第十九話 三対一
「チッ!」
三対一ならさっさと敵を減らす必要があると考え、なにかされる前に電撃を放つ。
「無駄だよ。やれ、ヒエン」
「あいあい」
日ノ神に命令されたヒエンと呼ばれたフードの女は面倒くさそうに右目から赤黒いオーラを発する。その心力の効果か、突然地面がせり上がり、俺の電撃が通る道を塞ぐ。
「なっ……!」
「どうだ? ゴホッ、ゴホッ。すげぇだろ! ヒエンの心力は『物質の支配』でな!? 半径10m以内の物なら自由に操れるんだよ!」
「勝手に人の能力をバラすんじゃねぇよ……。馬鹿か……」
日ノ神はあたかも自分のおもちゃを自慢するかのように嬉しそうに話す。そんな日ノ神にヒエンは苦言を呈す。
「だからな、こんな事もできるんだ。ヒエン」
「コイツ聞いてねぇな……。まぁいいか。まだ殺すのはダメだよな?」
「ああ。コイツにはじっくりと反省してもらわなきゃいけないからな」
「可愛そうになぁ〜。普通に人のためになる事しただけなのにこんな風に逆恨みされてそれでこんな事になっちまうなんてよ〜。ま、オレには関係無いけど。あ、手加減はするけど……簡単に死ぬなよ?」
「ッ!」
ヒエンの言葉に強い殺気を感じると、辺り一体から地鳴りがし、それそれを合図とするように壁や床から俺に向かって棘が生えてくる!
「グゥッ!」
「伏島さんっ!」
「だ、大丈夫……掠っただけだ」
左腕、右足に棘が掠り、ヒリヒリと痛む。そこからは血がポタポタと垂れ落ちている。それを見た日ノ神は煽るように大声を上げる。
「あ〜あ〜。痛そうだなぁ〜? そんな簡単に攻撃を受けても良いのか? ああ。避けられねぇか! こんな狭い所じゃなぁ! ゴホッ、ゴホッ! ゴホッ、ゴホッ!」
「ちょっ、そんな咳するんやったら大声出すなや! こっちが心配になるわ!」
「気にすんな……今俺は気分が良いんだ。こんな咳どうってことねぇ」
クッソ……! 後二人も心力を持ってるってのにこんな狭い場所じゃ、あの棘を避けるのもままならねぇ!
「小清水さん! 分が悪すぎる! ここは一旦大通りへ!」
「は、はいっ!」
返事に合わせて俺たちは日ノ神たちに背を向ける。あのヒエンって女の能力の効果範囲は10mって言ってた! この距離なら後ろにも壁を作ることは出来ない!
「おっ? 逃げんのか……。ホラ吹き野郎、逃げ道塞いどけ」
「だからホラ吹きちゃう言うとんねん。いい加減辞めてくれや」
「知るか。ほら、あいつらが逃げちまうぞ」
「ああ。それはアカンな。どや。これでピッタリ。施錠済みや」
「クッソ……」
背後から聞こえた声からして、ピエロの仮面の男のせいだろう。大通りへの方向に扉のような物が出来、道が塞がれる。慌てて後ろを振り返るとピエロ男の右足には茶色いオーラが発せられていた。これじゃあ大通りに出れねぇ!
「と、とりあえずこっちだ!」
「は、はいっ! 分かりました」
慌てて体の向きを逸らし、真横の道へと向かって走る。今度は道が塞がらない。
「おい。あっちも塞げ」
「いや、無理やって。最初に会った時に言ったやろ。見えないところに対して能力は使えんって」
「じゃ追うぞ。ゴホッ! もたもたしてたら逃げられちまう」
……分かってはいたがどうやらそう簡単には逃げられそうにはないな。とにかく、あのピエロの仮面の能力をなんとかしないと逃げようにも逃げ切れない!
「ふ、伏島さん! す、少し時間を稼いでください! あの人達の能力の弱点を調べます!」
「そんな事出来るのか?」
「ハイっ! あの人達の魂を読めばきっと……!」
小清水さんは走りながら右手から水色のオーラを出し、心力を発動させる。
「魂が読み終わるまでどれくらいかかるんだ?」
「さ、三十秒位です!」
「分かった。任せとけ!」
話し終わり、振り返るとあいつらがこの道に足を踏み入れるのが見える。ヤバい! この道も見られたら……!
「よし。これで塞げるだろ。とっとと塞げ」
「はいはい……。全く、人使いが荒いなぁ。それじゃあ人はついて来ないで?」
「うるせぇ。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと塞げ。また別の道に逃げられるぞ」
「それもそうやな」
ピエロ男が愚痴をこぼしながらも、心力を発動させる。また道を塞ぐつもりなのだろう。クッソ……こうなったら一か八かだ! 俺は覚悟を決め、電撃を指先に溜める!
「さっきと同じ手かよ……。それはオレたちには届かねっての」
ヒエンが呆れたようにつぶやきながら心力を発動させる。しかし地面にはなんの変化も起きはしない。ピエロ男の心力を邪魔しないためだろう。だからと言ってそのまま電撃を飛ばしてもすぐさま壁を作られ防がれてしまう。なら……!
「小清水さん! 目、瞑っといてくれ!」
「え? は、はいっ!」
小清水さんは疑問符を浮かべながらも言われた通りに目を瞑ったのを確認する。
俺の心力、電撃は魂のみを焼く雷を右手から放てる物だ。しかし、その雷で物を燃やしたり、充電したりなどの物理的な影響を起こす事は出来ない。
ナナシにこの心力を貰ってから、雷について色々と調べてみた。雷が落ちた時の光、アレはどのようにして発せられているのか。その時調べた本には雷が通るときに発せられる電気が空気を熱し、それが光ると書いてあった。しかし、俺の電撃は先程も言ったとおり物理的な影響を起こせない。俺の電撃は光るはずがない。
だが、実際俺の電撃は光を放つ。なら、この光も『電撃』という心力の一部なのではないのだろうか? 電撃を曲げたり、威力を強くするのと同じように、強い光を発する事も出来るのではないだろうか?
指先に溜めた電撃の温度を高め、強く光るように念じる。指先で光が強くなるのを感じる。目を瞑り思いっきりその光を放つ!
「「「アァッ!」」」
電撃なんかよりも圧倒的に速い光の目潰し、それはヒエンの反応を大きく超えたスピードであいつらの目を焼く! よしっ! 上手くいった! これで道を塞がれる心配はない!
「小清水さん! 今の内に逃げるぞ!」
「ハイっ! 時間稼ぎありがとうございます! おかげでいろいろ分かりました! ……口で話すと時間かかっちゃうので、心力使って一気に送っちゃいますね!」
「ああ! 頼む!」
途端、俺の脳内に様々な情報が流れ込んでくる。
(まずヒエンさん……『物質の支配』の心力使いです。能力はあの日ノ神って男の人が言ってたとおり、半径10m以内の魂が無い物を自由に操れるみたいです。ただ、自分の体だけは例外みたいです。多分、怪我させてもすぐに治されちゃうかもです……。
能力の弱点はヒエンさんから遠くなれば遠くなるほどスピードが遅くなったり、動かせる量が少なくなったりするみたいです。
次にあのピエロの人……能力は『物の解除、施錠』みたいです。多分さっきのは道を施錠したんだと思います。
弱点っぽい弱点は特に無いんですけど……見えるものにしか能力は使えないのでさっきの伏島さんの目くらましでもう何も出来ないと思います。
最後に日ノ神って男の人なんですが……すみません。上手く魂を読み取ることが出来ませんでした。多分、まだ能力を使っていないので、自分の能力を意識していないんだと思います。もしかしたら他の人も同じように意識してないだけで他の心力を持ってる可能性があります)
「ありが――痛ッ」
全ての情報を受け取りきると頭に痛みが走り、思わず足が止まる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。ちょっと痛かっただけだ」
「ご、ごめんなさいッ。多分、一気に情報を送っちゃったせいで……」
「いや、気にしないでくれ。確かに口で伝えるよりはずっと楽だ。それに……これだけ弱点が分かればなんとかなりそうだ。今の所直接的な戦闘能力があるのはヒエンだけだし、それも距離を取ればなんとか――」
「ヒエンッアイツを殺せ! 俺たちは目が治ったら行く!」
だいぶ距離を取ったと思い、軽く息を整えながら話しているととんでもない叫び声が遠くから聞こえてくる。日ノ神の声だ。小清水さんの予想通り、ヒエンはすでに目を治し、こっちに向かっているようだ。
「小清水さん! あんまり守れる自信が無いからどこか遠くで隠れていてくれ! あの声からしてヒエンは一人で来る! 一対一になってる内に倒す!」
「い、いえ! 私はサポートをっ! あの人の魂を読んで、伏島さんに送ります! 多分これならどこから棘が来るのか分かると思うので!」
「そんな便利なことが……。分かった。ただ、危ないと思ったら全力で逃げてくれ。俺の体なら最悪ナナシが復活した時点でなんとかなる!」
「は、ハイッ! 分かりました!」
速攻で作戦会議を終えると、視線の先にヒエンがやって来る。その表情は遠目でも分かるほどに怒りに満ちていた。
「テッメェ……人の目焼くたぁいい度胸してるじゃねぇかよ」
「別に自分で治せるんだから良いだろ。俺もお前に怪我させられてるんだぞ……」
「オレだって治す時は死ぬほど痛むんだよ……。一瞬怪我したところを分解する必要があるからなぁ!」
「ッ!」
ヒエンが叫ぶその直前俺の真下、右から棘のような形の白いモヤが現れ、俺に触れる。慌ててそれを避けると、そこから先程と同じように棘が突き出てくる。……今の、当たってたら普通に死んでたな。後で小清水さんに感謝しなきゃな。
「あ? 今のは本気だったんだが……テメェ、何した?」
「馬鹿正直に言うわけ無いだろっ」
言い終わると同時に電撃を放つ。しかしそれは先程と同じように壁を作ることで防がれる。やっぱりダメか。どうにかして不意を突かねぇと!
「クッ!」
そんな考え事をしている間にもヒエンの棘は俺を襲い続けるが、その全てを小清水さんの心力のおかげでなんとか避け続ける。
「チッ! 当たんねぇな。オレの攻撃が読まれてんのか?」
「ハァ、ハァ……さぁ。どうだろうな」
「……さっきからお前、オレが攻撃する前から動いてるんだよな……。未来予知か?」
「考察でもしてんのか? 口調に似合わず意外とマメな事するんだな」
「うっせぇ。オレがなにしてようとオメェには関係無いだろ。もし未来予知が出来るなら……これも、避けられるよなぁ!?」
「なっ!」
掛け声のようなその声と共にヒエンのすぐ後ろに白いモヤが大きく広がる! 直後、その白いモヤに合わせて、大量の石が宙に浮かびこっちに向かって飛んでくる!
「グゥッ!」
それをいくつか避けようとするも、大量に向かってくる石の全てを避ける事は出来ず、腹や足に当たり鈍い痛みが走る。
「お? 避けれなかったな! オレは一瞬前に石を投げただけだぞ? なのに避けれなかったってことは……未来予知じゃなくって、オレの行動を読んでたんだろ! なぁ? そうだろ? もし違うならなんとかしてみろよ!」
俺に攻撃が当たるのがよっぽど楽しいのか、嬉しそうに煽りながらも俺に向かってくる石の量は減らない。それが頭には当たらないようにするも、ほかをカバーする事は出来ず、いくつもの石が俺にぶつかる。……マズイ。さっきまでの棘と違って飛んでくる石にはヒエンの意思は関係ない! これじゃあ攻撃が読めない!
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……。クッ!」
「無駄だって言ってんだろ……それしか出来ねぇのかよ」
俺に向かって放たれる石の隙間を縫って電撃を放つも、それは呆れた表情のヒエンに防がれてしまう。
「……流石にこれじゃあ威力が弱いな。アザなんていくら作っても意味ねぇんだよな……あっ、そうだ!」
一瞬悩む素振りを見せた後何かを思いついたのか、ヒエンは笑顔を浮かべる。その案を実行しているのかスエンの足元に岩が集め、自身の体をこちらに向けてカタパルトのように発射し向かってくる。
「なっ……」
「こうしてオレが掴めばもう逃げられねぇよな?」
「ウグッ!」
「伏島さん!」
目の前に迫ったスエンに首を掴まれ、足が地面から離れる。そして視界いっぱいに広がる白いモヤ。それは棘の攻撃範囲を示しており、同時に棘が俺の体を貫くことを示していた。慌ててヒエンに向かって電撃を放つ。
「クソッ、クソッ!」
「無駄だ! 近くの操作は遠くよりも早く出来るんだよ。お前の電撃くらい簡単に防げる。さぁ、人様を傷つけた罰だ! 死ねっ!」
叫び声と共に心力が発動される。死に際だからか、周りから飛び出てくる棘がゆっくりと視界の中を動く。もうダメか……。そう思ったとき――
「ジ・アリエス! セカンドドライブ! ジャッジメント!」
凛々しくも頼もしい彼女の声が辺りを包み、ヒエンの動きが完全に止まった。
正義を愛する少女が今、彼を救う力となる!