第十八話 調査開始
「そ、それでは私はこっちなので……明日は、よ、よろしくお願いします!」
「ああ。じゃあな」
「はい!」
添木父に退院させて貰ったその後、小清水さん、狩ノ上先輩とは途中まで同じ道のようなので一緒に帰る運びとなった。どうやら小清水さんとはここでお別れのようだ。挨拶を済ませると、それぞれ別の道を歩いていく。先輩とはまだ同じ道だが、その途中で先輩が愚痴をこぼす。
「ちぇ〜っ、明日模試がなければ私も行けたんだけどな〜、聞き込み」
「そんな行きたかったんですか? そうそう何かあるわけでも無いでしょうに」
「そんなことわかんねぇだろ? もしなにかあった時に模試のせいで戦闘に参加出来なかったら勿体ねぇ」
「勿体ないって……」
どれだけ好戦的なんだ……この人。つい呆れた声を出した俺に不満を持ったのか、弁解するように先輩が話してくる。
「そもそもな、私は強ぇ奴と戦うためにロード・ヴァルキュリアに入ったんだよ。せっかくの戦闘に参加出来なかったら意味ねぇだろ」
「いやまぁ……そうでしょうけど。なんでそんなに戦いたいんですか?」
戦いなんて攻撃食らったら痛むし、人に攻撃するのもあんまり気分が良いものでは無い。はっきり言って先輩の戦いに参加したいって感情はよく分からない。疑問に思って聞くと先輩は少し考える素振りをして、こう聞いてきた。
「……伏島の得意なものってなんかあるか?」
「得意なもの……? そうですね……。強いて言えば料理とかですかね?」
「その料理をしてて一番楽しかった時ってなんだ?」
「やっぱり料理がうまくなった時ですかね。最初は失敗ばっかりでしたから」
今でも初めて悠香に褒められた時のことは簡単に思い出せる。あれから更に料理が楽しくなったことも。
「そうだろ? 人が一番物事を楽しめるのは成長途中ってわけだ。私、こんなんでも体が弱くってな。運動は好きだったんだが……。ま、下手の横好きって奴だ。だからこの心力を貰ったとき、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。だけどな体育の授業中に気づいたんだよ。こんな力だけ貰っても意味はないってな。確かに授業では、今まで全く出来なかった事が余裕で出来るようになった。だけど出来るのが当たり前になっちまったんだ。そんな事やってもな〜んにも楽しかねぇ」
「……」
少し残念そうな声で先輩は話す。俺はそれに対して何も言えなかった。今まで出来なかったことが出来るようになる喜びを奪われる。それがどれだけ退屈なことか俺には分からない。しかし、先輩は笑いながら言う。
「そんなお前まで残念そうにするなよ。確かにちょっとばかし残念だが、体が弱いって悩み自体はなくなったんだぞ? それだけでも十分だよ。それに一昨日の戦闘で新しい発見もあったしな」
「発見?」
「そう。私はもっと自分の身体能力を上げられるってな。なんとなく感覚で分かった」
「それは……例の勘ですか?」
「勘二割、感覚八割ってところだな。ま、なんにせよ私にはまだこの心力の100%を出し切ってない」
先輩は嬉しそう笑いながら言う。
「だから、例のカノン・リールズとか、それ以外の強ぇ心力使いとの戦いで私はこの強くなった体を完璧に楽しんでやるんだ!」
「……」
そう言って笑う先輩の姿は、なんだかとても魅力的に見えた。
「……」
「……」
その後、特に話すことも無くなったのでお互いに黙って歩く。そろそろ俺の家が近くなってきたな。そんなことを考えていると先輩が口を開く。
「そういえばお前、いつまで付いて来るんだ?」
「いや……別に付いて行ってるわけじゃないんですけど……そろそろ家に着きますよ。俺は」
「そうなのか? 私もそろそろ着くぞ。……なんかお前とは家がめちゃくちゃ近い気がする」
「先輩がそういうとホントに近い気がしますね……」
この人の勘当たるからな……。昨日今日と聞いた先輩の話を思い返すと、なかなか侮れない物がある。そんなことを言っている内に俺が住むマンションの前に着く。
「それじゃあ、俺はここなんで。また今度」
「……」
「ん? どうかしました?」
家に帰ろうと挨拶をすると先輩が黙り込む。まさかとは思うが……。
「家、近かったですか?」
「ああ。近いなんてもんじゃねぇ。もはやお隣さんだ」
そしてニカッと笑い、マンションの隣の一軒家を指差す。そこには狩ノ上と書かれた表札があった。
「う〜ん……」
翌日、あの後特になにかあったわけでも無い俺はいつもどおりの時間に寝て、いつもどおりの時間に起きていた。……それにしても昨日は色々あったな。カノン・リールズの情報だったり、小清水さんの心力の進化だったり、狩ノ上先輩の家がめちゃくちゃ近かったり。
「ん?」
そんな風に考えていると、俺の左腕の感覚が無くなっていることに気がつく。なんだ? ナナシが使ってんのか? と思って左腕に目をやると俺の左腕が綺麗サッパリ無くなっていた。
「うわぁ!」
「お、スグル。起きたか」
その衝撃的な光景に思わず大声を上げてしまう。すると、ベッド脇の地面からナナシの声が聞こえてくる。声のする方を見ると、肌色で四足歩行をする謎の生き物が歩き回っていた。
「え? ナ、ナナシ……なのか?」
「ん? どう見てもそうだろう。ほら、左腕出せ」
「あ、ああ……」
相変わらずの偉そうな態度でナナシに言われたのでそのまま従う。するとナナシが俺の腕目掛けて飛び込んで来る。
「うおっ……」
なんか寄生されているみたいで気持ち悪いな……。すると、俺の腕にひっついていたナナシらしい何かが腕の形を取る。
「な、何をしてたんだ?」
「ああ。ちょっとした練習だ。前の戦闘で手数が足りなくなって攻撃を食らったからな。体の形を変える練習をしてたんだ。いまならあの怨霊の殴りにも対応できるぞ。さっきみたいに自切も出来るしな」
「……」
なんか、知らない内に体がどんどん人間離れしてる気がする……。
「それじゃあ、俺は疲れたんで寝る。悪かったな。驚かせて」
「いやまぁ……うん。必要なことだろうから良いんだけれども。うん」
なんとなく複雑な気持ちでいると俺の左腕の感覚が戻ってくる。……朝飯食うか。
朝飯を済ませ、着替えたりなんなりをしていたら丁度いい時間になったので、公園へ向かう。
例の公園に着くと、すでに小清水さんと添木親子が着いていた。
「おはようございます。待たせちゃいましたか?」
「いやいや、そんな事無いよ。時間ピッタリ」
「よかった……。小清水さんと添木も、おはよう」
どうやら問題は無かったようだ。ホッ……と息をついてから、小清水さんと添木にも挨拶をする。
「お、おはようございます……」
「おはよう。骨折の方は大丈夫?」
「ああ。ナナシが治してくれたっぽい。もう激しく動いてもなんともない」
「そう。良かった。パパが骨折中なのにこんなことを依頼したって聞いて心配だったから」
「ごめんね〜そういえば骨折中は普通こういう事しないって忘れてたから〜」
「はぁ……本当にこの人は……」
呆れたようにため息をつく添木。その態度にはどこか慣れのようなものが感じられる。……どうやらこういうことは日常茶飯事らしい。
「ま! そんなことは置いといて、ちゃっちゃと聞き込みを始めちゃおうか!」
「そういえば今思ったんですけど……こういうのって普通警察がやるもんじゃないんですか?」
「そうなんだけど……今心力使いに対応出来る警察官に手の空いてる人が居なくってね〜。仕方ないから、君たちにお願いすることにしたんだよ。あ、これあんまり口外しないでね? あんまり褒められたもんじゃないからね」
「は、はぁ……。それで……聞き込みってどうするんですか?」
俺たちに手伝いを頼むと言ったって聞き込みに関しては完全に素人だ。どうすれば良いのかなんて全く分からない。
「ああ、それに関しては心配しなくていい。小清水さんの心力があるからね」
「えっ!? 私!?」
突然名前を呼ばれたからか、小清水さんは驚いたような声をあげる。
「そう。小清水さんの心力は他人の魂の情報を読むんでしょ? なら、それを使ってそこら辺の歩行者の魂の情報を読み取ればいい」
「なるほど……。小清水さん、出来そうか? それ」
「は、はい……ただ……」
「それじゃあ効率化のためにも二対二で分かれて聞き込みしようか。戦力的に僕と理亜、伏島くんと小清水さんかな。とりあえず十二時くらいになったらまたここ集合で〜。はい、これ例の写真。ほら、行くよ〜理亜」
「ええ」
俺の手に剣崎と勝浦が映った写真を握らせた後、二人は駅の方へと歩いていってしまった。
添木親子が居なくなった後、俺らは二人っきりになる。
「そ、それじゃあ……俺らも聞き込み始めるか?」
って言っても小清水さんの心力に任せるだけで、俺は何も出来ないが……。
「は、はい……ただ……ちょっと心力に関して話さなきゃいけないことがあって……」
「ん? なんだ?」
「その……多分なんですけど……触らずに他人の魂の情報を読むときは……少しはその考えが頭に浮かんでいないといけないっぽくって……なのでなんとなく思考を誘導してくれると……ありがたいです」
申し訳ないと思っているのか、たどたどしく話す小清水さん。
「ああ。分かった。それじゃあ、俺がこいつらのことを直接聞けばいいんだな?」
「は、はいっ。お、お願いします……」
聞き込みを始めてから二時間後……。俺たちは路地裏で聞き込みをしていた。
「はい。そうですよね……。すみません! ありがとうございました! はい」
話が終わり、聞き込みの相手が離れていく。
「どうだった?」
「いえ……またダメでした……」
「やっぱりそうか〜」
今の相手が嘘をついているようには思えなかった。思わず天を見上げる。これで十六人目だ。しかし情報はからっきし。かすりもしない。
「ご、ごめんなさい……私のせいで……」
「いや、小清水さんのせいじゃない。単純に運が悪いだけだ」
もし先輩が居たら一発で見つかったりするのだろうか……なんてくだらないことを考える。……いや、これ結構ありえそうだな。
「まぁ、いい感じの時間だし、後一人くらい聞いたら戻るか」
「は、はいっ」
そういってて人を探してみるが、真っ昼間とはいえ薄暗い路地裏にはなかなか人が居ない。
「なかなか居ないな〜人」
「そ、そうですね……やっぱり……人通りが少ない……から、カノン・リールズを……知ってる人も少ないんでしょうか?」
「そうだろうな〜」
「どうかしたのか? ゴホッ、ゴホッ」
二人で歩きながら話していると、突然後ろから話しかけられる。振り向くと、異常なほど真っ白な髪と、真っ赤な瞳を持つ二十代前半らしき男がこちらに話しかけていた。
「あっ、こんにちは。実は、ある人を探してまして……」
「人を?」
「はい。この人なんですけど……知ってますか?」
ポケットから写真を取り出し、男に見せる。男はその写真に顔を近づけ、ちらりと一瞥した後、
「知らねぇな。ゴホッ、ゴホッ!」
「大丈夫ですか?」
「いや、気にしないでくれ。ただの持病だからな」
とぶっきらぼうに答える。すると頭の中で声が響いた。
(伏島さん! 今、この人嘘つきました! あっ、返事は頭の中で大丈夫です!)
(えっ、ちょっ、なにこれ……。こんな事出来たのか?)
いきなりナナシみたいなことをされて困惑。
(え、えっと……この人が嘘ついたって分かって、でも今ここで口に出したら怪しまれちゃうなって思って……。そしたらなんか出来るような気がして……)
(あ、ああ。分かった……とにかく、この男が嘘ついてるからそれを探れってことだな?)
(は、はいっ! お、お願いします!)
思考を切り替え、どうやって話しだそうかを考える。わざわざ嘘をついてるって事は馬鹿正直に嘘を追求した所で反感を買うだけだろう。とりあえずこの男に逃げられないように話を続けなければ。
「ほ、本当に知りませんか? ここって普段は通らないと思うので……会ってたとしたらだいぶ記憶に残っていると思うんですけど……」
「い〜や。知らねぇな」
「本当にですか?」
「しつけぇな。俺の知り合いに、こんな変人はいねぇつってんだろ。ゴホッ、ゴホッ」
「……」
「やっと分かったか。それじゃあ俺も――」
男の苛立ちの混ざった返事を聞き、俺は押し黙る。コイツ、今ボロを出したな!
「知らないならなんでこの男が変人だって知ってるんですか?」
「……チッ!」
言われて気づいたのか男は苛ついたように舌打ち。しかし特に何も言って来ない。どうやら観念したようだ。
「やっぱり知ってるんですよね? 教えて下さい。俺たちはコイツらを見つけなきゃいけないんです。お願いします」
「……クソッ! お前は本当に俺の邪魔ばっかり……。ゴホッ、ゴホッ。一昨日の怨霊の暴走もお前に止められちまうし、今だって……」
「……なんだって?」
イライラが募ったような声で文句をブツブツとつぶやく男。しかしそこには重大な内容が含まれていた。コイツ、あの怨霊の暴走を引き起こしたっていうのか? ってことはコイツ、心力使いか? 俺は警戒を強め、男を見据える。
「お前、何者だ」
「ん? 俺か? ゴホッ、ゴホッ。俺は日ノ神 禍津だ。なぁ、伏島クン? よくもまぁ人の計画をバンバンと潰してくれたな? あ?」
驚くほど低い声が男から発せられ、右手が肩に置かれる。その瞬間、男の右腕から禍々しい紫色のオーラが溢れる!
「ッ!」
「伏島さん! 避けてくださいっ!」
「遅ぇよ」
「グフッ!」
その右手に意識を取られたせいで日ノ神の左手にある注射器に気づかなかった俺は、そのままそれを腹に刺され、その痛みで地面に崩れ落ちる。
「人様を弄んだ罰だ。お前はじわじわとなぶり殺しにしてやるよ!」
「ッ!」
楽しそうに笑い、俺に向かって手を伸ばす日ノ神。俺はそれを電撃を放つ事で無理矢理阻止する。放った電撃はそのまま日ノ神の手の平に当たる。
「なかなか良い攻撃するな。これも、魂の適正が高いってことなのか……。それで町を救おうとしてるんだからご立派なこった」
ヘラヘラと笑いながらも警戒してくれたのかある程度の距離を取ってくれる。よし、今のうちに……!
(おい! ナナシ! 新しい敵だ! 俺と変わってくれ!)
(無理だ。お前、何打たれたんだ?)
(ハァ!? 知らねぇよ!)
日ノ神に無理矢理打たれたものだ。何かなんて知るわけがない。
「いい感じに困惑してくれるじゃねぇか。特別に教えてやるよ。それは毒の一種でな? 魂の変化を阻害するんだ。これならあのクソチートなもう一人に体を渡す事もできねぇだろ? なぁ!」
そう子供のように、そして自慢をするかのように俺に説明してくれる日ノ神。クッソ……舐めやがって……。
(なるほど……スグル。十分耐えてくれ。十分の間に必ず解毒してみせる)
(ああ! 分かった!)
ナナシに返事をすると同時に電撃を再び日ノ神に放つ。
「ゴホッ! そんな簡単に当たってやるかよ!」
咳をしながらも、今度は避けようと日ノ神は足を動かしたが、電撃を曲げて避けることを許さない。
「……曲げられんのかよ。電撃。狭い路地裏じゃあ避けきれねぇな。おい! お前ら! 出番だぞ! さっさと出てこい!」
「あ?」
日ノ神がどこに向けてか声をあげると、それに合わせるように上から二人降りてくる。一人はフードをかぶっておりそこからは青く長い髪が垂れている。もう一人はピエロの仮面のような物を身につけている。するとフードをかぶったほうが苛ついたように話しだす。
「オレをそんな雑に呼び出すたぁ生意気だなぁ。お前はそんなに強かねぇだろ? あ?」
「知るか。ゴホッ、ゴホッ。あのババァと協力関係を結ぶなら俺にも従う。そういう契約だろ。お前もおとなしくこの嘘つきエセ関西弁野郎の態度を見習っとけ」
どうやらフードの方は女のようで、聞こえてくる声はだいぶ高い。一方、ピエロの仮面の方はと言うと緊張感もなく日ノ神に抗議する。
「ちょい、ちょい。嘘つきエセ関西弁野郎とはなんや。俺はエセ関西弁でもなければ嘘もついた事もないで?」
「早速嘘ついてるじゃねぇか。お前、関西生まれでもなければ関西育ちでもないんだろ。あのババァが言ってたぞ」
「あのな、俺の呼び方は好きにしてもいいがな、あのお方の事ババァって呼ぶのいい加減やめぇや。あの御方は許してくれてるかもしれんがいい加減失礼や」
「別に良いだろ。呼び方なんか。そんなことよりもあの男だ。ババァの毒を入れといた。今なら簡単に殺せる。さっさと殺して奪っちまおうぜ。それがあのババァの願いなんだからな」
「それもそうやな」
日ノ神の言葉に合わせて、二人はこっちに標的を定める。
「さぁ伏島クン? こっちは三人、そっちは二人。しかもそっちの女は戦闘能力は無いと来た。さぁ三対一のこの状況をお前一人で覆せるかな?」
日ノ神はおもちゃを見つけた子供のように楽しそうな笑顔を向けながら、俺に迫ってきていた。
切り札は封じられ、戦力は一人。この状況、覆せるのか!?