宰相は今日も世話焼き 2
かなり気恥ずかしい。
が、嬉しくもある。
昨夜、ユージーンは大騒ぎを起こしたあと、いったん王宮に帰って行った。
それから、改めて出直している。
やっぱり正装しているけれど、今日は髪も整っていた。
昨夜のユージーンが、どれだけ慌てていたかが、わかる。
「あのね、お父さま、私、言っておかなくちゃいけないことがあるの」
客室に、父とルーナ、ユージーンが揃っていた。
父の座るソファの向かい側に、ユージーンと並んで座っている。
「私は、ジーンに、側室を迎えることを考えてて……」
「それは……」
父の顔色が、サッと変わった。
ルーナは、慌てて言葉を付け加える。
「ほら、ウィリュアートンは男の子が産まれにくい体質をし……」
「トラヴィス!! いったい、どういうことだっ?!」
最後まで言えなかった。
声を上げたのは、ユージーンだ。
なぜだか。
「それは、私が言いたい! いったい、どういうおつもりですか、宰相様!」
「なんだとっ?! 俺には、どういうつもりもない! お前こそ、己が家督を継がせるために、ルーナに男子が成せぬと困るのであろう! そのために、俺に側室をあてがおうとするか!」
「なにを仰られるっ?! 私は、ルーナに家督を継がせる気など、まったくありはしませんよ! 宰相様が、望んだのではありませんかっ?! 宰相様は、仮にも、王族でいらっしゃるわけですから!!」
「そのようなこと、俺は望んでおらん!!」
「では、なぜルーナが側室などと言い出すのですかっ?!」
「知らん!!」
2人の喧嘩腰に、ルーナは、おろおろしていた。
だが、急に、2人の視線が自分にそそがれるのを感じて焦る。
「どういうことかな、ルーナ?」
「どういうことだ、ルーナ」
気まずい。
非常に、気まずい。
さりとて、黙っているわけにもいかなかった。
ルーナは、肩を落とし、事情を話す。
アンジェラ・ラシュビーとの会話を聞いてしまったことだ。
「ルーナ……盗み聞きとは、さすがに感心しないね」
父の言葉に、深くうなだれた。
自分でも、悪いことをしている気持ちはあったからだ。
「そうだぞ、ルーナ。盗み聞きはいかん。堂々と入ってくれば良かったのだ」
「いえ、それも問題でしょう、宰相様。謁見室には、外国からのお客様がいらしていることもあるのですから」
「それはそうだが、なにも問題はないぞ、トラヴィス。ルーナは言語能力に長けている。俺が通訳をせずとも、理解できるはずだ」
「ああ、いえ……そういうことでは……」
外交の場に、部外者が立ち入ること自体を父は問題にしている。
ルーナには父の言いたいことが、わかっていた。
ルーナ自身も、同様に思っていたからだ。
が、ユージーンは、いっこう意に介していない。
ルーナがいてもかまわない、と思っているからだろう。
「ともかく……宰相様が、男子を必要とされておられるので、ルーナが側室などと言い出したのではありませんか」
父が、ユージーンに、冷たい視線を投げている。
ユージーンも、憮然とした表情を浮かべていた。
父のほうが年上だが、2人は、1つしか歳が違わない。
しかも、2人とも身分だの爵位だのを持ち出さない性格をしている。
そのせいか、互いに言葉を飾らないところがあった。
聞いているルーナは、冷や冷やしている。
自分のせいなのだけれども。
「あの時は、俺も、それが己の責だと思っていた。だがな、トラヴィス、今の俺は違うぞ。もう、そのようなことは、どうでもよい。男子が成せずともかまわん」
ユージーンの言葉は、嬉しいけれど、困る。
無理をしているのではないか、と思ったのだ。
ユージーンは王族で、血筋を遺す必要がある。
なのに、自分との婚姻のために諦めようとしているのではなかろうか。
「私……側室ともうまくやるから……無理し……」
「お前は、俺に、好いてもおらん女を抱けと言うかっ?! 無理をしろだと?! なんというひどい女だ! 俺は、お前以外の女を抱くつもりなどない!!」
「え……あの……ジーン……」
ぶわわわわと、顔が熱くなった。
ユージーンは、どうして、人の話を最後まで聞かないのか。
完全に誤解している。
「ジ、ジーンが、本当に、それでいいなら……」
「かまわん! 俺が抱きたいのは、お前だけなのだからな!」
「宰相様……父親の前で、何度も、そういうことを仰るのはいかがなものかと……」
ふんっと、ユージーンが鼻を鳴らした。
父は、この先、ユージーンの「義理の父」になる予定なのだけれども。
「お前、ザックのようになりたいのか? 早目に子離れしておかぬと、あのような無様を晒すことになっても知らんぞ」
「それは……こ、考慮しておきます……」
父にも、なにか思うところがあったらしい。
今度は、ユージーンの言葉に反論はしなかった。
「ルーナ」
「は、はい!」
「側室は娶らん! わかったな!」
「わ、わか、わかった!」
うむ、とユージーンが鷹揚にうなずく。
ユージーンらしさ全開といったところだ。
「ところで、トラヴィス。手続きに関して、お前も協力するのだぞ」
「手続きとは? どういった……?」
「なにせ前例がないのでな。周りが、こうるさく騒ぐであろうが、お前が動けば、なんとかなろう」
「宰相様、それは、どういう意味でしょうか?」
父の問いに、ユージーンが、平然と答える。
「むろん、俺がウィリュアートンの養子に入る手続きに決まっておろう」
しーん。
ルーナもだが、父も口を閉じている。
あまりに突拍子がなさ過ぎて、頭がついていかない。
ものすごく、くどいようだが、ユージーンは王族なのだ。
王族が、大派閥とはいえ、貴族に養子に入るなど聞いたことがなかった。
というより、あり得ない。
「式は、ここで行う。ウィリュアートンは下位貴族が多いし、俺の身内からも、人が集まるのは避けようがない。領民も呼ぶ必要がある。となると、列席者は、2千人ほどになろうか。まぁ、この城を開け放てば、問題はないな」
くらっと、きた。
ユージーンは、あたり前に語っているが、ルーナには、あたり前ではない。
「に、にせ、2千人って……」
ユージーンがルーナを見て、それから、頭を撫でてくる。
嬉しいけれど、そういうことではない。
「案ずるな。俺は、式の段取りには慣れている。万事、俺に任せておけば良い」
「そ、そういうことじゃなくて……」
「む。そうか」
ユージーンの表情が、きりっと引き締まった。
そして、ものすごく真剣なまなざしで、ルーナを見て言う。
「誓いの口づけを、俺は拒んだりはせぬ。民400万人の前でも、だ」
意味が、わからなかった。




