一 : 絡み合う思惑(5)-本願寺の強さの一端
同じ頃、石山本願寺・阿弥陀堂。
今日も阿弥陀如来に向かい念仏を唱える顕如。夕陽が障子を通して部屋を赤く染めるが、一向に構う事なく続ける。
そんな時、廊下を歩く足音が段々と近づいてきて、部屋の前で止まった。人影に気付いた顕如が勤行を一旦中断する。
「失礼致す」
一言断りを入れてから障子が開かれる。そこに立っていたのは孫一だった。
孫一が座ると顕如も体の向きを変え、向かい合わせになる。
「織田方が本願寺を築いていると物見から報告がありました。寄せ手は――」
「主立った者は塙、明智、佐久間、細川……で、合っていますよね?」
自分が今言おうとした名前を先に指摘され、目を剥く孫一。
「……ご存知でしたか」
「こちらも指を銜えて傍観している訳ではありません。様々な方面から広く情報を集めております。尤も、偽の情報に騙される事がないよう、逐次精査していますけれど」
本願寺が巨大勢力となった織田家に六年の間も屈しなかった一つの要因に挙げられるのが、情報戦の強さだった。幅広い階層や職業に門徒を持つ特性を活かし、様々な角度から情報を集めている。その情報網の一端を垣間見て、百戦錬磨の孫一も思わず舌を巻いた。
「……時に、孫一殿。織田方はこの後どう動くとお考えですか?」
顕如が問うと「これはあくまでオレの推察ですが……」と前置きした上で話す。
「恐らく、楼の岸砦か木津砦のどちらか、或いはこの両方を攻めるかと」
楼の岸・木津の両砦は大阪湾から繋がる水路を確保する上で重要な拠点だ。本願寺の周りを囲むように砦が幾つも築かれており、陸路を用いた兵站は難しくなっている。その為、兵糧や物資の搬入は海から水路を利用して運んでおり、大阪湾と本願寺を結ぶ水路を維持する為にも楼の岸・木津の両砦は何としても死守しなければならない。
顕如は顎に手を当てて考えるが、すぐに解いて孫一の顔を見た。
「……分かりました。こちらも引き続き探りを入れてみます」
用を済ませた孫一は顕如に一礼すると立ち上がってその足で阿弥陀堂を後にした。一人残された顕如は何事も無かったように阿弥陀如来の方に体を向けて勤行を再開した。