第十六話 入院生活
「安倍晴明……そんな有名なやつと戦ってたとは……こりゃまた光栄なこったな」
「まだ確定じゃないけどな。十中八九合ってるだろう。今から聞いてくる」
「ん? 聞いてくるって誰に?」
「本人にだ。今スグルの魂を使って捕まえているんだが……暴走してたせいか口を聞いてくれないんだ。記憶を呼び覚まして無理やり喋らせる」
「いや何勝手に俺の魂を使ってるんだよ。……ん? どうした? 添木」
「あっ……あっ……あっ……。キャーッ!!」
「痛ってぇ!」
添木は急にブルブルと震えだしたかと思うと、突然俺を突き飛ばして先輩の方に駆け寄る。
「うぅ……怖いぃぃ……幽霊怖いぃぃ……」
「はいはい。怖いなぁ……。幽霊怖いなぁ……」
先輩がしがみついている添木を呆れたような顔であやす。まるで姉妹のようだ。一方俺は添木に突き飛ばされた痛みに耐えながら震える。添木のヤツ……本気で吹き飛ばしやがった。俺骨にヒビ入ってるってのに……。
「そんな気にするな。怨霊って言っても今はしっかり捕まえている。俺とスグルが死にかけでもしない限りなにか起こることはない」
「ほ、ホント……?」
「ああ。本当だ」
「よかったぁぁ……」
もはや最初の威厳はどこへやら、子供のように息を吐き出しながらヘナヘナと崩れ落ちる。
「コイツ可愛いなぁ……。私妹ほしかったんだよな……。なぁ、伏島どうしたらいいと思う?」
「いや、俺に聞かれても困るんですけど……」
「そうか? おーよしよし。怖かったなぁー。ほれほれ」
「うぅぅ……」
崩れ落ちた添木の頭を上機嫌に撫でる先輩。……この二人は本当に今日知り合ったのだろうかというほどの仲の良さだ。
「それじゃあ、俺は怨霊が本当に安倍晴明なのか確認してくる」
「ああ、分かった」
「それじゃ、私達も行くか。お前が一番重症なんだからしっかり休んどけよ。なんか用あったら205号室に来てくれ」
「あ、はい。お気遣いありがとうございます」
「気にすんな。一緒に戦った仲だろ?」
「はい」
「それじゃあな。ほら、添木、行くぞ」
床に座ったままの添木を先輩は引っ張り上げる。それと同時に左手の感覚が戻ってくる。ふと左手を見ると、口が消えていた。
「あっ、ありがとうございます」
「だから敬語やめろって。私はそういう柄じゃね〜んだよ」
「……分かった。けどさっきの今だと少し気恥ずかしい……」
「気にすんな気にすんな。人間ならああいうのの一つや二つ誰にでもあるって」
しばらくゆっくりと病室のベッドにからだを預け、ゆっくりしていると、外から騒がしい足音が聞こえてくる。そして――
「スグ兄!」
「グヘッ!!」
悠香が病室に突入し、そのまま俺の胸に飛び込んでくる。
「大丈夫!? 痛いところとか無いっ!?」
「お前が……今飛びつい来た……ところ……うう……」
「あっ……ゴメン!」
思わずうめき声をあげながら返事をすると悠香は慌てて飛び退く。
「いや、大丈夫……。ヒビが入っているだけだから、しばらくしたら落ち着く」
「っていうかナナシに治してもらってないんだね、その怪我。前にあの……カノン・リールズ? に切られたときは治してもらったんでしょ?」
「そういえばそうだな……。ちょっと待ってろ」
言われて確かにと思い、頭の中で語りかける。
(おい、ナナシ? 俺のこの怪我って治せないのか?)
「無理だな」
「うおっ……ビックリした……。相変わらず慣れないな……スグ兄の腕から口が生えるの」
「なんでだよ。前みたいに治してくれてもいいじゃんか」
いくら命が無事だと言っても痛いものは痛い。治るのなら治してほしいものだ。
「俺の治癒だって万能じゃない。肉体を元に戻すっていうイメージで治癒を行うんだ。よく見える皮膚とかその近くの筋肉は簡単にイメージ出来るんだが……骨となるとなかなかイメージが上手く出来ない。最悪変な方向に骨が生えるみたいな変な治り方して一生そのままだぞ。それでもいいなら使ってみるが……」
「いえ……いいです……」
「そうか。じゃあな」
返答を聞くとナナシは再び口を引っ込めた。
「即答かよ、よっわ」
「うるせぇな。一生変な方向に骨が生えたままとか怖いに決まってるだろ」
「ま、そんなことはどうでもいいんですよ。スグ兄一人暮らしだから着替えとか困るだろうなって思いまして、スグ兄の家から着替えを持ってきました〜」
そう言ってかばんから袋を取り出し、俺に渡してくる。その中には俺の私服以外にもティッシュ、歯ブラシ、タオル等々入院中に必要なものが揃っている。
「お、ありがとうな。……ちょっと待て、今俺の家からって言ったか?」
「うん。そうだね。スグ兄デカイから丁度いい大きさの着替えは私の家にはないし」
「俺の着替えとかを取る以外には『何も』やってないよな?」
「……」
「おいっ。黙るな。どうせなんか悪さしてるんだろ。分かってるんだからおとなしく白状しろ」
目を逸らしながら黙る悠香を問い詰める。コイツを甘く見てはいけない。今まで何度煮え湯を飲まされたことか……。
「いや〜スグ兄ってホントに巨乳が好きなんだね〜。あんなにたくさんパソコンに保存しちゃって……お盛んなことですな〜」
「ちょっ……おまっ、どうやってパスワードを……っ!」
「そりゃもう心力でちゃちゃっとパスワードがかかって無かったときまでパソコンの時間を戻せばそんな物無意味ですよ〜だ」
からかうようにこちらを見て笑う悠香。アレを見られたのか……っ?! 嘘だろ……っ!?
自分の顔が熱く、赤くなるのが分かる。
「もう帰れっ! 怪我してる時にお前と会話してるとどう悪化するか分からん!」
「あっ、ゴメンって! そんな怒らないでってば〜。ほら、お礼にこれあげるからっ! はいっ!」
そして悠香はかばんの中からゲーム機を取り出す。
「……これ俺のじゃねぇか。あげるじゃねぇよ」
「違う違う。ほら、ゲームのデータ見てみて」
「……」
言われた通りにゲームを起動してデータを確認する。……あれ?
「データが……直ってる?」
「そう! 私の心力で消えちゃったデータを戻しておきました〜」
えへんっと腰に手を当てて自慢気に胸を張る悠香。いつもならウザいなりなんなりと毒を吐くところだが、今はそれどころではない。あのデータが戻ってきたのだ! 俺の300時間が! 再び!
「うわ〜。すっごくいい笑顔〜。こんなスグ兄見るの何年振りだろ〜」
「当たり前だろ! いや〜悠香、よくやった! 俺のパソコンを勝手に見たことも許してやる!」
「へっへ〜。やった〜! こんな有能な幼馴染を持ってスグ兄は幸せもんだな〜」
そもそも俺のゲームのデータが消えたのは悠香のせいなのだが、直してくれたのだから特に文句は言うまい。たまには素直に褒めてやろう。
「そういえば悠香はもう添木達とは会ったのか?」
「ん? 会ってないけど? 何? なんかあんの?」
「いや、会ってないならいいんだ」
「そう? まあいいや」
どうやら添木は俺が言ったように悠香には関わらないよう気を使ってくれたらしい。
「それじゃあね〜。一応明日もお見舞い来るからね〜」
「おう! ちゃんと勉強しとけよ〜」
「やめてっ! それを思い出させないで!」
そんな文句を言いながらスタスタと悠香は病室を出ていった。今度勉強見てやるか……。
「おっ。伏島。何やってんだ?」
「ポカモンですよ。幼馴染が持ってきてくれたんです」
翌日、さっそくゲームをしていると暇だったのか先輩が病室にやってくる。ちなみに俺の退院だが、一応ぶっ倒れていたということでもう少し様子見をすると医者に言われてしまった。しかし俺としては肋骨の痛み以外特に何も無いので、ベッドでずっと横たわっているのは暇で仕方ない。
「あ〜悠香だっけか? 理亜が言ってたな。確か時間を巻き戻すんだよな? すげー便利そうだよな〜」
「そうですね。昨日までこのポカモンのデータも消えてたんですけど悠香のおかげで戻りましたし」
「は〜。すげぇな。っていうか私もやってるんだよ。ポカモン。どうだ? 対戦するか?」
「おっ! いいですね! 言っときますけど手加減しませんよ?」
「おう! 望むところだ! ちょっと待っててな。ゲーム機持ってくる」
すると先輩は小走りで部屋を出ていった。
「お〜っし。持ってきたぞ〜」
「あ、部屋作っておきました」
「ん。ちょっと待ってな〜」
先輩はゲーム機を手にして病室に入ると、俺が居るベッドにドカっと腰を下ろす。
「そういえば先輩、添木とは仲良くなったんですか? さっき添木の事下の名前で呼んでましたよね?」
「ああ。なんやかんや趣味が合ったからな。あ、そうだ。理亜から忠告頼まれてるんだった。幽霊の時の話を他のえぇっと……ロード・ヴァルキュリアのメンバーには言うな。だってさ。言ったら『私のジ・アリエスがあなたを裁く!』って。これ自分の口で言うの恥ずかしいな……」
添木がそういった時の表情を真似してか先輩はキリッとした顔で俺に忠告の内容を教えてくれる。
「いやまぁ……流石にそんな意地の悪い事はしませんけどね……。っていうか先輩も入ったんですか? ロード・ヴァルキュリア」
「ああ。なんか楽しそうだったぞ〜理亜。私をチームに誘ってるとき。厨二病もあれだけ入り込めると今の状況とか楽しいだろうな」
「前にロード・ヴァルキュリアの他の人たちと交流会みたいなことしてましたけど、心力の名前決めするときめちゃくちゃノリノリでしたよ」
「なんだ? お前らそんな事やってたのか」
「まぁ……添木の提案で成り行きで」
怪訝そうな顔で聞いてくる先輩。万が一でも添木と同じ厨ニ病だと思われるのは心外なので、一応フォローはしとく。
「へぇ〜。おっし。入ったぞ」
「じゃあ、早速やりますか。よろしくおねがいしま〜す」
「よっしゃ! ボコボコにしてやるぜ!」
「そう簡単には負けませんよ〜」
「……」
「あっ……」
ポカモンでは、六体居る手持ちのポカモンの中から三体を選出し、相手のポカモンを倒せば勝利となるゲームだ。今、先輩のポカモンが倒され、残り一体同士になった。しかし、状況は悪くない。むしろこっちが有利だ。先輩のアバターが最後のポカモンを出し、お互いの技を選ぶ時間になる。俺は迷わず回復の技を選ぶ。その後、先輩のポカモンが俺のポカモンに攻撃をする。しかし、その技で受けたダメージは回復の技でほとんど意味が無かった事になってしまう。そして、先輩のポカモンはすでに猛毒状態のため、少しだがダメージを受ける。
「だぁ〜っ! テッメェ! 卑怯だぞ!」
毒のダメージを受けた瞬間、さっきまで黙っていた先輩がついにキレる。
「ハッハッハッハッハ……これも戦法の内なんですよっ! イタタ……」
「それでもこれは無いだろ……。ひたすら防御力を上げて毒でチマチマとダメージ与えるとか……。オンラインならともかくリアルでこれやるやつ初めて見たわ……」
「そんな文句言わないでくださいよ。俺育成終わってるのこれくらいしかいないんですよ」
「つってもなぁ……。こんな事やってると友達無くすぞ」
「大丈夫ですよ。俺そんなに友達居ないんで。そんなことよりさっさと技選んでくださいよ」
「でもこれ私に勝ち目ほとんどねぇか? 攻撃の相性も悪いし、もうお前のポカモン防御力ほとんど最大だろ」
「まぁそうでしょうね」
そう。俺の戦法はポカモンの防御力を上げまくって倒せないようにしてから毒などでダメージを蓄積させて倒すという戦法なのだ。対処法も色々あるのだが、残りのポカモンではそれも難しいだろう。はっきり言って俺の勝ちだ。
「クッソ〜。まさかリアルでこの戦法を使われるとは思わなかった……」
「まぁまぁ。次からはこういうの使わないんで。今回は勝ちを譲ってくださいよ」
「そうだな……。ま、お前も普通に上手かったしな。今回は純粋に私の負けだな……」
先輩は諦めたように技を選ぶ。そして行動のターン。まずは先輩のポカモンが技を放つ。
「あっ……」
その攻撃を俺のポカモンが受けると、先程の回復で満タンだった俺のポカモンの体力が全部なくなり、情けなく倒された。そして下には、急所にあたった! の文字が……。
「……」
「……」
お互いが一瞬押し黙る。急所。それは4%の可能性でダメージが上がるボーナスのようなものだ。……そして、それには相手のポカモンの能力上昇を無視するという効果がある。……マジかよ。
「よっしゃ〜! 私の勝ちだ!」
「いやずるくですか!?」
「うるせぇ! あんな戦法してる奴がずるいとか言うな!」
それもそうだ。
「それにしても今のいいタイミングで急所引きましたね」
「言っただろ? 私は運が良いんだ。いやぁ〜それにしても残念だったな〜? 伏島。どうだ? もう一回やるか?」
煽るように先輩はこっちに顔を近づけてくる。どうやら勝てたのが相当嬉しいようで、声がなんだか上機嫌になっている。
「いやこれはもう使いませんけど……。さっき使わないって言ったんで」
「そうか? どうせならもう一回くらいやってやっても良いと思ったんだけどな」
「いや、これは俺のプライドの問題なんで。使わないって言ったら使いません」
「まぁ良いや。じゃ、次の試合行こうぜ」
「次こそは負けませんよ」
「おう! 臨むところだ!」
三試合後……
「つ、強い……」
「これで私の四勝目だな。どうする? 続けるか?」
「じゃあ……最後にもう一回だけ。そろそろ一時間くらい経ちますし」
「そうだな。じゃ、部屋作っておいたから。さっさと入ってくれ」
「はい、はいっと」
部屋に入ると、使うパーティーを決める事になる。……俺は一試合目に使ったパーティーを選択する。
「あっ! テッメェ! さっきそのパーティーは使わないって言ってたじゃねぇか! プライドはどうした! プライドは!」
「フッ……。この三連敗の間にプライドは捨てました。今の俺にあるのは純粋な勝ちたいという気持ちのみ!」
「えぇ〜……。一応言っとくけど、お前今めちゃくちゃダセェぞ?」
呆れたような視線が俺に刺さる。
「いやだって先輩めちゃくちゃ強いじゃないですか! 逆になんで一試合目負けそうになってたんですか!?」
「それが私受け構成めちゃくちゃ苦手なんだよ……。なんかもう性格的に真っ向から勝負しちまうんだよな……」
「あぁ……」
なんかすごく分かる。この人ゲームだとガンガン行こうぜって感じの人だもんな……。
「ま、そんなわけだ。だからこれでも負けたら恥だぞ〜?」
「真っ向から勝負するようなら流石に負けませんよ〜。それ一番やっちゃいけない事じゃ無いですか?」
「だから苦手なんだよ。ま、さっきみたいに急所引いて勝つことも結構あるけどな。もしかしたら次も引くかもしれねぇぞ?」
「……」
なんかありそうだから笑えないなぁ。そんな事を考えていると先輩はフッ……と笑いながら――
「冗談だよ。それじゃあ始めるか!」
「は、はいっ!」
ヤバい。なんかさっきの先輩の話を聞くと余計に負けられなくなってきた。そんな無意味な緊張をする俺を尻目に試合が始まる。俺は一試合目と同じように相手を猛毒状態にする技を選択する。そして先輩も技を選択し終えたのだろう。お互いのポカモンが技を出し会うターンになる。俺のポカモンはスピードが遅いので、当然、先制攻撃は俺のポカモンが受けることになる。
「あっ」
どちらが発したのかは分からない。だが、思わず口を出たかのような間抜けな声だった。そして俺の目には先程と同じように一撃で体力を削られ、情けなく倒れていく。そして下には再び急所にあたった! の文字。
「……」
「プッ……! フッ……! フフッ……!」
思わず絶句していると、先輩がこらえきれないという風に笑いを我慢している。……マジかよ。……いやマジかよ。
「……」
「フッ! フフッ!」
「いやもう良いですよ! そんなに面白いなら笑うの我慢しなくても良いですから!」
「アハハハハッ! アハハッ! ハハハッ!」
絶句している間ずっと笑いを我慢している先輩に思わずツッコむと、すごい勢いで笑い出す。
「……そんな面白いですか? これ」
「ヒ〜ッ。ヒ〜ッ。ハァ〜っ。やべぇ。腹痛ぇ〜。いやおもしろすぎるだろ。あんだけ急所当たらないみたいな話してたのに一発目で当たるとか。ハァ〜っ。……ほら、さっさと技選べよ。私はもう選んだぞ」
「は、はい……」
その後の試合では最初に一体ポカモンを倒された差を覆す事が出来るわけもなく、そのまま抵抗も許されることなく負けた。