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第三十話 依頼人

次の投稿は6月6日の午後七時の予定です

「よし。これで良いかな……」



 凍砂はパンっと自身の手を払う。その視線の先には意識を失った高藤とマキが倒れ込んでいた。その両手は結束バンドで結ばれている。そのまま凍砂は携帯を取り出し、どこかへと電話をかける。



「満か? 百四十万円。用意しとけ。あ? 報酬だよ。今二人倒して拘束したところだ。……そんなところで嘘ついたって仕方ないだろ……。で? いつまでに用意出来るんだ? 今すぐ? そりゃ良い。祝勝会だ。今から一緒に飲もうぜ。あ? ダメ? 仕事で忙しいって……お前今何時だと思ってるんだ? 十二時すぎだぞ? 警察ってそんなにブラックなのか?」



 満の仕事とは、当然凍砂が倒した二人の心力使いのことなのだが、まともな定職についたことのない凍砂はそんな事はてんで分かっていない。


 

「俺のせいって……そりゃねぇだろ……。あ? 俺も家に帰れって? は? 美奈が怒ってる? なんでお前がそんな事知ってるんだよ。……ハァ!? お前! 美奈に報酬の事話すとかどういう神経してるんだ!? さっさと帰らねぇと……。俺が殺されるっ!」



 怯えたようにさっさと携帯を切り、凍砂は背中から炎を噴射しながら空へと飛び上がった。






「あぁぁぁ〜……。イテェェェェ……」



 先輩と訓練をした翌日、俺は朝から悶ていた。理由はもちろん、先輩のランニングと大門さんの訓練である。もう全身の筋繊維が切れた。マジでプッツプツに切れた。正直今日はもう動きたくない。


 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、今日も面倒事は起きる。ベッドでダラダラと横になっていると久しぶりにナナシの声が頭の中に響く。



(スグル。マズイことになった)

(お。ナナシか……久しぶりだな……。どうしたんだ? 急に話しかけてきたかと思ったらマズイことって)



 抑揚無く話すナナシの声に、マズイと言ってもそこまで重要な事でも無いだろうと高を括り呑気な声で返事をする。



(お前の魂の主導権を奪えなくなった)



 端的に伝えられた情報に一瞬思考が固まり、そして――



「はぁぁぁぁぁぁっ!?」



 思わず大声が俺の口を突いて出た。






(つまり……俺たちがダメージを受けすぎたってことか?)



 ナナシの説明を受けた俺は、その言葉に納得し、落ち着く。


 ナナシからの説明は次の通りだった。


 一つ、俺の魂と違ってナナシの魂は肉体を持たないため回復までに時間がかかること。


 二つ、現在のナナシのように他人の魂の中に住み着く行為は住み着いた魂から拒絶反応のような物を受け、住み着いた者の魂を弱らせること。


 三つ、俺とナナシの間の魂の適正の差がありすぎて、その拒絶反応がひどく強くなっていること。


 これらに加え、連日の戦闘での魂の損傷により、ナナシの魂が限界まで弱ってしまったらしい。最近ナナシが話しかけてこなかったのはそれの治療に専念し、休眠を取っていたからだそうだ。しかし、その回復もまだ完全ではない。しばらくは一日に数時間、強制的に眠ってしまうらしく、その間は俺の魂の主導権を奪えなくなったとのことだ。


 よかった……。ナナシが完全に約立たずになったのかと思った……。別にコイツが悪いわけじゃないが……。コイツいつも俺たちが危なくなるまで戦いに参加しないからな……。ついに戦い自体に参加出来なくったのかと思った。



(そういうわけだ。ま、誰が悪いって訳でも無い。気にする必要はあるかもしれないが、そんなに落ち込むなよ)

(そうかもだけど……お前、更に戦えなくなって大丈夫なのか?)

(だから最初に言っただろ。マズイことになったって)

(お前さぁ……そんな大事な事だったらもうちょっと声に必死さ滲ませても良いと思うぞ?)



 あんな呑気な口調でこんな大事な話をされるとこっちの心臓がもたない。



(もう起きてしまったことだ。今更焦ったところで仕方ない。幸い、スグルは今あのイスナとか言うやつに訓練して貰っているんだろう? ある程度動けるようになれば、俺が居なくてもなんとかなることも増えるはずだ)

(そうかぁ……?)



 俺はナナシの楽観的な意見に微妙に不信感を募らせた。







「さて……君たちは誰からの依頼でこんな事をしたのかな……? さっさと話してくれると助かるんだけど」



 ナナシとの話をした後、俺たちは警察署の一角で、窓ガラス越しに何者かを尋問する添木父を見守っていた。



「話すと思いますか? いくら最近この仕事に就いたからと言って、依頼人の詳細を話すほど馬鹿ではありません」

「さっさと詳細を話す方が賢いと思うよ? 有用な情報を教えてくれたら情状酌量の余地とかなんかで罪とか軽くしてあげるからさ〜」



 ヘラヘラと男に交渉をする添木父。しかしその交渉は見たところ難航しているようだった。



「それで……なんで俺と小清水がここに呼ばれたんですか?」



 俺は右側に突っ立っている大門さんに話を聞く。言葉通り、先程添木父から急用があると言われて呼び出されたのだ。呼び出された先に小清水が居たときはどんな顔をすれば良いのかよく分からなかった。


 なんてったって社長令嬢様だ。俺みたいな一般庶民が急にそんな事実を知らされてもどうすれば良いのかなんて全く分からない。



「昨日あの後アイツともう一人に襲われたんだよ。どっちも心力使いだ。一応倒したんだが、同業者っぽくてな。誰からの依頼なのかを取り調べしているんだが……」



 話している大門さんの視線が窓ガラスの向こう側へと移る。



「全然話す様子が無いと……」

「その通りだ。そこで、魂の読み取りとやらが出来る小清水の出番ってわけだ。ソイツの能力を使って、俺の暗殺依頼をした犯人を聞き出そうって魂胆だ」

「なるほど。ってそれじゃなんで俺も呼び出されたんですか? 今の話だと俺関係無いですよね?」



 今日の目的はよく分かったが、その中に俺の存在が全く入っていない。別件だろうか?



「そうだ。お前……っていうかお前の中に居るナナシ? だな。ソイツに二人を診て欲しい。多分大丈夫だと思うが……心力をまだ使えたりしないかの確認がしたい。今そういうのを出来るやつが二日酔いでダウンしててな」

「今忙しいんじゃないんですか? 何やってるんですか……」



 思わず呆れたため息が漏れる。ため息を漏らしながらも俺はナナシに話しかける。



(おい。ナナシ。久しぶりの仕事だぞ。起きろ)

「なんだ? 妙に偉そうだな……」



 呼び出すと、不満そうな口調のナナシが俺の腕から生えてくる。



「それがナナシか……。本当に腕から生えてくるんだな……」



 大門さんは興味深そうに目を細める。しかしナナシ自身はさほど興味がないのか、どうでも良さそうに話し始める。



「それで……あの男に心力があるのかどうか調べてほしいわけだな?」

「ああ。よろしく頼む。小清水も、アイツの魂読み取れそうか?」

「……」

「小清水?」

「……え? あっ。う、うん! やってみるね?」



 俺が話しかけると、窓ガラス越しに行われる取り調べを凝視していた小清水がハッとしたように我に帰る。そして目を閉じ、左手からオーラを発する。


 こういうのが好きなのだろうか?



「こっちはもう終わったぞ。確かに少し前までは心力を使えるようだったが、今はただの人間だ。もう気にしなくていい。その奥に居る女も同様だ」

「え? 女?」



 俺は辺りを見回す。しかし、辺りには小清水以外の女性は見当たらない。誰のことだろうかと思っていると、大門さんが教えてくれる。



「あの男の仲間だ。後で聞こうかと思ってたんだが……見えて無くても分かるんだな。ま、手間が省けて助かった」

「それなら良かった。それじゃ、俺はもう帰るぞ。治療の続きをしないといけないからな」

「ああ。悪いな、呼び出しちまって」



 その返事に何も返さず、そのままナナシは消えていった。すると……


「あっ……」



 と意識を集中させていた小清水が小さく声を漏らす。



「どうした? なにか分かったのか?」

「うん! 依頼人が分かったよ!」



 何か大事な情報を掴んのか、小清水は珍しく興奮気味だ。



「その様子だと……俺たちも知ってる人か?」

「うん! 依頼人はカノン・リールズの剣崎さん! もしかしたらここからあの人達を追い詰められるかも……」

「ホントか! それじゃあ大手柄じゃないか! やったな!」

「うん! やったよ!」



 役に立てたことがよほど嬉しいのか、小清水は俺の手を掴んで、ピョンピョンと全身で喜びを表現する。



「お、おう……」



 そんな小清水から俺は思わず目を背ける。何がとは言わないが、ジャンプに合わせて揺れていたので、目のやり場に困る……。



「盛り上がってるところ悪いが、それ以上のことが分からないとあんまり意味が無いぞ。何か追加の情報を読み取れると助かるんだが……」

「あっ! そ、そうですね……。今やってみます……」



 そう言うと、小清水は改めて目を閉じる。その横顔を見て、本当に美人だな〜と感じる。これで社長令嬢なんだと言うのだから、本当に高嶺の花みたいな存在だ。



「終わりました」

「どうだ? なにか分かったか?」



 そんな呑気な事を考えていると、小清水が心力を解除し、目を開く。



「うん……一応色々分かった……と思う。あの人が剣崎さんから接触されたのが一昨日かな。その時はなんか変な能力が身についたって思っていただけらしいんだけど……その時に剣崎さんに勧誘されて……って感じみたい」

「なるほど……。ちなみになんだが……その剣崎ってやつとアイツがどこで会ったかって分かるか?」



 分かったことを淡々と話す小清水に大門さんが質問をする。



「はい。一昨日の午後一時過ぎに駅前のカフェで話してたみたいです。ただ……」

「ただ?」



 質問に答えた小清水が不思議そうな表情を浮かべる。



「なんか……あの人の魂、他の人と違う気がする。霧がかったみたいな……意識がはっきりしない感じ?」

「霧がかった? そんな事今まであったのか?」

「ううん……。こんなの初めて……。なんなんだろう?」



 当然、小清水に分からない事は俺にも分からない。大人しくナナシに聞こうかと思った時、大門さんが口を開く。



「もしかしたら洗脳されてたのかもな」

「洗脳?」



 その物騒な物言いに思わず聞き返す。



「そうだ。ずっと疑問だったんだが、普通心力みたいな能力を手に入れたからってこんな荒事を仕事にしようと思うか? いくら金を貰えるとしてもだ。ましてや普通に働いている社会人だぞ? 俺ならそんな事しない」

「なんか微妙に説得力に欠けますね……」



 今目の前に実際にそれを仕事にしている人を見ると、イマイチそうは思えない。



「俺は協調性がなさすぎて就職が出来なかったからまた別だ。普通ならそういう事はしない。だろ?」

「まぁ……そうですね。自分も普通に働けるならそうしたいですし」

「だろ? だが、今の小清水の言ったことが本当なら、アイツは今洗脳されているような状態にあるのかもしれない。ってわけで行ってくる」

「え?」



 そう言うと大門さんは取調室へと入っていく。そしてそのまま男に近づくと――



「ヒッ!」



 大門さんはどこからか刀を取り出し、男に突き刺す。その衝撃的な見た目に小清水が小さく悲鳴を上げる。


 ……び、びっくりした〜。え? こ、殺してないよな……?


 驚いてよく目を凝らすと、男の胸からは確かに刀が貫通しているが、血のような物は何も出ていない。すると男は力が抜けたようにガタンと椅子から崩れ落ちる。



「よし。お前ら、もう帰っていいぞ」

「え? な、何したんですか?」

「魂を再起動させた。これでしばらくしたら洗脳がとけた状態で起きるはずだ。そしたら大人しく色々話してくれるだろうから、小清水の能力も必要無いって訳だ」

「は、はぁ……」



 なんだかよく分からないが、どうやら俺たちは用済みのようだ。大人しく退散するとしよう。






「はい。これで良いか?」

「はい。確かに受け取りました」



 家まで着いてきてくれた小清水に例のアンケート用紙を渡す。せっかく顔を合わせたのだから他の用事も済ませてしまおう。ということになったのだ。



「せっかくだから少し寄ってくか? ずっと立ちっぱなしで疲れただろ?」

「あ、じゃあ……お邪魔します……」

「お茶くらいしか出せないが、ゆっくりしていってくれ」



 妙にかしこまった小清水をちゃぶ台に座らせ、俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、小清水の方へと向かう。



「よいしょっと……。ふぅ〜、疲れた……」

「どうかしたの? 確かになんだか疲れているようだけれど……」



 座り込んだときに思わず口から出てきた声を聞いて、小清水が心配したように聞いてくれる。



「いや、昨日ちょっと色々あってな……。全身筋肉痛状態」

「あっ……ごめんなさい! それじゃあ、私邪魔だよね? 出ていったほうが……」



 俺の言葉を聞いた小清水は慌てたように立ち上がろうとする。



「良いって。良いって。小清水は悠香ほどうるさくないし、気にしないでくれ」



 正直ベッドに横になっているだけだと暇なので、このように話し相手が出来るのは助かる。



「そ、そう? それじゃあ……お言葉に甘えて……」

「ああ。ゆっくりしてくれ」



 特に目的も無いゆったりとした時間が、二人の間を流れた。

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