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第十五話 正体


 添木父が帰り、静かになった病室でナナシが聞いてくる。


「なんだ。アキラは帰ったのか?」

「そうね。あんなヘラヘラしてるけど結構偉い立場だから、なんやかんや忙しいみたい」

「ああ。だから私達に協力を求めるなんてことしてたのか」


 先輩は納得したような口ぶりで言う。確かに、口外されるとまずいって話なら警察内部でも関わる人はできるだけ少ないほうが良いよな。


「そんなことはどうでもいい。リアの親なら信頼もできるだろう。それよりも例の怨霊のことだ」

「お、怨霊って……何?」


 添木が不安そうに聞いてくる。そういえば話してないな。


「今回の事件の犯人だよ。さっき添木のお父さんが言ってた男子に乗っ取って暴れてた」

「死後に恨みを持ちこの世に残り続ける魂のことだ。妖怪とか幽霊とかの話は大体怨霊が原因だな」

「……。か、帰るっ」


 ナナシの話を聞くと、添木は慌てるように踵を返して帰ろうとしてしまう。


「えっ? 帰るのか? この状況で? いかにもお前が好きそうな話じゃん」


 妖怪とか幽霊とか。


「そ、そろそろ門限が……」

「いや、さっき9時までには帰れって言われてたじゃん。今まだ6時だぞ」

「……」

「もしかして……こういう話題苦手?」

「うっ……」


 どうやら図星のようだ。明らかに目が泳いだ。


「へぇ〜。そういうの苦手なのか。てっきりそういうのは無条件で好きなのかと」

「わ、悪い!? 幽霊みたいな死人が出てくるのはどうしてもダメなのっ!」

「そ、そんな逆ギレしなくても」


 どうやら本当に苦手なのだろう。怒ったように添木が声を荒げる。


「そういう訳だから、私は帰るっ! 幽霊の話とかは耳にも入れたくない!」

「……」


 耳を塞いだ添木はイヤだというように頭を振る。どれだけ嫌なんだ……。


「リア、悪いが聞いてくれ。今は魂が強い人間が多く居るせいで怨霊が活性化しやすいんだ」

「……どうしても?」

「どうしても。だ」

「う、うぅ……。わ、分かった……」


 添木が本当に嫌そうな顔で了承すると、先輩の方に近づく。


「ん? なんだ?」

「そ、その……怖いので……腕、掴んでてもいいですか?」

「嫌だ。暑い」

「〜〜っ!!」


 先輩に助けを求めた添木が裏切られて、絶望するような声にならない叫び声を上げる。


「しょうがねぇだろ……今9月だぞ。ひっつかれたら暑いんだよ」

「で、でもっ」

「……そんなに不安なんだったら伏島の腕でも掴んどけ!」

「ふわっ!」


 先輩が苛ついたように添木の腕を掴むと俺の方に投げ出される。そのまま空を舞って添木は俺の座っているベッドにポフンっと落ちる。そして潤んだ瞳で下からこちらを見上げてくる。


「う、腕、掴んでても良い? お、怨霊の話の間だけでも良いから……」

「あ、ああ」

「ありがと……」


 そうして添木は俺の腕を掴んできた。……なんだこの小動物みたいなのは! いつもの凛とした仕草の添木はどこに行った!? っていうか腕に女の子の手が! 俺には刺激が強すぎる! 俺は思わず先輩の方に助けを求めようと目を向ける。


「……」


 悪いというようにこっちに手を合わせ、舌を出すが、その目はいたずらっぽく笑っている。……あの人完全に楽しんでやがるっ!


「……そろそろ話し始めていいか?」

「あ、ああ。悪い」


 呆れたようにナナシがこっちに声を掛けてくる。そういえば話があるんだった。添木にひっつかれたせいですっかり忘れていた。


「今回の事件、俺とスグルが怪我する羽目になったのは俺があの怨霊の力量を読み違ったからだ。あの時、既にあの怨霊は暴走する人間に取り憑いて能力を実行した上で、あの学校全体を覆い尽くせるほどの魂を焼く炎を展開していた。その状態ならもうまともに抵抗できるほどの力は無いと判断して俺はスグルに攻撃を任せた」

「……」

「おい。聞いてるのか? スグル」

「あっ、ああ! 聞いてるぞっ!」


 突然名前を聞かれ、思わず声が裏返る。だって女の子が俺の腕掴んでるんだもん! こんなの冷静でいられる方がおかしいって!


「クックックック……」

「どうした? ナオ」

「いや? 何でもねぇよ」


 笑いを堪えられないと言う風に声を押し殺すように笑う先輩。他人が慌てている様子を見るのが相当面白いようだ。ちなみに添木はナナシが話している間も……


「ヒッ……」

 とか、

「イヤぁ……」


 とか弱々しい声をあげていた。誰だこの子……。っていうか今のどこに怖い要素があったんだよ! ただ話してただけだぞ!? しかし今の俺にそんなことをツッコむ余裕は無い。こっちもギリギリなのだ。


「まぁいい。続けるぞ。俺はスグルに攻撃を任して、さっさとあの怨霊を倒すつもりだった。しかし実際、怨霊にはナオの身体能力強化にも対応出来る身体能力と砂を鉄に変える能力、そして十二の式神を呼び出す能力を持っていた。はっきり言って異常な強さだ」

「そんなになのか? 私は怨霊とやらと戦うのは初めてだったからそういうのは分からないんだが」


 ナナシがあの状況の異常生を俺らに教えてくれるが本来どれくらいなのかが分からないためイマイチピンと来ないようだ。実際俺もよく分からない。


「そうだな。まずあの怨霊が暴走しているって話はしていたよな? アレは怨霊が暴走していたって訳じゃない。暴走していたのは心力だ。本来なら怨霊を呼び出し、制御する心力だったのだろうが、心力を上手く扱えるほどの魂の適正が無く、暴走を許してしまったのだろう。だが、こういう時の怨霊っていうのはたいてい弱い。依代となっている人間の魂が弱いからな。少なくとも今回の怨霊みたいな強さは規格外と言っても良い」


 先輩の疑問にも丁寧に答えてくれるナナシ。にしてもそんなに強かったのか……。よく勝てたな。俺たち。


「それで? あの怨霊の正体分かった所で何かあんのか? もう倒しちまったんだから関係無いだろ」

「いや、そうでもない。ナオが気づいているかは知らないが、俺の能力は他者の心力をコピーする物だ。もちろん制約はあるけどな。それであの男の心力をコピーしておいた。いつでもあの怨霊をこの身に宿すことができる。だが、この怨霊の能力まではよく分からない」

「なるほど。それであの怨霊の正体を知る必要があるって訳か」

「そうだ。そこで頼みなんだが、あの怨霊について感じたことをできるだけ教えて欲しい。俺一人だとどうしても限界があるからな」

「って言われてもなぁ……。俺結構必死だったから何も覚えてないぞ」


 ナナシが気づかなかった事を俺が気づいているかって言われるとなぁ……。あまり自信が無い。


「本当に何でも良いぞ。こういうのは本当に些細なことで分かるもんだ」

「そうなのか? まぁ……とりあえずナナシが今の所あの怨霊について分かってる事を教えてくれ」

「そうだな。まずは能力だな。さっきも軽く言ったが土から鉄を作り出す能力、魂を焼く炎を出す能力、そして十二体の式神の召喚だな。

 そして生きていた時代は大体千年前。身体能力の強化は怨霊なら強かれ弱かれ持っている物だがそれは怨霊の強さに比例する。ナオの身体能力強化と渡り合えると考えると怨霊はどうやら相当高名な怨霊みたいだな」


 ナナシがとりあえず持っている情報を羅列してくれる。結構多いな。そう思うと先輩が


「そんだけあるならもう分かりそうなもんだけどな……」


 とぼやく。言われてみればそうだ。


「俺もそう思ったんだが……これだけ条件が多いとなるともう当てはまる怨霊の元となるような人間が思いつかない」

「そうは言ってもなぁ……ナナシに分からないんじゃ俺にも分からないぞ」

「私も知らねぇな。そもそも千年前って平安だろ? そんな昔に高名な奴なんてそんなにいないだろ」

「「「「……」」」」


 そう言うと三人とも黙ってしまう。完全に手詰まりだ。すると添木が俺の腕を掴んでいないほうの手を上げる。


「その……もう一度確認なのだけれど、その怨霊は土から鉄を作り出したのよね?」

「ああ。そうだ。空中に舞った土を鉄の剣や矢に変えて攻撃してきた」

「……おそらくだけれど、その怨霊の能力、実質的には一つにまとめられるわ」

「おおっ! マジか! よくそんな事できるな」


 先輩が感心したような声を上げる。確かにあの多くの能力が一つにまとめられるとは考えにくい。


「昔少し調べたことがあったので……すぐにピンと来ました」


 少し得意げな顔をする添木、しかし俺の腕にしがみついているためあまり格好はついていない。


「それで、その能力ってなんなんだ?」

「その前に……その怨霊の能力について訂正するわ。あなた達は発火だと思っていたようだけど厳密には違う。教室が燃え始めた瞬間のことを思い出してほしい」

「ん? 確か急に炎が一面に……」

「その炎はどこから出てたか覚えている?」

「えぇっと……」


 燃え始めた瞬間の記憶を探る。確か……机とか椅子とかが燃え始めて……。


「あっ……」

「分かったかしら?」

「ああ。木があるところだけ炎が出てたな。机とか椅子とか」

「後は校庭も木が生えているところだけは燃えていたな」

「そう。つまりあの炎は木から作り出されていた物だと考えられる。木から火を作り、土から鉄を作りだす。これで何か分からない?」


 添木はこちらに目を向けてくる。


「〜〜ッ!」

 

 ただでさえ近いのにそんな事されると顔が近くなってドキドキしてしまう。しかし添木はそんなことは気にしていないようだ。そして、もったいぶる添木を急かすようにナナシが話を聞く。


「……分からんな。それで? 結局なんなんだ?」

「五行相生って分かるかしら?」

「……いや、知らん。スグルは分かるか?」

「いや、俺もそんなには。なんか聞いたことはあるけど……」

「五行説の関係の一つだな。あんまり詳しく覚えてないが、なんか生み出すんじゃなかったか?」


 俺やナナシよりは詳しく知っているらしい先輩が軽く解説してくれる。


「そうですね。その考え方でだいたいあってます。火が土を生み、土が鉄を生む。鉄は水となりその水は木を生み出す。そしてその木は火となり、それがまた土を生む。これが五行相生という考え方です」

「なるほど……。それで十二体の式神の説明もつくのか?」


 納得したかのようにナナシは声をあげ、続けて質問をする。


「いや、それだけじゃあ不十分。五行説にそんな都合のいいものはない」

「え? それじゃあ、一つでまとめられないんじゃないか?」

「そう焦らないで、この考え方を元に作られた思想がある。それが……陰陽道」

「なるほど……それは聞いたことがあるな。200年前も使っているやつがいた。もっとも、身分の低い賤民がやる物だったがな」

「そう、その陰陽道の中には特に強力な十二神将っていう式神がいる」

「なるほど……。っていうか添木はよくそんな事知ってたな」


 確かにそれなら条件は全て当てはまる。しかし普通はそんな事知らないだろう。


「昔からこういう事を調べるのは好き。いろいろな創作の元ネタになってたりするから」

「ああ……」


 なんだか添木っぽい理由だな。そう思っているとナナシは嬉しそうに言い放つ。


「なんにせよこれであの怨霊の正体が分かった」

「あ、居たのか? 条件に当てはまる人」

「ああ。リアのおかげだ」

「別に……ただ怨霊の話をさっさと終わらせたかっただけ」


 ナナシが感謝すると、添木はそんな弱気なことを言う。最後の最後に締まらないな……。


「それで? 結局誰だったんだ? あの怨霊の正体って」

「ああ、1000年前、つまりは平安時代を生き、陰陽道を扱う高名な人物、あの怨霊の正体は……

 安倍晴明だ」

その正体は、平安を支えた至高の陰陽師!

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