくるように命令しておいたのだ。
電撃は完全に湯ノ花の死角から動いてくる。これなら避けられるはずが……
「な〜んてね!」
「カハッ!」
途端に、鋭い衝撃が俺を襲い、手足がしびれる。湯ノ花が避けた電撃がそのまま俺の胸を貫いていた。足から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
……なんでだ? 視線は完全にこっちだった。見えるはずなんて……。
そんな俺の困惑に答えるように、ゆっくりと歩いてきた湯ノ花が嬉しそうに話す。
「そうだよね〜! そうだよね〜! 優くんは意外と負けず嫌いな所があるから、私に死角から攻撃されたら、同じように死角から攻撃するよね〜!」
……完全に読まれていた。いや、一撃目を避けられた時点でおかしいとは思っていた。
先輩のように身体能力を強化する心力を使っていたり、安倍晴明のような怨霊なら、あの電撃を避けられるのも分かる。
だが、湯ノ花の動きは一般人のそれだ。電撃を避けれるはずがない。
「びっくりした? いや、なんとなくは気づいてたんじゃないかな? 電撃を避けた時点で何かおかしいって。どっちかって言うと納得のほうが近いかな?」
「……」
自分の頭の中をピタリと言い当てられ、思わず黙り込む。……一体コイツは、どれだけ俺のことを知っているんだ?
「全部知ってるよ? 優くんのことは大好きだから。だからず〜っと見てきた。優くんの家がどこかも知ってたし、優くんの学校がどこかも知ってた。でも、それを透くんに教えちゃったら寝込みを簡単に襲われちゃうから、隠してたの」
「そりゃどーもッ!」
話している内に、手足のしびれが抜けたので、立ち上がる勢いで殴りつける。
「電撃が避けられるから、電撃よりも軌道が変えやすい殴りで対応する。優くんらしい考え方だね! でも−−」
「チッ!」
「優くんがどんなふうに殴るかなんて、私は優くん以上に知ってるよ?」
拳が空を切り、今度は足に危険信号が走る。殴りかかった体勢では避けることも出来ず……。
「ウグッ!」
足に鋭い痛みが走る。
クッソ! ただでさえ足はさっき怪我したから動かしにくいってのに!
「アハハッ! 優くん! スッゴクいい顔してるよ〜! 私、ドキドキしちゃう!」
「そうかよッ!」
言いながら、目を閉じる。電撃も、拳も避けられる。なら、攻撃力はなくても、当てに行く必要がない閃光でッ!
「わっ!」
驚いたような湯ノ花の声。よし! 今度は当たった!
目が見えない今なら……!
「クッソ……!」
突然胸元に走る危険信号。慌てて後ずさってから、目を開く。するとそこには、ナイフを突き出している湯ノ花の姿。
「もちろん、閃光の事も知ってるよ? 電撃も、攻撃も当たらない。なら、それよりも早くって、全範囲に届ける事が出来る閃光を使うよね! でも、優くんの事が分かりきってる私からしたら、目を閉じるだけで避けられる閃光は一番楽な攻撃だよ? それにしても……」
「?」
「優くん。さっきからすごい上手に避けるね! 優くんには避けられないように切ってるんだけど……。どうやってるの?」
「さあな……。お前の俺への理解が足りないんじゃないのか?」
「そんな訳ないよ! だって優くん今までまともな喧嘩すらやったこと無いでしょ! せいぜい悠香ちゃんにいたずらしてた人を止めようとしてボコボコにされたくらいで……しかも運動だってちょっと得意ってくらいで……それだけでこんなに避けられるはず無い!」
「……」
なんでそんな事まで知っているんだ……と、思わず絶句。
「あっ! これは別にボコボコにされてた優くんがダサかったって訳じゃないよ! そもそも多対一だったし、相手は上級生だったし、それに……頑張って悠香ちゃんのために立ち上がる優くんはカッコよかったし、ボコボコにされてる時の優くんが痛みで苦痛に歪む顔はとってもとっても可愛かったし……」
どこかズレた返事をしながら、恐ろしい早口でまくし立てる湯ノ花。その間に、俺は準備を進める。
「ん? どうしたの? 優くん」
「お前がぺちゃくちゃ喋ってるおかげで、準備が出来たよ。ありがとな」
「え?」
「落ちろ」
瞬間、湯ノ花の頭の上から、黒い雷が落ちてきた。




