宰相は今日も世話焼き 4
大公とレティシアの婚姻の式を、ルーナは覚えていない。
連れて行ってもらっていたらしいのだが、まだ赤ん坊で、しかも、眠っていた。
その時も、ユージーンがあやしてくれたと、聞いている。
だから、式が、どんなふうかを知らずにいた。
自分が当事者になるまでは。
真っ白なドレスに、白いベール。
ルーナは、トラヴィスの腕に手をかけ、ゆっくりと歩いて行く。
ユージーンは、すでに立っていて、ルーナが来るのを待っていた。
緊張していても、ユージーンの姿に見惚れそうになる。
今日もユージーンは正装だが、いつもとは違って、真っ白のモーニングコート。
通常のものとは、仕立ても違っていた。
普通は黒であるはずの上着まで、真っ白なのだ。
それが、ユージーンの金色の髪と相まって、ものすごく似合っている。
だんだんに、そのユージーンに近づき、やがて隣に並び立った。
トラヴィスが離れて行く。
さらに、緊張が増した。
レティシアやサリーに「花嫁」としての振る舞いは、教えてもらっている。
それでも、なにか失敗するのではないか、と不安になった。
なにしろ、初めてのことだし、緊張しているし。
おまけに、広い会場には、大勢の列席者がいるし。
「それでは、誓いの儀式を執り行います」
正面を向いているので、ユージーンが、どんな顔をしているのか見えない。
確かめたい気持ちもあったが、我慢する。
生涯ただ1度の式で、失敗したくなかったからだ。
2人の前に立っているのは、ルーナの義理の大叔父。
つまり、サリーの夫であるグレイだった。
見届け人との役割を、グレイは嫌がっていたが「お前の時には俺がした」というユージーンの言葉に押し切られている。
グレイが、黒縁の眼鏡を押し上げてから、口を開いた。
同時に、ルーナの心臓が、ばくばくしてくる。
「ユージーン・ガルベリー、あなたは、健やかなる時も病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時貧しき時も、ルーナティアーナ・ウィリュアートンを愛し、敬い、慰め、守り、死が2人を分かとうとも、心を尽くすと、誓いますか?」
心拍数が上がり過ぎて、眩暈がした。
倒れるわけにはいかないが、倒れてしまいそうだ。
「むろん、誓う。誓うに決まっておろう」
ユージーンが、ユージーンらしく答える。
しっかりした口調で、落ち着いていた。
どきどきしているのは、自分だけかもしれないと、思う。
そもそも、ユージーンに「緊張する」ことなどありそうにない。
グレイが同じ言葉を、ルーナの名をもって、繰り返す。
ひどく緊張していたはずだったのだけれども。
ユージーンが死にかけた時のことを、思い出していた。
たとえ、それが「死」であっても、一緒がいいと、ルーナは思ったのだ。
ふっと、緊張がほどける。
物事は、とても単純なのだ。
そう気づいた。
(私は、ジーンが大好き。すごく愛してて、ずっと一緒にいたい)
それが、婚姻したかった理由。
今、ここに立っている理由でもある。
ルーナは、ベールの下で微笑みを浮かべ、口を開いた。
「誓います」
誓いの言葉を口にしながら、今さらに思う。
振り返ってもらえない、と悲しくなったり、せつなくなったりしたけれど、そうした気持ちも大切だったのだ。
いろんな想いがあったから、毎日が「特別」なのだと感じられる。
その多くの感情をくれたのが、ユージーンだった。
ジークが、いつになく真面目な顔で、2人に歩み寄ってくる。
両手で、小さなクッションに似たものを持っていた。
その上には、白金色の指輪が2つ、並んでいる。
飾りはなく、凝った造りではないが、そこが気に入っていた。
ユージーンが、まず、その中のひとつを取った。
ルーナの左手を取り、薬指にはめる。
ルーナも同じように、ユージーンの指に指輪をはめた。
それを見てから、ジークが下がっていく。
黙って役割に徹しているジークの貴重な姿にも、感動を覚えた。
この式を、大事なものだと考えてくれているのが、伝わってきたからだ。
グレイが、また眼鏡を押し上げている。
少し咳ばらいをしてから、言った。
「それでは……誓いの、口づけを」
ルーナは、教えられていた通り、ユージーンのほうへと体を向け、少し、かがみこんだ。
ユージーンが、ベールを上げてくれる。
とたん、ルーナは息が止まるほど驚いた。
ユージーンは、正真正銘、掛け値なしに、微笑んでいる。
いつもは、あれほどに無表情なのに。
ユージーンの両手が伸ばされ、ルーナの頬が、その手につつまれた。
今度は、ユージーンが体を前に倒し、ルーナに、そっと口づける。
その仕草が優しくて、ひどく胸が締めつけられた。
ユージーンは、確かに、自分を愛してくれている。
ルーナの中に、いろんな光景が蘇っていた。
3歳の時も、6歳の時も、14歳の時も、そして、16歳になっても。
自分は、いつも我儘で、勝手なことばかり、言ったりしたりしていた。
そのすべてをユージーンは、受け入れ、受け止めてくれていたのだ。
ずっと、ずっと、大事に大事にされてきた。
そして、これからも大事にしてくれるに違いない。
ユージーンは、ガルベリーの名よりも、ルーナを選んでくれている。
とてもとても優しい人なのだ、彼は。
16年の間、ルーナは、ユージーンに恋をし続けていた。
あの「きらきら」を感じた時から、ずっとだ。
自分の好きな人から、同じ気持ちを返してもらえる。
これほど幸せなことがあるだろうか。
目の縁が、熱くなってくる。
嬉しくて、幸せで、涙がこぼれそうになっていた。
ふわっ。
びっくりして、目を見開く。
ルーナは、高く抱き上げられていた。
涙で視界は滲んでいたけれど、ユージーンが、笑っているのは、わかる。
大勢の列席者など見えていないかのように、ルーナだけを見ていた。
そして、ユージーンは、とても幸せそうな表情を浮かべて、言った。
「そら、ルーナ、高い高いだ」
いつも足をお運び頂いているかた、初めましてのかた、
全20話(80部分(頁))までの、おつきあいを、ありがとうございました。
笑って頂いけたり、ほんわかして頂けたりしていれば、嬉しいです。
どこかしら、なにか少しでも楽しんで頂けていると、幸いです。
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本当に書き続ける気力、心の支えとさせて頂いております。
年末年始のお忙しい中、足をお運び頂いたこと、非常にありがたく感じています。
皆々様、最後までお読み頂き、本当に、ありがとうございました!




