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どこからはじめても 3

「む。ジークか?」

 

 なぜだかわからないが、ユージーンには、気配を感じ取られてしまう。

 魔力感知できないはずなのに、と、いつも不思議に思っていた。

 

 ジークは、烏姿でユージーンの私室に来ている。

 ひょいっと人型に戻り、ソファに、勝手に座った。

 これも、なぜかはわからないが、ユージーンとは「気心の知れた仲」という気がしている。

 だから、気なんて遣わないのだ。

 23歳も年上、と思ったこともない。

 

「なんで、ルーナんトコ、行ってやんねーんだよ」

 

 ユージーンは立っていて、部屋の中を、うろうろと歩き回っている。

 ジークが来る前から、そうしていたのではなかろうか。

 それが、考え事をしている時の、ユージーンの癖だと知っていた。

 

「オレに、ルーナのこと好きだって言ったよな? 婚姻してもいいくらいって」

 

 ぴた。

 

 ユージーンの足が止まる。

 そして、ジークのほうを見た。

 

「ベッドをともに……」

「それで、困っておるのだろうが!」

「はあ?」

 

 くきんっと、ジークは、首を横に倒す。

 本当に、ユージーンが、なにを言っているのか、わからなかったのだ。

 

「別に困ることねーだろ? ルーナだって、嫌がんねーと思うけど?」

 

 はあ…と、深く溜め息をつかれる。

 今日は、溜め息ばかり聞いている気がした。

 ルーナも1日中、溜め息をついていたし。

 

あれ(ルーナ)は、オレを育ての親としか思っておらん。親愛の情にツケ込んで、ベッドに誘うなど、あってはならんのだ」

「ルーナに聞いたのか?」

「なにをだ?」

「ジーンのことを、どう思ってるのか」

 

 聞いていない。

 

 答えはなかったが「絶対に」聞いていない。

 またユージーンが、そわそわと歩き出している。

 落ち着かなげな態度から、答えは明らかだった。

 

「なんで聞かねーの? 怖いのか? ルーナにフラれるかもって思ってんだろ」

「……その可能性を否定はできん。だから、こうして心の準備を……」

「そんなもん、何百年経っても、できやしねーよ」

 

 いったい、どうしてしまったのやら。

 ちっともユージーンらしくない。

 ジークの知る限り、ユージーンは、こんな「ヘタレ」た男ではないはずだ。

 いつも前を向くことしかせず、言いたいことを言い、やりたいことを、ぽんぽんとやる。

 そういう男だったのに。

 

 ジークは、女性経験はあれども、恋をしたことがない。

 だから、恋のなんたるかも、知らずにいるのだ。

 フラれる怖さも、実際のところは、わからないので、ユージーンの弱腰が、どうにも理解できなかった。

 

「ルーナ、時間がないって言ってたぜ?」

「時間がない、とは、どういう意味だ?」

 

 ユージーンが立ち止まり、ジークを、じっと見ている。

 ちょっぴり呆れるが「こういうこと」には慣れていた。

 

 父もユージーンも「惚れた女性」に、めっぽう弱い。

 ちょっと名を出しただけで、とたんに態度が、ころりと変わる。

 

「早く、子供を作りたいんだろ」

「子を……? ルーナが、か?」

「女は時間がねーって言ってたからな。そういうことなんじゃねーの?」

 

 よくわからないけど。

 おそらく。

 

 ルーナに、はっきりと確認したわけではない。

 が、ルーナは、ジークの言った「子作りか」との言葉を、否定しなかったのだ。

 ならば、認めたも同然だ、と、ジークは思っている。

 だから、細かい説明は端折(はしょ)った。

 

「ジーンが、心の準備とやらをしてる間に、ルーナは、別の男にしちまうかもな。時間は有限なんだしサ」

 

 ジークは、あえて視線をそらせる。

 ユージーンに、内心を見抜かれたくなかったからだ。

 

 ルーナが別の男を選ぶなんてあり得ない。

 

 実際には、そう思っている。

 6歳からルーナは「ジーンと婚姻するの」と言い続けてきたし、それをジークは十年も聞き続けてきたのだ。

 今さら別の男を選ぶはずがない。

 

 ジークは、まだ恋を知らずにいる。

 そのため、正直、親愛の情だろうがなんだろうがどうでもいい、と思っていた。

 要は、2人が、どうしたいか。

 ジークにとっては、それだけの話なのだ。

 

「ああ、そういや、そうだったなー」

「なんだ? なにが“そう”なのだ? ルーナは、ほかに、なんと言っていた?」

 

 ちろっと、横目で、ユージーンを見る。

 言うかどうか迷っている、といったふうに。

 

「教えろ、ジーク! ルーナは、なんと言っておったのだ?!」

「うーん、あんまり、いい話じゃないぜ?」

「かまわん!」

「あっそう。それなら、教えるけど。ジーンが、ルーナを育ての子としか見てくれねーから諦めるんだって言ってた」

「な………………」

 

 ユージーンが、ぱく…と、口を閉じた。

 

「あーあ。ジーンの気持ちを知らねーまんま、ルーナは、よその男に嫁い……」

「こうしてはおられん!!」

 

 バタバタし始めるユージーンの姿に、ジークは、またも呆れる。

 父の言う通り「頭はいいが、間が抜けている」と思った。

 同時に「世話が焼ける」とも。

 

「どーすんの? 心の準備は、どうなったんだ?」

「そのようなことを、言っている場合か! 今すぐ、あれ(ルーナ)の誤解を正しに行かねばならんのだ! こうしている間にも、俺を諦めようとしているのだぞ!」

「そーかもね」

「いかん! 急がねば!」

 

 それほど、急がなくても大丈夫だろうけれど、わざと正さずにおく。

 いいかげん、モタモタしている2人に飽きていた。

 つきあうのも面倒だし。

 

「それで、ジーンは、なにしてんだ?」

 

 クローゼットに頭を突っ込むようにしているユージーンに、声をかける。

 ユージーンは、ジークのほうを見ようともせず、大声で怒鳴った。

 

「正装だ!」


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