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宰相は今日も世話焼き 3

 ルーナは、なにやら「ちょっと頭を冷やしてくる」と言い、客室を出て行った。

 なぜ、頭を冷やす必要があったのかは不明。

 だが、昨日、トラヴィスから、ルーナの体調が良くないと聞いていたため、あとから、様子を見に行くつもりだ。

 

「ルーナに、ウィリュアートンの血について、教える気はなかったのだがな」

「どの道、将来的には知ることになったでしょうし、婚姻前のほうが良かったかもしれません」

 

 トラヴィスは、早く話しておくべきだった、と考えているのかもしれない。

 相手が誰であれ、婚姻するとなれば、血の縛りを隠すことはできないのだ。

 ルーナが子を成した時点で露見するだろうし、そこに至ってから知れば、大きな衝撃を受けるのは間違いない。

 

「しかし、本当によろしいのですか?」

「かまわんと言ったであろう」

 

 トラヴィスは、ユージーンが「与える者」だとは知らない。

 それでも、王太子のトマスになにかあった場合のことを心配している。

 実際には、ユージーンに男子が成せない事態には、もっと大きな意味があるのだけれども。

 

「考えてみよ、トラヴィス。この国は、魔術師に頼り過ぎていると、思わんか? 魔術師は良き者ばかりではないし、ある日突然、魔力が消えることも考えられる。魔術師のみに頼っておれば、千年後、この国は滅びているかもしれんのだ」

 

 トラヴィスの顔が、父親から重臣のものへと変わった。

 トラヴィスもまた、数少ない「国の行く末を考える」者なのだ。

 

「では、宰相様は、魔術師に頼らない国造りを、お考えになられると?」

「むろん、魔術師は、おらぬよりおったほうが良いがな。魔術師がいなかろうと、国を存続させる道筋は、考えておくつもりだ」

 

 ふう…と、トラヴィスが息をつく。

 それから、緊張を解き、口元を緩めた。

 

「養子の件といい、宰相様は、本当に変わったかたですね」

「俺は、あれ(ルーナ)のことが愛しい。それだけのことだ」

 

 トラヴィスは、少しだけ寂しそうな顔をする。

 ユージーンには、トラヴィスの気持ちが、痛いくらいにわかった。

 

「サンジェリナは、どうなのだ?」

「あまり……良くありません」

「そうか。では、式を早めるとしよう」

「……感謝いたします、宰相様。ルーナを、彼女の元に残してくださって」

「ルーナも、離れ難いと感じているのでな」

 

 ユージーンが、ウィリュアートンの養子に入ると言い出した理由を、トラヴィスも理解している。

 ルーナが嫁げば、実家には「里帰り」しかできない。

 が、ユージーンが養子に入れば、ウィリュアートンの屋敷で暮らせるのだ。

 残り少ないであろう母娘の時間を、取り上げたくはなかった。

 

「俺は、ローエルハイドに住んでいた経験がある。慣れているので心配はいらん」

「ですが……ガルベリーの名を捨てることになっても、かまわないのですか?」

「かまわん。名になど、こだわっておらんのでな」

 

 それに、ユージーンには、ちょっとした考えがある。

 字引きの編纂を始めたあと、レティシアから聞いたのだ。

 

(ガルベリーの名は、書物を書く際に使えば良い。ぺんねーむ、と言ったか)

 

 書物を出す際の「通り名」のようなものらしい。

 読み手は、そこから、同じ者が書いた書物を選ぶことができるため、便利なのだそうだ。

 

 ロズウェルドの書物は、書いた人物の名に統一感がない。

 同一人物であれ、書物毎に、愛称が使われていたり、正式名が使われていたり、はたまた名そのものが変わることもある。

 そのせいで、同じ人物が書いた、別の書物を探すのは、わりと面倒なのだ。

 

「それでは、早急に手続きができるよう、根回しをしておきます」

「その方面は、お前のほうが得意であろうな」

 

 ユージーンは、ちょっぴり、そわそわし始めている。

 ルーナの様子を、見に行きたくなっていたのだ。

 ともあれ、トラヴィスには必要なことは伝えた。

 立ち上がったユージーンに、トラヴィスが頭を下げてくる。

 

「ルーナを……どうか、よろしくお願いいたします」

「俺は、あれの世話を16年してきたのだ。これからも、大事にする。いや、これまで以上に、大事にする。いかなることがあっても守り、泣かせたりはせぬ」

 

 言って、客室を出ようとしたが、足を止めて振り返った。

 ユージーンを見ている、トラヴィスに言う。

 

「ザックのようにはなるなよ、トラヴィス」

「ええ、もちろん。絶対に、なりません」

 

 2人して、少し笑った。

 それから、ユージーンは客室を出て、ルーナの部屋に向かう。

 

 ちょっぴり、どきどきしていた。

 入ったことがないわけではない。

 というより、何度となく入っている。

 さりとて、ルーナを、女性として意識してから入るのは、初めてなのだ。

 が、しかし。

 

 がちゃり。

 

「うわっ?! じ、ジーンっ?!」

 

 扉を叩きもせず、開いていた。

 ルーナは、飛び上がるようにして驚いたあと、固まっている。

 そして、ユージーンも、扉を開いたまま、固まっていた。

 

「の、の、のぞ、覗くつも、つもりでは……おま、お前の体調が……」

「わ、わか、わかってる……うん……わかってる、から……」

 

 着替え中だったのか、ルーナは服を脱ぎかけていて、半裸。

 ベッドに替えの服が放り出されている。

 ユージーンは、ばたばたっと、そこに駆け寄り、服を手に取った。

 

「て、手伝ってやるから、さっさと着替えてしまえ! 前にも言ったが、男の前で軽々しく服を脱いではならん!」

「な、なによ! ジーンが、勝手に入ってき……ふわっ?!」

 

 ばささっと、頭から、ルーナに服を引っかぶせる。

 ついで、すぐに、ボタンを、ばばばばっと止めた。

 襟元を直し、袖口を整え、髪を手で撫でつける。

 

「これで、良い」

「……ジーン……着替えくらい、自分でできるのに……」

「俺がやったほうが早かろう」

 

 それに、ルーナの半裸など見ていられない。

 理性が、ぶっ壊れそうになる。

 たとえ婚姻が決まっていても、いきなりベッドに押し倒すのは「ナシ」だ。

 ルーナに、どすけべだと、思われたくはないし。

 

「体は、大丈夫そうだな」

「うん。ちょっと……嫌な汗……暑くて汗かいたから、着替えてたの」

 

 ルーナの体調を確認してから、ユージーンは、コートのポケットに手を入れた。

 これといって包装もしていないので、剥き出しのそれを、ルーナに差し出す。

 

栗鼠(りす)の置物?」

「お前は、栗鼠が好きなのではないか?」

「そうだね。可愛くて好き」

「今まで、俺は、お前に贈り物をしたことがなかったのでな」

 

 単純に、ルーナにねだられたものを、与えていただけだ。

 それは「贈り物」ではない。

 

「ジーン! ありがとう! すっごく嬉しい! 大事にする!」

「う、うむ」

 

 ルーナの素直な喜びように、気恥ずかしくなる。

 柄でもなく照れているユージーンに、ルーナが栗鼠を片手にしがみついてきた。

 そして、背伸びしてくる。

 咄嗟に、ルーナの肩をつかみ、制止した。

 

「ルーナ、はしたないぞ。そういうことは、女からするものではない」

「は……? 私、3歳の頃からしてるんだけど?」

「あれは、口くっつけ癖に過ぎん。これとは、違う」

 

 ルーナの顎を掴み、くいっと引き上げる。

 それから、ユージーンは、ルーナの唇に、自分の唇を重ねた。

 

 口をくっつけるだけのものではなく、愛しい者にする口づけとして。


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