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第十三話 狩人と獣

「は、はい! 気張ります!」


 先輩に言われて気合を入れ直すと、男が立ち上がってこちらを睨みつけてくる。


「お? 来るか? 伏島! 私の能力は身体能力の強化だ! さっきも言ったけど魂とやらには干渉出来ねぇ! トドメはお前に任せるぞ!」

「はい! 任せてください!」


 返事を終えると、俺は電撃を溜めた右手を前に構える。すると男は相変わらず獣のような声を上げながら地面に爪を立てる。


「何してんだ? アイツ」

「土を掘ってますね……」


 その抉った大量の土を固めて俺たちに向けて恐ろしい勢いで投げてくる。しかしそれは投げられた勢いに負け、バラバラと崩れていく。それを見た先輩は呆れたようにつぶやく。


「おいおい……。そんなことしても大したダメージには……」

「グラァ!」

「ッ!」


 しかし男が再び叫んだ瞬間、バラバラになった土が光りながらいくつかの塊に分かれ、剣の形を取る!


「あっぶねぇ! なんだあれ!? 土が急に鉄になったぞ!」

「まだ来ます! 次は上です!」


 先輩が剣を足で全て弾くと同時に男が土を上に放り投げ、それが鉄の矢となって降りそそぐ! ……ッ! さっきよりも多い!


「オイオイオイオイ! なんとか出来ねぇか? この数をずっとは防ぎきれねぇぞ!」

「俺に任せろ。『心力模倣《重力操作》』」


 ナナシの心力のおかげで、投げられた大量の矢が宙にとどまる。


「グァ?」

「よし、俺が矢を浮かせてるうちにここから離れろ。アイツがまた攻撃を始めたら厄介だぞ」

「あ、ああ。分かった」


 ナナシに言われた通りに上に矢が無いところに走る。しかし、それに合わせて矢が俺たちの上空に動く。


「……どうやら追跡の効果があの矢にはついているようだな。アイツを倒すまではこの矢からは逃げられない」

「まぁいい。要はアイツを吹っ飛ばしゃあいいんだろ?」

「気をつけろよ。この能力の効果範囲は半径2mだ。もうアイツの動きを止めたりは出来ない。フォローは期待するな」

「了ッ解!」


 ナナシの忠告を聞き終えると同時に先輩がすごいスピードで駆け出す。俺は慌てて、


「俺の電撃も10mくらいからじゃないと届きません! できるだけ引き付けてください!」

「分かった! 任せとけ!」


 先輩が返事をすると同時に校庭の端に居た男も走り出す! さっきよりも速い! 先輩と同じくらいのスピードだ。


「なんだぁ? なんだぁ? さっきのは本気じゃなかったってワケか? いいなぁ! なら今度は吹っ飛ばねぇよなぁ! オラァ!」

「ガァ!」

「お?」


 先程と同じ蹴りを繰り出した先輩の足は、男に掴まれ、ぐるぐると振り回される。


「グォォォォ!」

「うぉっ、おいおいおいお……」

「先輩ッ!」


 そのままの勢いで投げられた先輩は俺の真横を通り、校舎の壁を突き破りながら吹き飛んでいく!


「グォォォォ!」

「ヤベッ……!」


 先輩を吹き飛ばした後、雄叫びを上げながらこちらに駆け出してくる男に、俺は慌てて電撃を放つ!


「グァァッ!」

「それ避けんのかよっ!」


 放った電撃の軌道は確かに男の体の中心を捉えていたが、素早く横に跳ねた男には当たらず、そのまま彼方へと飛んでいく。


「グォォォッ!」

「ッ……!」


 眼前に男の拳が迫る! 俺はヤバいと思い、体中に力を込めた……がそれは無意味だった。体の重心が後ろに傾き、男の拳が俺の顔から遠ざかる。それと同時に制服が俺の首を締める!


「グェッ!?」

「悪い、吹っ飛ばされてた。あぁ〜調子乗って負けるとかダッセェ〜」

「ゴホッ、ゴホッ! あ、ありがとうございます……。それより! 先輩は大丈夫ですか?」


 見た感じは大丈夫そうだが、さっきものすごい勢いで吹っ飛ばされてたからな……。


「ん? ああ、見ての通り全く問題ねぇ。体の強度も上がるらしいな。私のことは気にしなくていい。それに、お前が動けなくなると勝ち目ねぇからな。礼も必要ねぇ。その代わり、しっかりアイツにトドメ刺してくれよ?」

「は、はい! 分かりました! ただ……アイツ電撃を見てから躱してきたので、出来れば動きを止めてくれるとありがたいです」

「分かった! 任せろ!」


 さっきの攻防でだいぶあの男との距離が近づいた。次に当たりそうなときは絶対に外さない!


「グァァァッ!」

「オラオラオラオラァ! もうさっきみたいには吹っ飛ばされねぇぞ!」


 男と先輩が戦い始める。それと同時に俺は横に走り、電撃を放つ! しかし先輩と殴りながらも男は飛び上がり、電撃を避ける! ……ッ! なんであれを避けられるんだよっ!


「グォォォォッ!」


 地面に着地した男は先輩と殴り合いながら地面を思い切り蹴り上げる! 


「目くらましのつもりかぁ? 効かねぇよっ! ッ……! うおっ!」


 男の顔面に向かって放たれた一撃は、金属を殴るような鈍い音が響くと同時に阻まれる。その瞬間今度は男の足が先輩の顔面に向かう。それを先輩は間一髪、仰け反って避ける! その先には一辺50cmくらいの鉄の板が浮かんでおり、男の顔を守っていた。


「ナオ! そいつが地面になにかした時はおとなしく引け! 何が起きるか分からんぞ!」

「わぁ〜ってるよ! オラオラオラオラァ!」


 ナナシの忠告に返事をすると、先輩は先程よりも早く打撃を繰り出す。そのうちの何発かは男に届くが、一瞬体が揺れるだけでやはりダメージを食らう様子は無い。今がチャンスと思い電撃を男の胴体に向かって放つが、鉄の板が動いて防がれる。クッソ! あれじゃあ攻撃が届かねぇ!


「ッ! 先輩! その板なんとかして奪えますか!」

「……なら伏島! できるだけ電撃を頭に打ち続けろ!」

「りょ、了解です!」


 先輩に言われたとおり、頭を狙ってひたすら打ち続ける! しかしそれは全て鉄の板に防がれてしまう。クソッ! やっぱりあの板をなんとかしないと……! そう思った時、先輩が男の足を横から払い、男の体が組み伏せられる!


「頭ばっかり気にすんなよ……? 足ががら空きだぜ?」


 その隙を先輩が見逃さずに、鉄の板に手をかける!


「オッラァ!」


 そのまま鉄の板を男の顔の近くから引き剥がし、校舎の方に向かって投げる! よし! これでもう邪魔する物はない! 男も倒れてる! 今なら!


「やれ! 伏島!」

「グォォォォォッ!」



 電撃が男の体に当たった瞬間、爆発が起こり、砂埃が立つ。やったか!? 砂埃でよく見えない。


「うぉっ!」


 砂埃の方に目を凝らしていると、先輩がすごいスピードで吹き飛んでくる。足を地面に突っ張っているせいか、砂が先輩の足元を舞う。


「先輩!? 大丈夫ですか?」

「あ、ああ。それより、見ろ」

「え?」


 そう言われて、先輩が吹っ飛んできた方向に再び目を向ける。すると、先輩が吹き飛んだ衝撃で砂埃は晴れており、そこには炎をまとった鳥が男を守るように空を飛んでいた。大きさは20cmくらいか? かなり小さい。


「な、なんだ? アレ」

「分からねぇ。急に現れたかと思ったら私が吹っ飛ばされた」

「式神だな。アイツ……あんな物まで使えるのか」

「式神?」

「自分の魂の一部を使って召喚する使い魔だ。高位な怨霊にしか使えない物だが、怨霊と違って物理的なダメージでも倒せる。まぁ、数が増えるから厄介なことには変わりないがな」


 ナナシの話を聞き終わると、その式神が火球を4つほど飛ばしてくる。俺は電撃で慌ててそれを全て吹き飛ばす。その間に男は立ち上がる。しかしその様子は先程とは違っていた。


「グルルルルル……」

「なんだ? アイツ、怒ってんのか?」


 睨むようにこちらを見据える男の表情は先程よりも険しいもので、口元からは唾をダラダラと垂らしていた。


「汚っねぇなぁ。なんかさっきよりも獣みたいになってねぇか?」

「渇望状態だな。怨霊は人間と違って他人の魂を食らって生きている。先程の戦闘での能力の使用、スグルの電撃、そしてあの式神の召喚。だいぶ魂が消費されているな。今のアイツから見たらお前は最高のご馳走だぞ。スグル」

「怖っ。まぁ、要は弱っているってことだろ。なら。もう少しだ」

「弱っているからって気を抜くなよ。確かに知能は下がっているか、その代わり身体能力は上がっているはずだ」

「ならさっきと同じ方法で行くぞ! 伏島! 私があの男を抑え――」

「先輩ッ!」


 作戦を話していると、先輩が再び吹き飛ぶ。吹き飛んだ方を見ると、先輩の方には、先程の火の鳥のような小さな動物の形を模した式神が11体増えた上で先輩を襲っていた。


「まだ式神を出すか。だいぶ無理をするな」

「呑気に言ってる場合か! このままじゃ先輩が……!」

「ッ! 私は大丈夫だッ! こいつらを処理した後でそっちに行く! 耐えててくれ!」


 虎の形をした式神の首を引きちぎりながら俺に大声で答えてくる。


「スグルッ! 来るぞ」

「グルァ!」

「うっ……」


 ナナシの声が聞こえた瞬間、俺の腹に拳がめり込み、激痛が走る。しかし、その痛みに悶える暇もなく、体はそのままの勢いで校舎にぶつかり、今度は背中と足にも痛みが走る。




「大丈夫か!?」

「だ、大丈夫……だ。痛っ……」


 どうやら先程、先輩が男から引き剥がした鉄の板の一部が校舎に刺さっており、それが足に当たったようで、傷口から足を伝って血が垂れ落ちる。


「まだ来るぞ!」


 しかし、そんな痛みを感じる余裕も無く、男が再び猛スピードでこちらに向かってくる。そして眼前に拳が迫る! しかしその拳が俺の顔面に届くことは無かった。


「『心力模倣《肉体強化》』」

「グァ?」

「なるほど。スグルの肉体が弱らせ、抵抗出来ないようにした上でスグルの魂を食らうつもりだったのか。悪いがこの魂は俺とスグルの物だ。お前に食わせる訳にはいかん」


 左手が勝手に動き、男の左手を掴む。男はその手を払おうと暴れるが、手はびくともしない。しかしナナシが主導権を奪っているのは左手だけ。男の空いている右手が今度は俺の眼前に迫る。


「無駄だ。『心力模倣《硬質化》』」

「グァァッ!」


 男の左手は、またも俺の左手に阻まれる。今度は硬い物を思いっきり殴った時の音と共に男の手から血が吹き出る。男は怯んだ様子も無く、再び拳を振るう。そしてそれをナナシが対処する。その繰り返しだ。しかしこっちは片手のみ。だんだんと俺を守るのがギリギリになってきている。


「おい! ナナシ! なんで俺の体を奪わない!? このままじゃ追いつかなくなるだろ!」

「時間が無い。俺がお前の肉体の主導権を奪っている間になぶり殺されるか魂を食い尽くされて終わるぞ」

「でも……このままじゃ……」

 

 話している間にも殴られ続け、俺を守る左手が間に合わなくなる。そして、俺の体に手がめり込む。


「グッ……!」

「グォォォォ……」


 激痛が走り、思わずうめき声が漏れる。そして男が満足そうに笑みを浮かべる。しかし、笑みを浮かべたのは俺の左腕に生えている口もだった。


「甘いぞ。怨霊。魂を食われることも想定済みだ。『心力模倣《魂爆》』」

「グァァァァァァッ!」


 突然目の前で男が苦しみだし、体から右手が抜かれる。口からは血を吐き出し、呼吸も荒くなっている。その状態でも男は俺の体に手を突っ込んでくる。


「グフッ……」

「グルルルル……」


 再び魂を食われた俺は目の前がクラリと揺れる。どうやらナナシも力を使い果たしたらしい。先程まで俺の左腕に生えていた口も無くなっている。そして、男が勝ち誇ったようにこちらを覗き込んでくる。


「うぉぉぉぉッ!」


 そんな余裕ぶった男に対して、俺は足に当たっていた鉄の板で男を殴る! 男がひるんだ一瞬の間に地面に伏せ、板を頭と上半身を守る! その次の瞬間、上からナナシの能力によって浮かんでいた鉄の矢が俺に目掛けて降り注ぐ! しかしそのほとんどは鉄の板に阻まれ、残りの一部も足を貫くだけだ。当然、すぐ側で何もしていない男には俺より多くの矢が刺さる!


「うっ……」

「グォォォッ!」



 そう。最初からこれが目的だったのだ。ナナシがひたすらに俺の魂を食うことを邪魔して、男の目標をナナシに向ける! そしてナナシが完全に倒された後、降り注ぐ矢でアイツの隙を作る! 初めて出来たこの隙を逃す訳にはいかない! 俺は電撃を男に向けて放つ!


「! グォォォォ!」


 そうして決死の覚悟で放った電撃も後ろに大きく飛び退くことで、避けられてしまう。クッソ……! これだけ状況を整えても避けられるのかよ……!


「グォォォォ……」

「このっ……!」


 警戒してか、体中に矢が刺さっては流石に痛みがあるのか、ゆっくりと歩いていくる男に何度も電撃を放つが、電撃が当たる瞬間だけは素早く動く男には全くかすりもせず、そのまま接近を許してしまう。


「グァァァァァッ!」

「ッ……!」



 腕が後ろに大きく振るわれる。もうダメだッ……! そう思った時――


「伏島! よく耐えた!」

「ッ! 先輩!」


 頭から血を流した先輩が男を後ろから羽交い締めにし、男の動きを止める!


「早くッ、コイツを撃て! 私が止めてる内に……!」

「グァァァァァッ! グァッ!」

「クッソ……! おとなしくしてろッ……このッ!」


 羽交い締めにから抜け出そうと暴れる男を先輩が必死に抑えてくれる。


「けどここで撃ったら先輩まで……」

「馬ッ鹿野郎! ここでやれなきゃどっちにしろ負けるだろ……! いいから早く撃てッ!」

「……」

「伏島ッ!」

「う、うぉぉぉぉぉ!」


 恐怖心を大声でかき消し、言われたとおりに電撃で先輩ごと男を貫く!


「クッ……!」

「ギャァァァァァッ!」


 貫いた瞬間、鼓膜を大きく揺らすような大きな断末魔を男が響かせる。ま、まだなにかあるのか!?


「……」


 しかしそれ以上なにか起きるわけではなく、そのまま男は力なく倒れた。それと同時に外の木々や学校を赤く照らしていた炎が静まる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 やっと倒れた……。そう思った瞬間どっと疲れが押し寄せてくる。……そうだ! 先輩は……!? 俺は慌てて先輩の方に目を向ける。


「先輩ッ!」


 男のすぐ横で同じように力なく倒れている先輩を見つけ、急いで駆け寄ろうとする。しかし――


「クッ……!」


 突然体から力が抜け、頭から地面に崩れ落ちる。それから視界が段々と暗転していく……。ダメだ……どうやら魂を食われすぎたらしい。力が全く入らない……。



「伏島さん!? 大丈夫ですか!?」


 暗闇の中で、小清水さんの声が聞こえ、体が揺さぶられる。


「きゅ、救急車……! ……す、すみません! きゅ、救急です! い、意識が無くて倒れている人が……き、清水高校です! え? もう向かってる……?」


 すると、どこからか2つのサイレンの音が聞こえる。どうやら誰かが既に救急車と消防車を呼んでくれていたようだ。


「……」


 俺は、その、規則的な高音を聞きながら、意識を手放していった。

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